緊急事態宣言と公演中止
はじめに
先日,「感染症感染拡大予防を理由とした公演中止に伴う法律問題」という記事を書いた。当時は施設・主催者が感染症の感染拡大予防を目的として自身の判断で公演を中止した場合を想定していた。
その後「小池都知事の「自粛の要請」」という記事を書いたように,国,あるいは自治体から公演について自粛の要請が続いている。これはあくまで「自粛」の要請である以上,公演を中止・延期・無観客化(以下「中止等」という)することは主催者の判断ということになる。事実上の強制ではないかという感はあるが,国・自治体は強制ではないと強弁するであろうし,法律上もそういう評価にならざるを得ない。従って,自粛の要請を受けての公演の中止等に伴う法律関係は自粛の要請がない状態を想定した上記記事とあまり違いはないであろう。そう思っていた。
そんな折,最近になって新型コロナウィルスの感染拡大に伴い「緊急事態宣言」という言葉が飛び交うようになり,これを受けて,緊急事態宣言が出た場合の公演中止等に伴う法律関係はどうなるのかという疑問が沸いてきたので,この「緊急事態宣言」(正式名称は「新型インフルエンザ等緊急事宣言」)について規定している「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「法」という)の内容をちょっと調べてみようと思い立った。
ところが,法については既にいろいろなところで書かれているものの,私も法律家の端くれなので,条文について丁寧に説明したものが見たかったに,リサーチ力不足故に見つけることが叶わなかった。同様の方もいるのではないだろうか。
そこで,自分で直接条文をあたってみた結果を踏まえ,政令である「新型インフルエンザ等特別措置法施行令」(以下「令」という)を含めて条文ベースでこの緊急事態宣言について触れたうえで,緊急事態宣言が出たことを理由とする公演中止の問題を考えてみることにする。なお,触れるといっても,ただただ条文を追っかけただけのものであることを予めお断りしておく。
第1 新型インフルエンザ等対策特別措置法
1 新型コロナウィルスと
新型インフルエンザ等対策特別措置法
3月に施行された「新型インフルエンザ等対策措置法の一部を改正する法律」(令和2年法律第4号)により,法の附則第1条の2第1項として以下の規定が追加された。
新型コロナウイルス感染症(中略)については、新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律(中略)の施行の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日までの間は、第2条第1号に規定する新型インフルエンザ等とみなして、この法律及びこの法律に基づく命令(告示を含む。)の規定を適用する。
これにより新型コロナウィルスにも法が適用されることになった。
2 新型インフルエンザ等対策特別措置法の全体像
法は,
(1)新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画
(2)新型インフルエンザ等の発生時における措置
(3)新型インフルエンザ等緊急事態措置
(4)その他新型インフルエンザ等事項について特別の措置
を定めることで,国民の生命及び健康を保護し,並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的としている(1条)。
法はこの(1)から(4)に対応する形で,
第2章 新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画(6~13条)
第3章 新型インフルエンザ等の発生時における措置(14~31条)
第4章 新型インフルエンザ等緊急事態措置(32~61条)
第5章 財政上の措置等(62~70条)
を定めている。
(1),(2)及び(4)はそれぞれ重要な内容を含んでいるのだが,公演中止の問題と関係するのは(3)である。
第2 新型インフルエンザ等緊急事態
新型インフルエンザ等緊急事態宣言(以下「緊急事態宣言」という)は,新型インフルエンザ等緊急事態(以下「緊急事態」という)において公示されることになっているので(法32条1項),緊急事態宣言の前にまず緊急事態について押さえる必要がある。
緊急事態とは,法32条1項において
新型インフルエンザ等(国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る。以下この章において同じ。)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態
