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4.書肆 海と夕焼 実店舗開業のための模索(最終回)

 書肆 海と夕焼 実店舗開業のための模索 第4回目。

 2021年4月29日(木)に開業を迎える「書肆 海と夕焼」の店主である柳沼が「根源」を辿り直すことで、これから始める本屋が“趣を異にしている“と感じさせる所以を探るべく書き始めた回想。今回を最終回とする。間借り本屋を始めてから、実店舗開業に至るまでの現在について綴る。

【29歳 - 8月】『凍』の発見

 ある夏の日のこと、国立市で活動している製本家の篠原章太朗さんから連絡をいただき、国立市のスポットを巡ることとなった。篠原さんとは西荻窪のBREWBOOKSにて識り合い、お酒を酌み交わす仲となっていた。本を通じて識り合うことのできた友人に、国立市の本にまつわるスポットを紹介してもらう、そして、本に関わる人を紹介してくれるとの誘いであったので、集合時間より早く国立駅に着いてしまった。久々に訪れた国立駅は以前とは様相も異なり、端的に言えば非常によく整理されていた。南口には復元された旧駅舎が完成していたり、nonowa国立もお店が変わっていて配置が変更されていた。それでも、流れる空気、地面に立った時に感じる気配は依然として変わっておらず、一安心して北口のベンチに腰掛けていたことを記憶している。

 篠原さんと合流し、国立本店、国立五天、富士見台トンネルを順々に訪れ、最後に訪れたのが「小鳥書房」であった。SNS越しに存在は勿論認識していた。店主の落合さんにご挨拶をして、簡潔に自己紹介をした。その時に「いつか国立で本屋をやりたいです」と当たり前のように言ってしまった。今追想すれば、店の経営もしたことのない者が言うには多少大仰に聞こえたかもしれない。それでも落合さんは「頑張ってください!」と笑顔を向けてくれた。今ここでその言葉を発して良かったと思えた。「夢」は現在から殆ど遠く、もしかしたら消えゆくことも往々にある。しかし、その瞬間に考えていた「夢」は「目標」と成り得た。国立市で息をしていた時に感じていた居心地や身を置いた時に感じる心地よさは、何も間違っていなかったと感じた。間違っていなかったと信じられる自分の感覚に自信が灯った瞬間でもあった。

 時間を少し巻き戻す。間借り本屋を始めるまでは、自分自身が信じられなかった。楽しさとは何だろうか、生きてゆくこととは何だろうか。兎に角、分からなかった。生きる上において、軸にすべきものが何もなかった。自分自身の中になかったために、自分の身体の外部に求めた。その結果、“物語”に辿り着いた。“物語”をよすがとして、次にまつろうものが“空間”であった。“物語”があっても展開される“空間”がなければ、拡張し得ない。空虚を埋めるように馴染んだのが国立市であった。ここまでが、間借り本屋を始めるまでの思考である。

 この夏の日にそれまでの事柄を過去にすることができたと感じている。この日の邂逅があり、落合さんの言葉を受け止めることができたからである。

 少し話をした後に店内を見てみると、トーマス・ベルンハルトの『凍』(河出書房新社)があった。以前より探し求めていた本である。奥付を見て初版本と認識し、すぐに購うことを決定した。探していた「目標」を見つけ出せた刹那に、求めていた本に邂逅する。これも何かの縁であると単純に感じるほどには感傷を覚えていた。後から考えて、灯った熱情を持ち得た瞬間に『凍』を手にしたのは面白い事象であると、自分の中での笑い話ができたことはただの余談である。

 同日に落合さんと食事をして、簡略に自分の経歴と「目標」を再度話した。穏やかに聞いてくださってひとしきり満足して帰宅し、早速『凍』にグラシン紙を掛けた。今も傍らに置いてある。この先も傍らにあり続ける。

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【30歳 - 10月】辿るべき道と「目標」

 その後も落合さんは私の「目標」を覚えていてくれた。10月のある日、小鳥書房で一日スタッフの研修をする機会をいただけた。開店の準備から手伝いをさせていただき、実際にカウンターの中にも立った。その日は小鳥書房の常連さんや、落合さんのご友人の方、映像作家の佐藤さんなど、多くの方に訪れていただき、その度にお話をした。映像作家の佐藤さんはビデオを回し、私は記憶にある限り初めてインタビューされる側に回ることとなった。突然のことにしどろもどろになりながら、単調な言葉で話してしまったことを思い出す。その日は新刊の発注業務や、お店を運営することについて等、重要な点を多く教えていただいた。

 経営してゆくこと、発展させることは、勿論一筋縄ではゆかない。それでも、自分自身がどのように楽しんでゆくかを再度考える契機となった。29歳の時に考えた「楽しさ」のみでは成立しないこと、しかし、この時に考えていた「楽しさ」が成立しないことは、今であれば前向きな姿勢を持って考えられる。「そうであればどのようにするか」は、今後自らが生み出さなくてはいけない。それでも考えられる余地はまだあって、その余地をこの小鳥書房という場で与えてもらったと思える。

