天皇退位と統一教会

ある知人から、統一教会をめぐり、天皇退位にも関係しているのだろうか、と質問を受けた。私が「天皇の悲鳴」で天皇退位問題について書いていたからだと思う。
 私は、大いにありうると思う。
 そのことを書く。

平成の天皇退位でいちばん問題なのは、だれが「生前退位」ということば(NHKのスクープのときにつかわれた)を思いついたかである。前の皇后が誕生日に「生前退位ということばに傷ついた」と言うまでは、マスコミは「生前退位」ということばをつかいつづけた。皇后の非難で、はじめて「生前退位」ということばをつかうと、それが天皇の本意ではない(皇室では、そのことばはつかわない、と当時の皇后は言った)ことがわかる。読売新聞が大慌てで「退位」に切り替え、朝日新聞が即座に追随した。
 さて、「生前退位」を思いついたのは、だれなのか。NHKが自ら「思いついた」とは思えない。だれがNHKに対して「生前退位」をリークしたのか。安倍の関係者だと私は思っているが、「生前退位」ということばを安倍が思いつくとは思えない。
 ブログに書き、それを大幅に簡略化した「天皇の悲鳴」でも書いたが、だれか「黒幕」がいる。それは、もしかしたら「統一教会関係者」であるかもしれない。
 それを「印象付ける」のが「令和」への元号切替日である。5月1日という、何がなんだかわからない日である。ところが、この日は統一教会の創立日である、という。もちろん、ただの偶然かもしれないが、「必然」かもしれない。統一教会は、天皇を韓国に呼び寄せ、謝罪させるというようなことを「主張」として掲げている。統一教会の創立日に、前の天皇が退位する、新しい天皇が即位するなら、それは前の天皇を「退位させた日」として、統一教会の「歴史」に記すことができるだろう。統一教会の創立記念日に、平成の天皇は退位した。天皇は、統一教会の「支配下」にある、ということを世界に知らせることができた、と言うだろう。あるいは、5月1日に即位した令和の天皇は、統一教会の操り人形である、と宣伝することができるかもしれない。その日を狙っているのだろう。
 荒唐無稽、と感じるかもしれないが。
 しかし、日本は韓国に服従しなければならない、日本の女性は韓国の男性と結婚し奉仕しなければならない、と主張し、他方で国家議員や地方自治体の議員を思うままにあやつっているのだから、それくらいはやるだろう。
 元号変更日を5月1日にした「理由」を安倍は、だれもが納得する形では説明していない。(私が納得していないだけかもしれないが。)令和の天皇の誕生日は「区切り」が悪い。4月1日は年度替わりだが「統一選」と重なり、社会が騒々しい。そんなことが、5月1日の「根拠」になるはずがない。5月1日って、ゴールデンウィークの真っ最中。みんな、どこかへ旅行したい。天皇なんか関係ない、が国民の思いだろう。6月1日でも、7月1日でもいいのに、なぜ5月1日か。
 統一教会が、この日がいいと「推薦」したのかもしれない。

そこで。
 次は国葬である。9月27日って、何の日? だれか統一教会の歴史に詳しい人はいない? 岸田はなぜ9月27日という日を選んだのか。何が出てくるか、ちょっと楽しみだ。

ということは、さておき。
 話をもとに戻そう。安倍が統一教会の「言いなり」になっていたということがわかった以上、「天皇生前退位」から、見直してみる必要がある。そのとき、「手がかり」は何度も書くが「生前退位」ということばをだれが思いついたか、である。
 それがわかれば、すべてがわかる。
 この「パンドラの箱」の蓋を、ぜひ、NHKに開けてもらいたい。NHKがスクープしたとき、だれが「退位」ではなく、「譲位」でもなく、「生前退位」ということばを提案したのか。それを、NHKは知っているはずだ。いま、あれこれ統一教会絡みの報道をして「アリバイ」づくり(あとだしジャンケンの自己保身)をNHKはしている。これも、もしかすると「生前退位」問題を隠蔽するためのものかもしれない。そう考えると、最近の、突然のNHKの豹変ぶりもわかる。なんとしても「生前退位」にまで問題をさかのぼらせてはならない、という意図が動いているのかもしれない。

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