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しおり市長の市政報告書 vol.34

   8月5日午前10時29分

 親水公園落成を祝い、今後の安全を祈願するご祈祷が終わった。
 普通はここで市長のあいさつがあるが、今日はすぐにテープカットを行うようだ。参加者たちが、ご祈祷の行われていたテントの中から次々と出てくる。
 メイン施設を巧妙に隠す紅白幕の前に、テープカットの準備がなされている。参加者たちが集まり、その後方から大勢のマスコミが、開幕の瞬間をねらった。
 市長、議長などの主催者・来賓が、紅白のテープの前に並んだ。白い手袋と金色のハサミが配られ、準備が完了する。天童市の楽隊もスタンバイし(天童市には有志の音楽好きで構成された楽隊がある)、歌を披露するかわいい幼稚園児たちも配置についた。
 いよいよ、開幕だ。
 私は緊張からか、「みんなでテープをずたずたに切り裂くのって、考えてみると奇妙だな」などとぼんやり考えていた。
 司会者の女性が「それではどうぞ!」と高らかに合図する。
 一斉にハサミが入る。と、同時に、後方の紅白幕が落とされた。楽隊のファンファーレが鳴り響き、親水公園の全貌が開けた。
 一瞬、会場は静まりかえった。そこには、異様な施設があった。
「わあ、お猿さんだあ!」
 幼稚園児の一人が、歓声を上げた。
 それを潮として、幼稚園児たちがはしゃぎ始め、会場にどよめきが伝播していく。
 それは「サル山」だった。
 円上に囲まれたコンクリートの壁に、表面をコンクリートで固めた小山。そこに、大勢のサルが群がっている。まさに、動物園にあるサル山そのものだった。
 しかし、そこにいるサルは、動物園のサルとは異質だ。傷があったり、毛並みが悪かったり、体格が小さかったり、異様に大きかったり。いかにも獰猛そうなサルが、会場の人間達を威嚇している。
 それでも子ども達は、大はしゃぎで近寄っていった。あわてて保育士さんたちが制止するが、興奮した子どもが止まるものではない。
「わあ、あっちには豚さんもいるよ!」
「違うよお!あれはイノシシっていうんだよお!」
 サル山の後方には、イノシシがおさめられた檻もあった。実は、その後方にある檻にはクマが入る予定だが、その檻は今はカラだ。イノシシも、いかにも逞しくて野生味があふれていたが、子ども達は興味津々に見ている。
 私は、その子ども達の様子を見て、成功を確信した。
「『天留湖』親水公園の完成祝賀会にご参加頂き、ありがとうございます。主催社を代表して御挨拶申し上げます。この度、親水公園の建築にあたり、ご協力いただいた地域の方々、設計建設にあたっていただいた業者の方々、公園建設にあたりアドバイスを頂いた方々に感謝を申し上げるとともに…」
 演台で、市長のあいさつが始まった。
 それとともに、はしゃいでいた子ども達が保育士さんたちに連れ戻され、サル山とイノシシを必死に撮影していたマスコミも市長にカメラを向け始めた。
「ご覧の通り、今回の親水公園は、動物を観覧できるミニ動物園の要素を取り入れて建設しました。名づけて『COIZOO天童』。『来てよ』の山形弁と動物園のZOOをかけた名称にしました。街中にあるただの動物園ではなく、実際に動物が生息している田麦野地区にあって、その自然を肌に感じながらそこに住む動物を観察できるという特徴があります。もちろん、動物観察だけではなく、美しい天留湖の風景を楽しむために、桜やモミジなどの植栽やバーベキュー場なども整備して、四季を通じて公園を楽しめるように設計されております。
 最大の利点は、それほど複雑な建築物を建てていないので、短期間に低予算で建設できたことです。むしろ苦労は動物を集めることの方で、今のところ、サルやイノシシを飼育しているところですが、今後はクマやシカなどの動物も視野に入れる予定です」
 市長は、ここで一息おいたが、このころには会場のどよめきもおさまり、来賓もマスコミも市長のあいさつを食い入るように聞いていた。
「お気づきのことでしょうが、これらの動物は、農作物への損害をもたらす動物達です。こうした野生に近い動物達を展示することで、子ども達や都会の人たちに、単に愛護の対象としてではない動物を感じてもらうことを目的としています。それによって、鳥獣被害の問題や動物と人間の共生といったことについて、改めて考え直すきっかけ作りになればと願っています。
 この施設は、鑑賞のためであると同時に、鳥獣被害の軽減に資する目的があるのは言うまでもありません。サルは非常に人間に近いために猟師さん達が射殺しづらい、という問題がありますが、この施設で『飼育する』ことによって、動物愛護への答えとします。また、温暖化によってイノシシは生息域を北へ伸ばしてきたわけですし、シカは森林を傷つけますので、これらを積極的に捕獲することは、本来あるべき田麦野の生態系維持にも繋がります。里と森が近づいたことによって出現が増えたクマを捕獲することは、とりもなおさず、住民の安全につながるでしょう。
 この施設は、来場者を楽しませる観光施設であり、鳥獣被害を軽減する農業振興施設であり、自然や生物多様性を考える環境施設でもあるわけです」
 市長がそこまでスピーチしたとき、我慢できなくなったのか、記者の一人が手を挙げた。しおり市長が視線を向けて頷くと、その記者は質問を始めた。
「すばらしい構想だとは思いますが、肝心の動物捕獲に関しては様々な課題があると思いますが、その点はどうクリアするのでしょう?」
「当然、こうした動物を捕獲するためには、猟友会さんはじめ、たくさんの方々の協力が必要です。その協力に対して報酬がしっかりと担保されるよう、天童市が責任をもって予算化する所存です」
 市長の答弁とともに、次々と記者の手が挙がった。
 本来は市長のあいさつであるが、記者会見の様相を呈してきた。
