見出し画像

花村萬月「私の庭」蝦夷地編(上)、蝦夷地編(下)

花村萬月「私の庭」(光文社)。蝦夷地編(上)、蝦夷地編(下)。蝦夷地編(上)の電子書籍版はこちら↓
https://www.amazon.co.jp/dp/B0786FT9QC/
 江戸から逃れた権介は、東北経由で蝦夷地に渡ろうとする。そこで北津軽の漁村・小泊で浮浪児・茂吉と出会う。しかし茂吉が犯した殺人に巻き込まれ、二人は漁民たちに追われる。やむなく荒天の津軽海峡に小舟で乗り出すが、幸運に幸運が重なって対岸にたどり着く。漂着した蝦夷地で、原始人そのままの狩猟生活が始まる。幸いにしてマタギ経験のある茂吉に、権介はサバイバル術を教わる。そのかわりに権介は茂吉に剣術を指南した。生活を共にする二人は、義兄弟の契りまで交わすことになる(蝦夷地編上巻の公式解説)。
 箱館で茂吉と生き別れになってしまった権介は、三本脚の白狼オイヌサマと山で暮らしていた。そこで瀕死のパクセルを救い、一緒に暮らすうちにアイヌを深く知ることになる。やがて権介は、アイヌの娘イポカシを救うために、羆と死闘で重傷を負う。責任を感じたイポカシに権介は命を救われただけでなく、二人は深く愛し合うようになる。一方、ヤクザの親玉を権介の仇と成敗した茂吉は、その手下に慕われて親分に祭り上げられる。権介の薫陶で人品を改めた茂吉は、函館の遊郭を仕切り、新たな北海道の中心地・札幌にも進出(蝦夷地編下巻の公式解説)。
 蝦夷地すなわち北海道は、明治維新以後の真っ新なフロンティアであった。そこには、本土で生きていけない逸れ者たちが雪崩れ込んで行った。新政府に追われた佐幕派、廃仏毀釈の憂き目に遭った坊主たち、そして本土で爪弾きにされた犯罪者たちや貧農たち。たどり着いたのは、狼や羆のいる原野で、雪に閉じ込められた過酷なユートピア。ことにロシアの南下政策に対抗する、新政府の開拓意欲に翻弄される北海道。そんな和人の殺到に巻き込まれたアイヌたちの苦渋。そのような歴史を踏まえた上で、権介と茂吉の熱い契り、アイヌに身も心も馴染んでゆく権介、極道暮らしでの茂吉の人間的覚醒などのドラマが激流のように描かれる。新しい日本の舞台で縦横無尽に荒れ狂うアウトローたちであるから、筆舌に尽くしがたい残虐なシーンも日常茶飯事の光景。だからこそ原野にも開拓地にも迸る、欲望と生命のエネルギー。それは現代に安穏と暮らす私たちの存在の原点を揺るがす。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?