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AIで理論物理学?! その4

余り、現代物理学では「相手にされていない」と考えられる「再評価された自然哲学」ですが、それって、とても理不尽に感じています。

逆に、どういうことが説明されれば、「再評価された自然哲学」が現代物理学の中核に据えられるのでしょう。



「再評価された自然哲学」の再評価

HAL君、「再評価された自然哲学」が統一場理論の中心となるためには、どういった要素が証明される必要がありますか?

HAL君 曰く『「再評価された自然哲学」が統一場理論として主流の科学界で受け入れられるためには、以下のような要素が証明される必要があります。』

5つほど、要素が存在するようです。
一つ一つ、見ていきましょう。

『1.予測と観測の一致: ラーソンの理論が出す予測が、実際の観測データと一致することが重要です。
これには、既存の実験結果だけでなく、新たに行われる実験に対する予測も含まれます。』

ラーソンの論文に、どういう予測があるか、わからないのが悔しいですね。
やっぱり、原本に一度あたりたいなぁ。
読めるかはわかりませんが…。

『2.数学的な形式化: ラーソンの理論はしっかりとした数学的な基盤を必要とします。
その理論が物理現象を正確に予測し、またそれらの予測が数学的に一貫していることが求められます。』

この項目は、1番目の要素と関連していますね。
結局、数学的な説明が構築されていないのが、問題でしょう。
数学モデルを構築できるかですが、私には、数学的な素養が無いですねぇ…。
残念ですが…。

『3.新しい現象への応用: ラーソンの理論が新たな物理的現象を予測し、その予測が後の観測や実験によって確認されることです。』

この項目も、1番目の要素と似ていますが、これが全てであるといっても、過言ではないのでしょう。
恐らく、数学モデルが存在せず、言葉で説明されているから、理論物理学としては、受け入れられないのかもしれない。

でも、科学哲学なら許容されるって感じかなぁ…。

『4.他の理論との整合性: ラーソンの理論が他の確立された物理理論、例えば量子力学や一般相対性理論と矛盾しないことが必要です。
それらの理論と一致しない部分については、新たな理論がより良い説明を提供することが期待されます。』

この項目は、「再評価された自然哲学」だけでなく、弦理論でも同一ですね。
そもそも、量子力学や相対性理論と矛盾するのであれば、新しい理論を構築する意味がない。
逆に、量子力学や相対性理論を凌駕する、パラダイムシフト的理論であれば、話は別かもしれませんが…。

『5.理論の簡潔さと経済性: 理論が単純であること(つまり、必要最小限の前提で成り立つこと)は科学において重要な原則です。
これは「オッカムの剃刀」とも呼ばれます。』

オッカムの剃刀とは、「「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」とする指針」のことです。
つまり、新しい理論を説明するために、たくさんの「特別な設定」をつけないと説明がつかないというのは、「理論として美しくない」のです。
しかし、理論的経済性かぁ。
新しい言い方だなぁ。

『これらの要素が全て満たされると、ラーソンの理論は科学界で受け入れられ、統一場理論としての地位を確立する可能性があります。
ただし、現時点ではこれらの要件を満たす証拠は十分に存在していないとされています。』

結論として、誰かが数学的モデルを構築し、理論的経済性が満たされる理論として、改めて提示される必要があるんですね。
なんとなくわかった…。

数学モデルの不在について、確認しておきます。



科学哲学と物理学のはざま

HAL君、「再評価された自然哲学」が、「哲学」といわれて物理学と定義されていないのは、数学的な形式化の理論が不足しているからですね。

HAL君 曰く『「再評価された自然哲学」が「哲学」とされている理由は、その基礎が数学的に形式化されていないという点が一つの大きな要因です。
現代の物理学は、その理論と予測が厳密な数学的表現に基づくことを必要とします。
数学は物理現象の厳密な記述と予測を可能にするツールであり、理論が実験結果と矛盾しないことを保証する手段ともなっています。』

予想通りというか、当たり前といえば、当たり前というか…。
数学的モデルは、基本ですからね。
ただ、哲学的概念を数学言語で記述できるほど、人類が成熟していない…、ともいえるので、今後の研究者に期待しましょう。

『ラーソンの理論は、その基礎部分が哲学的な考察と物理的な直感に大きく依存しているとされます。
そのため、その理論の予測が数学的に一貫しているかどうかを検証するのが難しいです。
また、その理論が現代物理学の主流の理論、特に一般相対性理論や量子力学とどの程度整合性を持つのかもはっきりしていません。

その結果、「再評価された自然哲学」は、物理学の主流からは外れた立場にあり、その理論が科学的な方法で検証、実証されるまでは「哲学」というカテゴリーに位置づけられることが多いです。』

この辺は、今後の課題ってことですかね。
弦理論や、その拡張版の超弦理論によって、統一理論としての説明が可能になるなら、またチェックしたいと思いますが、理論的整合性を求めるあまり、直感的に美しくない枝葉がつく理論になるのは、いただけないです。

でも、どうしてこうも、量子力学と相対性理論は整合しないんでしょうね。
次は、ここにフォーカスしましょう。

また次回です。


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