と定義されている。この「政令で定める要件」という規定を受けて令6条2項は,感染症法15条第1項又は第2項の規定による質問又は調査の結果、次の1,2のいずれかに該当することと規定している(条文を転記しただけだとかなり読みにくいので,少し整理している)。
1 以下の者が新型インフルエンザ等に感染し、又は感染したおそれがある
経路が特定できない場合
① 新型インフルエンザ等感染症の患者
(当該患者であった者を含む。)
② 疑似症患者(感染症法第60条10項)又は無症状病原体保有者(11項)
(当該無症状病原体保有者であった者を含む。)
③ 新感染症(感染症法60条9項)
(全国的かつ急速なまん延のおそれのあるものに限る。)の所見がある者
(当該所見があった者を含む。)
④ 新型インフルエンザ等にかかっていると疑うに足りる正当な理由
のある者
(新型インフルエンザ等にかかっていたと疑うに足りる正当な理由
のある者を含む。)
⑤ 新型インフルエンザ等により死亡した者
(新型インフルエンザ等により死亡したと疑われる者を含む。)
2 1に規定する者が新型インフルエンザ等を公衆にまん延させるおそれがある行動をとっていた場合その他の新型インフルエンザ等の感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由のある場合
報道を見る限りでは,既に感染経路がわからない感染事例や,感染者がまん延させるおそれがある行動をとっていた事例はあるようなので,緊急事態には該当してしまっているように思われる。
緊急事態という名称の割にはそのハードルはそれほど高いものではないという印象を受けるのは私だけだろうか。
第3 新型インフルエンザ等緊急事態宣言
緊急事態が発生したと認めるときは,政府対策本部長が緊急事態宣言をすることになっている(法32条1項)。政府対策本部長とは政府対策本部の長で,内閣総理大臣である(法16条1項)。前述のとおり報道を見る限り既に緊急事態には該当しているように思われるのだが,緊急事態宣言に踏み切っていないということは,「緊急事態が発生した『と認め』」るには至っていないということであろうか。
なお,政府対策本部は閣議により設置されるもので(法15条1項),新型コロナウィルスについては3月26日より「新型コロナウィルス感染症対策本部」との名称で設置されている。
ここまでが現在の状況であり,ここからがいよいよ今話題となっている緊急事態宣言の話となる。
緊急事態宣言とは,政府対策本部長(内閣総理大臣)が以下の事項を公示することであり,これらについては国会に報告することになっている(法32条1項)。
(1)緊急事態が発生した旨
(2)新型インフルエンザ等緊急事態措置(以下「緊急事態措置」という)
ついての以下の事項
① 実施すべき期間
② 実施すべき区域(法予防接種(46条1項)を除く)
③ 概要
そして,緊急事態措置としては,以下のものが定められている。
ア まん延の防止に関する措置(法第4章第2節)
イ 医療等の提供体制の確保に関する措置(同第3節)
ウ 国民生活及び国民経済の安定に関する措置(同第4節)
第4 緊急事態宣言下における地方自治体の役割
ここでちょっと一息入れて,緊急事態における地方自治体の役割について,東京都を念頭に置きながら触れておくことにする。なかなかややこしいが,私のせいではないのでご容赦いただきたい。
1 都道府県対策本部と都道府県対策本部長
まず,上述の政府対策本部(法15条1項)が設置されたときは,都道府県知事が都道府県対策本部を設定しなければならないことになっている(法22条1項)。上述のとおり3月26日に政府対策本部(「新型コロナウィルス感染症対策本部」)が設置されたのを受けて,東京都では同日に「東京都新型コロナウィルス感染症対策本部」を(1月30日に設置されていた同名の組織を法に基づく都道府県対策本部と位置付ける形で)設置している。
都道府県対策本部の長である都道府県対策本部長は都道府県知事とされている(法23条1項)。東京都では小池都知事である。
2 市町村対策本部と市町村対策本部長
緊急事態宣言が交付された場合,市町村は,市町村対策本部を設置しなければならないことになっている(法34条1項)。市町村対策本部の長である市町村対策本部長は市町村長とされている(法35条1項)。
今後緊急事態宣言が交付された場合には,全国の市町村に,各市町村長を市町村対策本部長とする市町村対策本部が設置されることになる。
