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オランダ黄金時代の絶滅チューリップ。その面影を求めてイギリスのガーデンを訪問した。

花好き、絵画好き、なら見逃せないチャンスがやってきた!

オランダ静物画に欠かせない、病んだ花

 ガーデニングやフラワーアレンジメントが好きだったりすると、絵画の中でも花を探してしまいます。そうなると17世紀オランダの静物画は花満載で見どころたくさん。「花のブリューゲル」ことヤン・ブリューゲルから綿々と続く花の絵画は、当時は宝石と同じくらい高価だった花が正確に描写されています。この花たちは実際に花瓶に生けられて模写されたものではなく、花はそれぞれ別に描き留められ、それぞれ花ごとに正確に模写したものらしい。いわば花の集合肖像画、みたいな。
 花の絵は人生の儚さをモヤモヤ匂わせてたりします。枯れた花、折れた枝、ひっくり返った花など、花の命は短くて君の人生もまた然り、私にとってはそんな虚しさがちくっと心に刺さる絵です。どんな花の絵にも私が花に「命と死」を感じてしまうのは、日本人の感性でもあるのかなとも思います。
 さて、17世紀オランダの一大事件といえば「チューリップバブル」
 チューリップの球根が異常高騰、下落し、記録された最初の投機バブルとも言われています。このチューリップバブルのシンボルと言えるのがこのセンペル・アウグストゥス。

チューリップ・バブルの間に取引された最も高価なチューリップとして有名

 でもこのチューリップ、今はもう存在していません。
 このチューリップの美しい縞模様はウィルス感染によるもの。ウィルスは球根を弱らせ、植物の繁殖を遅らせます。世代が進むごとに最終的には花を咲かせる力がなくなり、バラバラになるか枯れてしまい遺伝子が途絶えてしまいます。ではこの時代に描かれた縞模様の美しいチューリップはもう今では見ることはできないのでしょうか?
 病気による美しさ、その美しさを金に換えて翻弄され欲に飲み込まれる虚しさ。そんな虚しさを表現し消えていったこのチューリップを見てみたくはありませんか?

Still-Life with flowers, 1618,アンブロジウス・ボスヒャールト 


Rachel Ruysch 
Flower in a Glass Vase with a Tulip 1716 
The National Gallery  London


チューリップの拡大
ラッセル・ライスはオランダの有名な女性画家
花を描いた静物画がとても有名

絶滅危惧種のチューリップを育てているガーデンを発見した

 「National Garden Scheme open day」という楽しい企画がイギリスにはあります。これは普段は入れない、見れないガーデンや個人の庭などをチャリティーのために一般公開するイベント。このイベント開催地の一つに、イギリスの貴重なガーデン植物を保存する機関、プラント・ヘリテイジ(Plant Heritage)公認の花生産者、ポリーさんの庭がリストアップされているではありませんか。
 ポリー・ニコルソン(Polly Nicholson)さんは16世紀にも遡る歴史的なチューリップ品種コレクション保有者。ウェブサイトを見ると、とても珍しいチューリップが並んでいます。
 もしかしてあの絵画に登場するチューリップの面影を見ることができるかもしれないと、早速予約を入れました。

National Garden Scheme Open Day at Blackland House

 大人気ですぐにソールドアウトしてしまったオープンガーデン。場所はウィルトシャー州マールボロダウンズのふもとにありました。

可愛いが揺れている。受付のお花

 受付には小瓶に入ったチューリップがお出迎え。これはチャリティーのために販売しているそう。早速一つ、キープしてもらって中に入ります。

入ったすぐ横の窓にもチューリップ

入るとすぐに、小さなプールとカフェがありました。 右手にはガーデンウォークの看板が。

woodなので森、です。
こんな感じでぐるっと散歩

 ウッドランドな庭もいいけど、チューリップみたいなあと思っていたら、こんな素敵なアレンジメントが。

庭に咲いている花と枝だけ。これが良い。


建物横のテーブルの上に、キレッキレなチューリップ

ガーデン、見つけた。

 カフェの方に戻ると、見つけました。チューリップなどを育てている庭です。

 中はそんなに広くありません。チューリップも本当に1.5mx1mくらいに区切られたところに植えられています。
 延々とどこまでも続くチューリップ畑も豪華ですが、ここは量より質(失礼)!なんといっても初めて会う、しかも他では滅多に見れない貴重な花があるのですから。

こんなふうに覆いの下に


花びらの先端が尖っていたらあのセンペル・アウグストゥスみたい??

English Florists' Tulipとは

 このガーデンではチューリップには、ダッチ・ブリーダーやブロークンチューリップ、イングリッシュ・フローリスト・チューリップを育ていてると説明されています。(The National Collection comprises a growing number of the most rarefied historics—English Florists’  Tulips—as well as the cultivars known as Dutch Breeder and Broken Tulips.)
  イングリッシュ・フローリスト・チューリップってなんだろうと調べてみました。
 イギリスのガーデニングは18世紀に入り、よりナチュラルなテイストなものが好まれるようになっていきました。そしてチューリップは、装飾のみに使われる花を栽培する”フローリスト”たちが生産するようになります。
 つまりフローリストというのは、今の「花屋」の意味ではなく「花農家」しかも、特定の種類の花を非常に高い水準で栽培する人のことです。彼らはオランダのブロークン・チューリップに似たような花も育て、チューリップの基準さえも決めていきました。
 現在のチューリップ協会ではイングリッシュ・フローリスト・チューリップをBreeders,、Flames 、Featherの3つに分けています。Breedersはウィルス感染していないそうです。

この色好き


奥にあるグリーンハウスにもアレンジメント

レンブランドは描いていないけどレンブランド種

 あの17世紀のオランダ絵画に登場するチューリップそのものはこの世にはもうありませんが、その流れを受け継ぐ花が丁寧にこの地で保存、栽培されているのですね。
 日本のチューリップの分類を見ると「一見ウィルスにかかってように見えるチューリップ」は「レンブラント種」とあります。
 イギリスのチューリップの分類Division9は、このレンブラント種やイングリッシュ・フローリスト・チューリップを含んでいます。
 レンブラントはオランダ黄金期を代表する画家というだけで、特にこのチューリップを描いたわけでもないのに名前を拝借されてしまったみたい。でもこの画家は浪費癖がひどく、投機にも手を出して失敗していたとも言われるので、もしかしたらチューリップバブルという時代を代表する作家という格好なネーミングだったのかもです。

こんな色の花、他にはなかなかないですよね。アレンジに使いたい。

持って帰ってきた

 帰りに、お取り置きしてもらっていたチューリップを受け取って帰ります。チューリップ一本と小さなガラス瓶で£10(1,900円くらい)とちょっとお高めですが、これもチャリティーに寄付されます。
 私が選んだのはこれ

ふわふわなのはpulsatilla(オキナグサ)のたね

 このチューリップ名前が「Rembrandt 1915」レンブラント1915
 白地にうっすら黄色、そして流れ込んだ真っ赤な筋がまるで血管から滲み出る静脈血のよう。
 これは大切に押し花にして保存して手元に残しておこうと思います。

 今日もいい花が摘めました。carpe diem

参考

花と果実の美術館 小林頼子 八坂書房
名画の中の植物  大場秀章 八坂書房
名画の読み方   木村泰司 ダイヤモンド社


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