 一日スタッフを体験した後、落合さんから「小鳥書房の棚で間借りをやってみませんか」と提案していただいた。勿論「お願いします」と答えた。自分の選書が小鳥書房のお客さんに納得いただけるか、それはひとつの挑戦であり、辿るべき道であると思った。自分自身の個性を醸し出しながら、どれほどお客様に購入していただけるか。両者の最大公約数を合致させることが、永遠の主題であることは分かっている。BREWBOOKSにて間借りの棚を出すにあたって、考えている概念と同じである。

 10月の一ヶ月を使用して選書をした。自分が好んで読む、三島由紀夫や大江健三郎、中上健次を中心に据えて、昭和から平成までの硬派と括れるような小説やエッセイを取り揃えた。自己を表現し、個性を漂わすことで、“何者になれるか”に近づいているような気がする。単純な「楽しさ」を思うことができた。

 そして、一ヶ月後の11月初旬に小鳥書房内に書肆 海と夕焼の間借り棚が誕生した。レジ前に配置させていただいたことも功を奏してか、多くの方に購入していただいた。中には私が小鳥書房にいる際にわざわざ出向いてくださり、ふたりで大江健三郎の話をすることもあった。棚を補充する度に、幾許かの本がお客様の手に届いている事実を知り、嬉しさを実感した。このままの形態を続けながら、「目標」を叶えることも良いと考えていた。

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【30歳 - 1月】契機は突然に

 2021年を迎えた1月末に、落合さんや製本家の篠原さんと食事をする機会があった。その場で他愛もない話をしていた時に、突然落合さんから「小鳥書房を半分に分けて、書肆 海と夕焼の実店舗をやりませんか」との言葉を受けた。反射的に「興味あります」と答えた。この契機は逃してはいけないと感覚が捉えたからである。一から店舗を始めるには、どれほどの困難が伴うのか、小鳥書房で一日スタッフの研修をさせていただいた時に落合さんのお話から痛感していた。最初に伴うリスクをどのように軽減するか、この機会でのお話はその心配を解決するには正直非常に嬉しいお話であった。もちろん、それだけではない。今まで求めていた“空間”を使わせていただける、そして、自分自身の挑戦によって、小鳥書房に、国立の地に貢献できるのではないかと考えた。この地で本屋を行うことはそのような意味をはらんでいる。そう思えた瞬間、気持ちはほぼ固まっていた。後は、この決断に自信を持つことであった。今であるのならば、自分の感覚に自信を持てる。冷たい風が吹き抜ける国立駅のホームで、身体の内部に熱情が灯り始める感覚を認めた。

 今思い返すと、落合さんの言葉を聞いた時にそれほど驚かなかったように思う。それは自分自身の思いは既に固まっていたのかもしれない。あと一歩踏み出せれば、出発地点に立つことができる。その一歩が落合さんの一言であったと思う。

【30歳 - 4月】“空間”を名付ける

 斯くして、来たる4月29日(木祝)に書肆 海と夕焼の実店舗を開業する。小鳥書房の建物の中に、小鳥書房と書肆 海と夕焼とふたつの本屋が存在することとなる。ここまで回想を綴ってきて、“空間”という概念をキーワードとしたい。

 文学、延いては“物語”とは、学生時代から社会人生活に至るまで身体の内部にすら据えておくほどに大事に抱えていたものであった。しかし、“物語”を拡張する“空間”が必要であった。国立には、肌で感じる“空間”の感覚を求めた。そして今思うことは、“物語”は決してフィクションではなく、人と人が邂逅することも劇的な“物語”と同様である。落合さんや篠原さん、BREWBOOKSの尾崎さん、本記事に名前は登場していないが出会ってくれた方すべて、そして国立という地そのもの。すべてに“物語”が通底しており、それは“空間”があるからこそ通底させることが可能となる。

 ならば、自らが創る“空間”を“本屋”と名付け、落合さんとともに邂逅を続ける。もちろん、本も届け、本と人々、そして人々と人々を繋ぎ続ける“本屋”でありたい。この思いが「根源」からの「萌芽」と呼べるであろう。

 間借り本屋でもなくシェア本屋でもない“空間”を、まずは“本屋”と呼びたい。そして、“本屋”がふたつ存在する“空間”を名付ける言葉は、萌芽が花となるまで歩みを続けて分かることかもしれない。本屋がふたつ存在すれば、趣は異なる。全く同じ花など、ひとつとしてないのである。

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 ここで「書肆 海と夕焼 実店舗開業のための模索」について、筆を擱くこととする。自分が求めていた“空間”に限りなく近づいていると感じる。しかし、まだまだ出発地点に立ったばかりではある。邂逅を続けて、変容し続ける楽しさを味わい尽くしたい。

 4月29日(木祝)、書肆 海と夕焼でお待ちしています。(了)

※前回(第3回)の記事はこちら↓です。

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<店舗情報>

書肆 海と夕焼

〒186-0003 東京都国立市富士見台1-8-15 ダイヤ街商店街アーケード内

4月29日(木祝)に開店。同建物内の小鳥書房も同日再オープン。

水曜〜土曜に開けており、毎週土曜日は私が店番に立つ予定です。

※詳細は随時書肆 海と夕焼のSNS、小鳥書房のSNSで発進してゆきます。

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