また,東京都における23区のような特別区は,法の関係では市とみなされるので(法73条),東京都23区にも各区長を市町村対策本部長とする市町村対策本部が設置されることになる。
この措置は自分の区域が緊急事態措置を実施すべき区域に指定されたかどうかを問わない。本日現在島根県や鳥取県は感染者数が0であるから,このままの状態で緊急事態宣言が公布されたとしても,両県が実施すべき区域に指定される可能性は低い。しかし,仮に指定されなかったとしても,緊急事態宣言が公布されたら両県の全ての市町村でも各市町村長を市町村対策本部長とする市町村対策本部が設置されることになる,のであろう。
3 特定市町村と特定市町村長と特定都道府県知事
緊急事態宣言において公示された「緊急事態措置を実施すべき区域」が,自己の区域の全部または一部に該当する市町村のことを「特定市町村」といい,その長を「特定市町村長」という(法38条1項)。
そして,特定市町村の属する都道府県を「特定都道府県」といい,その知事を「特定都道府県知事」という(法38条1項)。
東京都を「緊急事態措置を実施すべき区域」とする緊急事態宣言が交付された場合,その全部又は一部が対象となった23区の各区は「特定市町村」,その区長が「特定市町村長」となり,東京都は「特定都道府県」,小池都知事が「特定都道府県知事」いうことになる。
4 特定市町村と特定都道府県の関係
特定市町村長は,新型インフルエンザ等のまん延により特定市町村がその全部又は大部分の事務を行うことができなくなったと認めるときは、特定都道府県知事に対し,当該特定市町村長が実施すべき当該特定市町村の区域に係る緊急事態措置の全部又は一部の実施を要請することができることになっている(法38条1項)。
この要請があった場合は,特定都道府県知事は特定市町村長に代わって,緊急事態措置の全部又は一部を実施なければならないとされている(同2項)。具体的な代行の手順については災害対策基本法の規定が準用されている(令7条)。
新型コロナウィルスについての緊急事態宣言の対象区域は複数の23区(さらには市,そして近隣の都道府県)にまたがることは不可避であろうから,この規定に従い東京都内については小池都知事が23区の区長に代わって緊急事態措置のおそらく全部を実施することになると予想される。
条文をたどるとややこしいが,結論は極めてシンプルである。
では,緊急事態措置にはどんなものがあるのか,東京都を対象区域とする緊急事態宣言が公布されたらどんな緊急事態措置が行われるのか。
第5 緊急事態措置~まん延の防止に関する措置
1 まん延を防止するための協力要請(1)
住民に対する要請(45条1項)
特定都道府県知事は、緊急事態において、必要性がある場合に特定都道府県の住民に対し以下のことを要請できるとされている。
ア 外出をしないこと
新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の
状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域におい
て、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又は
これに相当する場所から外出しないこと
イ その他
その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力
これはあくまで「要請」であり,この要請を無視したことについて特段のペナルティは法律上設けられてはいない。現在行われている不要不急の外出についての「自粛の要請」と何ら変わるところはないわけである。
2 まん延を防止するための協力要請(2)
施設管理者・主催者に対する要請(法45条2項)
多数の者が利用する施設を管理する者及び当該施設を利用して催物を開催する者を「施設管理者等」といい,この施設管理者等に対して一定の要請ができることになっている。法律の用語とは異なるが,本稿では「施設管理者・主催者」と表記させていただく。
この施設管理者等についての「施設」について,法45条2項は
学校
社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)
興行場(興行場法1条1項)
その他の政令で定める多数の者が利用する施設
と規定しており,これを受けて令11条は「施設」として大要以下のものを規定している(申し訳ないがかなり細かいので,興味のある方は直接条文を確認していただきたい)。