「猟友会の会員は年々減ってきていますし、誰が動物を捕獲するのでしょう?マンパワーが足りないと思うのですが」市長から指名された記者が質問する。
「その点については、この度、ある警備会社と提携を結びました。この警備会社を指定管理者として指定し、田麦野地区における動物の捕獲の業務に当たってもらいます。それだけではなく、田麦野地区の独居老人の見回りなども業務に入れてもらうことで、市としては十分に管理料に見合った仕事をしてもらえると考えています。これは全国的にも成功事例があるものです。また、この警備会社との提携とともに、自衛隊第六師団とも連携協定を結び、退官した自衛隊員を積極的にこの警備会社に就職させてもらうことにしております。まだまだ体力的にも十分で、現役時代の訓練によって射撃や山に慣れている元自衛隊員がこの業務に当たってもらうことで、大きな成果が上がると考えています」
 そこで、松永が叫んだ。
「こ、こんな施設がうまくいくはずがない!動物園の維持管理に、莫大な予算がかかってしまうぞ!」
 顔面が蒼白になっている。なんとかこの事業のあら探しをしていたのだろう。手も挙げずに指名もされていないのに、質問という名の反撃に転ずる。しかし、しおり市長は、あくまで冷静に、冷たい目を松永にむけて答弁した。
「ある程度の出費は覚悟しています。維持管理には、えさ代が多くかかるものと思いますが、これは来場者にえさを買ってもらって、えさやりをしてもらおうと思っています。また、市内のコンビニやデパートから賞味期限切れの食材を提供してもらい、食品ロス対策にもつなげることも想定しています」
「そんなものだけで、動物園が維持できるわけがない!」
「そのとおりです。もちろん無人で放置するつもりはありません。近隣にある天童高原を管理しているNPOに管理を委託し、天童高原との連携を図ることで、出費を最小限に抑える計画です。動物の健康管理や世話は、動物愛護団体の方々がボランティアで協力してもらえることになっています。その動物愛護団体は、当初親水公園の建設に反対されていたのですが、今回、我々の事業に賛同いただき、ご協力してもらえることになりました。あなたがたもよくご存じの方々だと思いますが」
「ば、ばかな!」
 松永が絶句すると、騒ぎ立てる松永を押しのけるように、他の記者が質問する。完全に松永が周囲から浮き始め、煙たがられていた。
「年々動物を捕獲して収容していけば、動物園がパンクすると思いますが、その点はいかがでしょう」
「もちろんずっと飼育することはできません。イノシシやクマやシカは、ジビエ料理として販売することを考えています」
「食べるだと?ど、どこが動物愛護なんだ?」松永が叫ぶ。周囲の記者たちが明らかに冷たい目を松永に向けた。
「ただ頭数制限のために動物を殺傷し、その遺体は土に埋めるだけなどというよりはマシでしょう?命を奪う以上、その命を頂いてこそ、生命に対する敬意を表することになると信じます」
 しおり市長は、再び冷然と応じた。そして、松永からあからさまに視線を外し、他の記者に説明する。
「ジビエ料理は天童高原のロッジで提供する予定です。実は、メニューづくりが進んでいて、ボタン鍋やクマ鍋、焼肉なども考えているようですよ。面白いのは、九州の先進事例を参考に、ハンバーガーなども開発するとか。九州では『シシガー』とか『シカガー』と名づけて名物にしているようですが、きっと天童高原でも名物になってくれると期待しています。将来的には、この親水公園でも販売したいですね」
「ジビエはなかなか難しいと聞きますが、その点はどうでしょう?」
「肉の処理の問題ですね?確かにジビエの肉を販売するには、きちんとした施設で処理しなければならず、近在にはそういった施設はありません。ですので、今回『ジビエカー』を導入することにしました。これは移動式の食肉処理車です。トラックの後方スペースが肉の処理室になっているもので、正式な衛生許可をもらえるものになっています。全国的にもこの『ジビエカー』の先進事例があり、我が天童でも導入することにしたものです」
 これは、私が松平農協組合長から提示された課題を、しおり市長が例の「Dファイル」で得た情報で解決策を用意したものだった。
 その他、マスコミから次々と質問が飛び交った。
 しおり市長は、それに立て板に水で答えていく。当然だ。この日のために想定問答を完璧に用意してきたのだから。そしてそれは、天童の自然大好きのしーちゃんが、小さい頃から山を体験し、天童でのいい事業を考え続け、全国の先進事例を趣味で勉強し続けてきたことに裏打ちされている。
 もはや、松永は一言も発しない。必死に反撃の糸口を探しているが、やはり松永は動揺しているのだろう。冷静に考えればこの事業には様々なつっこみどころがあるのに、この場ではしおり市長への反撃ののろしを上げることはできなかった。
 少なくとも表向きは、すばらしい事業だと市民の目には映っただろう。
 ミニ動物園という突飛な施設で、過疎地に交流人口を生むという期待。環境問題と動物愛護にも配慮ししつつ、鳥獣被害を軽減できるという希望。多くの団体を巻き込みながら費用を抑え、新たな名物までできそうな予感。
 半年という短期間で、最小限の予算で、市長の悪評を払拭するインパクト、という条件を、しおり市長は見事にクリアした。
 大好評のうちに、親水公園「COIZOO天童」の落成式は終了した。子ども達もその親も、参加者や来賓たちも、笑顔で公園をめぐり帰って行った。
 次の日のマスコミは、テレビ局全局、新聞社全紙が、これを報じた。
 すべて、しおり市長の事業を讃える内容だった。
 ここに、しおり市長の逆転劇、あるいは黒魔術、あるいはペテンが、完成した。

vol.35に続く ※このお話はフィクションです

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