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カナダ:-40℃の極北の町へ②



「貧困解決とかボランティアとか、そういうのは金持ちになってから老後の趣味くらいにやるくらいでいいんだよ。まだ21歳だろう?まずは自分が豊かにならないと。人を助けるのはそれからじゃないか?」とタムラさんは言った。



発症して数日後。遅れて合流した同僚に発見され、最寄りの病院に文字通り担ぎ込まれた。

その頃には意識の混濁と手足のしびれ、一人では立ち上がることすらできない状態になっていた。医者には50/50(半分くらいの確率で助かるけど半分くらいの確率で死ぬ、という意味)と告げられた。


それから2週間がたった。

奇跡的に生きていた。


偶然出会った現地在住のタムラさんの自宅の一室で療養させてもらい、夕食に数ヶ月ぶりの日本食をご馳走になる。その際、タムラさんに言われたのが冒頭のことである。

自分でも気づいてはいた。ここまで来てしまった手前、気づかないようにしていた。面と向かって他者から指摘を受けるのは初めてだった。ありがたく思った。


数日後、彼はガーナを離れることになる。

次の目標は決まった。

それはつまり、「豊かな生活」を見つけること。「豊か」とは必ずしも金銭的なことだけではない。より良い生活、と置き換える方がしっくりくる。





2021年末にご逝去されたタムラさんにたくさんの感謝を。





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