おそるべし『LOVEドッきゅん』遺伝子
皆さんは『LOVEドッきゅん』という曲をご存知だろうか。
この曲がリリースされた2008年、私は19歳。ホストにはまったく興味がなかったし、そもそもJポップをあまり履修していなかった。大学に入学して都会の香りがただようオシャレな同級生たちと出会い、彼らのセンスに影響されまくって、サブカル系のニッチな音楽を代官山蔦屋で試聴している自分に陶酔していた頃だ。この曲をそんなに意識して聴いた記憶はない。10年以上存在すら忘れていた。
月日は流れて先日、2024年が明けて間もないある日。「久しぶりにカラオケ行きたい!」と私が騒いでいたので、ふだんカラオケに行くことはないパートナーが、すすきので呑んだあとのほろ酔い気分に任せてカラオケに立ち寄ってくれた。
お互い好きな曲を入れ合って場の空気もあたたまってきた頃、「若い頃、合コン用に練習したんだよね~」と言いながらパートナーが入れたのが、『LOVEドッきゅん』である。
「あ~なんかこんな曲あったよね~」と、タイトルを見ながら私が思い浮かべていたのは相対性理論の『LOVEずっきゅん』だったので、イントロでセリフが入った瞬間の衝撃がすさまじかった。
――おまえのこと……好きだけど……俺ェ…、ホストだから……よろしくゥッ!!!!
え、何。どうしたの。パラパラ系のイントロが爆音で流れ始め、陽キャの空気が場を制圧した。ここまで私が椎名林檎やAdoを歌って紡いできたアンニュイな心地よさが秒で死滅する。
この曲は私のノレる曲じゃない。脳はそう判断しているのに、なぜか私の人差し指は天高くつきあげられ、反射的に張り上げた裏声は「ヤッフゥ‼‼‼」と合いの手を入れていた。
これは何が起こっているんだ。動揺しながらも私はいつもよりテンション高めのギャル声で「ラィ!ラ・ラ・ラィ!ラララ‼‼‼あっあっあっあっありえないヤッフゥ‼‼‼‼」と完璧なタイミングで叫んだ。選曲したパートナー自身もノッている。通常よりもホストに近いイケボに寄せて歌っている。おいやめろ、せめて普通に歌ってくれ。
Aメロ、Bメロと聞いていくうちに、確かに『LOVEドッきゅん』という曲は流行っていた、耳にしたことはあるな、という記憶がよみがえってきた。しかし、まじまじと聞いたことはない。なんせ私が好きな音楽とはかけ離れているし、私の友人にもカラオケでこの曲を入れるタイプの人種がいない。大学時代からテレビがない生活を続けているから、懐メロヒットソング的な扱いでの再会もなかった。
それなのに……めちゃくちゃ楽しい。楽しすぎる。サビに入る前の「LOVE‼LOVE‼LOVEドッきゅん❤」の部分に至っては指を重ねてピストルにするフリすらやってしまった。なんなんだ、この遺伝子レベルで体が反応してしまう音楽は。信じられない。音楽の力をこの曲から感じてしまう自分に悔しさすら感じる。
Cメロの静かな「どどすこすこすこ、どどすこすこすこ、どどすこすこすこ、のんで」のリピートは落ち着いた声でメインボーカルを邪魔しないように刻んだ。そう、そうだった。ここでいったんアゲにアゲた心拍数を落ち着けるのだ。
――今度は、いつ会えるんだろう。……でも、すぐに会えるよ……夢の中で……。
きたきた、このセリフ。パートナーは若かりし日々の合コン用にこの曲を練習したと言っていた。正直この曲を合コンのカラオケで入れる陽キャと20代で出会っていたら連絡先すら交換したくないが、万が一、この曲がきっかけでキュンとするとしたら、Cメロのセリフの最後に来る「気をつけて」である。ここを好みのイケボで囁かれたら声フェチの女はグッとくる。
さあ、私の交際相手として最高の「気をつけて」を聴かせてくれ…!!期待が最高潮に高まった静寂のあと、彼が息を吸った。
気をつけてえ゛ェェェーーッッ!!!!!
トラックが衝突してくる瞬間かと思うくらいの全力の雄たけびがこだました。嘘だろ。おい、嘘だろ。この曲で誰かを落とせたこと一度もないだろ。
もうそのあとは笑い転げすぎて合いの手すらろくに入れられなかった。
曲が終わってひとしきり笑い終わったあと、「『気をつけて』が全力すぎる」とつっこんだら、歌い終わってもとのテンションに戻った彼は「え、そうなの?あんまり元の曲聞いてないから……」とおだやかに笑っていた。
今回のカラオケのエピソードだけにフォーカスすると、パートナーが陽の極みに振りきったギャル男だと思われそうなので念のため補足しておくと、今年30代後半になる彼はいたって温厚で相手を楽しませるセンスと優しさのある大人の男性である。
ろくに聞いていないくせに遺伝子に組み込まれた名曲。それが『LOVEドッきゅん』である。こういう曲をカラオケで入れると盛り上がれるんだな、と改めて感じた。世代によって遺伝子に組み込まれた曲は異なるだろうが、笑い転げられる数曲はたしなみとして仕込んでおきたいものだ。
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