学校
保育所
介護老人保健施設その他これらに類する通所又は短期間の入所により利用される福祉サービス又は保健医療サービスを提供する施設(通所又は短期間の入所の用に供する部分に限る。)
大学、専修学校,各種学校その他これらに類する教育施設
劇場、観覧場、映画館又は演芸場
集会場又は公会堂
展示場
百貨店、マーケットその他の物品販売業を営む店舗
ホテル又は旅館(集会の用に供する部分に限る。)
体育館、水泳場、ボーリング場その他これらに類する運動施設又は遊技場
博物館、美術館又は図書館
キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホールその他これらに類する遊興施設
理髪店、質屋、貸衣装屋その他これらに類するサービス業を営む店舗
自動車教習所、学習塾その他これらに類する学習支援業を営む施設
これらの施設における施設管理者・主催者に対して要請できるのは以下の行為である(法45条2項)。
当該施設の使用の制限若しくは停止
催物の開催の制限若しくは停止
その他政令で定める措置を講ずること
これを受けて令は大要以下の措置を要請できると定めている(こちらも申し訳ないがかなり細かいので,興味のある方は直接条文を確認していただきたい)。
新型インフルエンザ等の感染の防止のための入場者の整理
発熱その他の新型インフルエンザ等の症状を呈している者の入場の禁止
手指の消毒設備の設置
施設の消毒
マスクの着用その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に関する措置の入場者に対する周知
政令が定めている行為は,現在催物の際にはかなり行われていることだと思われるので,これらの要請があったとして大した影響はない。
影響が大きいのはやはり法律に規定されている,
施設の使用の制限・停止,そして
催物の開催の制限・延期
であり,これが行われた場合には公演は中止等になる。
第6 緊急事態措置(まん延の防止に関する措置)の
要請による公演中止と「不可抗力」
1 要請の強制力
まん延の防止に関する措置としての要請の強制力であるが,法律の条文上も「要請」となっているに過ぎない。
また,施設管理者・主催者に対する要請については,正当な理由がないのに応じない場合には,「当該要請に係る措置を講ずべきことを指示する」ことができるとされている(法45条3項)が,これに対する罰則,ペナルティも規定されていない。
よって,強制力はないという結論になるであろう。
2 要請を受けた公演中止と「不可抗力」
以上のように強制力がない以上,公演中止については不可抗力にはあたらないという結論もあり得るであろう。ただ,要請があった事実や指示がなされた事実は公表されることになっている(法45条4項)。施設管理者・主催者としては公表されれば当然社会的な非難も集めるであろうし,施設の運営をサポートするスポンサー,公演についての協賛社等に対する社会的非難も懸念されるところである。
このことを考えると,法に基づく要請を無視して公演を強行することは社会通念上は困難であり,履行不能と評価されるのではないだろうか。
とすると,要請をした特定都道府県知事(または特定市町村長)の属する地方自治体,さらには国による補償は当然問題となるが,残念ながら(しかし当然のことながら)法には補償の問題については何も触れられていない。
おわりに
本稿では,施設管理者と主催者をセットにして書いてしまっているが,実際には,公演に際しては施設管理者と主催者の間での施設の利用に関する契約がある。この契約では,
施設管理者:主催者に対して施設を利用させる義務
主 催 者:施設利用料を支払う義務
を負っており,法に基づく要請があった場合,施設管理者の「主催者に対して施設を利用させる義務」が履行不能となる(その結果当該義務が消滅し,主催者の施設利用料を支払う必要もなくなる)のか,履行不能ではない(その結果当該義務は消滅せず,施設管理者は主催者に対して損害賠償義務を負う)のか,という問題が生じることとなる。
この問題は,
(1)主催者が開催するつもりなのに
施設管理者が要請を受けて施設の利用を停止したことによる公演中止
(2)施設管理者は施設を利用させるつもりなのに
主催者が要請を受けて中止としたことによる公演中止
という場合の,施設管理者と主催者の法律関係にも関係することになるが,これについてはまた別の機会に考えてみたい。
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