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深谷忠記「執行」、死刑執行後の再審

深谷忠記「執行」(徳間書店)。電子書籍版はこちら↓
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 500頁を超える壮大なミステリー。このミステリーには二つの殺人事件が主軸となっており、そこから派生する多くの不幸な事件や犯罪が事態をより複雑にしている。一つは検事総長就任を目前とした鷲尾淳夫・東京高等検察庁検事長が殺害された事件。検察界のNo.2が現役で殺害されたということで、検察の威信を揺るがせる事件ということで震撼が走った。もう一つは赤江修一が少女二人を婦女暴行した上で殺害したとされる事件で死刑に処せられた堀田事件。赤江修一は無罪を主張し続けて再審請求が行われたが、東京高裁はこれを却下して、刑が確定してから2年後という早期に死刑が執行されたという異例の経緯があった。堀田事件弁護団は死刑執行後も再審の請求を続けていた。二つの事件が複雑化したのは、北九州市拘置所で上告中の死刑囚・島淵透が独房内で自殺して、そのことを苦にした看守・森脇裕次も後を追うように自らの生命を絶った。二つの事件を結びつけたのは、島淵透から堀田事件の真犯人は自分であると告白した手紙と証拠品が堀田事件弁護団の須永英典弁護士に送られてきたことからである。おそらく手紙は島淵透の死を食い止められなかった森脇裕次の手になるもので、須永弁護士は森脇裕次と親しかった従兄弟で同僚であった滝沢正樹刑務官に筆跡鑑定の協力を求めるが、森脇裕二の家族が犯罪に巻き込まれることを危惧した滝沢刑務官の協力を得ることができない。行き詰まりを見せた二つの事件であるが、その裏側では見えない事態が刻々と進行していた。そしてやがて訪れる修羅場とカオス、そして過去の清算。
 本作品は冤罪というテーマを柱に、検察界の闇を描く。それも死刑執行後の再審請求という究極の設定である。そしてその闇をリアルに描いているのが、検察のバックヤードとしての拘置所の世界。判決以降の実態が知られることの少ない死刑の実態。それを検察や法務省に至る手続きから、現場における執行までを、つぶさに描写する。誤認逮捕、状況証拠による訴追、辻褄合わせの証拠隠滅。いかにもありそうな、いや何かの事件に題材を得ているのではないかとまで思わせるほどの迫真である。著者は事件の葛藤を、リアルな人間関係を背景に色濃く描く。権威を守ろうとする検察界、冤罪の後遺症に苦しむ遺族たち、それを支えて無実を立証しようとする弁護士の熱意、真実を明らかにしようとするマスコミ記者、薄皮を剥がすように核心に迫る警察、現場に直面して苦悩する刑務官。二つの事件はどこで繋がるのか、誰が真犯人なのか。心を揺さぶられて読みながら、自分なりの推理で本当に夜眠れなくなる一冊である。

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