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感染症感染拡大予防を理由とした公演中止に伴う法律問題

はじめに


新型コロナウィルスの流行を理由とした公演中止が相次いでいる。公演が中止になった場合,チケットを購入していたお客にはチケット代の払戻しをする一方,出演者側にはギャラを支払わないことが多いようである。

出演者側としては,チケット代の払戻しに応じている主催者に対してギャラを請求することもしにくい。しかし,突然公演が中止となり,代わりの公演が入れられるわけでもないことから,当てにしていたギャラが入らない,また現在の状態では今後の公演についても開催できるとは限らないため,今後の資金繰りの目処が立たない状態となる。

この問題については様々な場面で論じられているが,まず法律的にはどういう結論となるのか,また法律はともかく,どのような解決があり得るのかについて,あまり丁寧に書かれたものはないように思われる。

骨董通り法律事務所に在籍していたときは所内で交代でコラムを執筆し,事務所のウェブサイトに掲載をする一方,ブログにポツポツと記事を執筆したりもしていたが,2018年に同事務所の唐津真美弁護士と共に高樹町法律事務所を設立してからはそのような機会もないまま今日に至っていたので,そろそろ何かしたためてみようかと思い,場所もこちらに改めて,また執筆を再開してみることにした。


1.公演中止に伴う法律関係その1
   履行不能の場合


公演については様々な法律関係が錯綜しているが,本稿で問題にするのは,
(1)主催者とお客の関係
(2)主催者と出演者の問題
である。

(1)の主催者とお客の関係は,主催者がお客に公演を鑑賞させるという契約関係で,これを公演鑑賞契約と呼ぶことにする。
(2)の主催者と出演者の関係は,出演者が主催者のために公演会場における公演に出演するという契約関係で,これを出演契約と呼ぶことにする。

公演鑑賞契約では主催者は公演を鑑賞させるという義務を,お客はチケット代を支払うという義務をそれぞれ負っている。また出演契約では,主催者はギャラを支払うという義務を,出演者は出演をするという義務をそれぞれ負っている。もちろん,義務はこれだけではないが,これが重要な義務である。

このように,契約当事者双方が義務を負っている契約を民法では,当事者双方が義務を負う契約という意味で,双務契約と呼んでいる。

今回の新型コロナウィルスの問題はひとまず措くとして,例えば天災などにより公演会場が損壊し物理的に公演が不可能になった場合には,公演鑑賞契約において「公演を鑑賞させる」という主催者の義務,そして出演契約における「出演をする」という出演者の義務は,その義務を果たそうといくら頑張っても果たすことができない状態となる。これを履行不能と呼んでいる。

民法は,契約した以上は契約に基づく義務を履行しなさい,履行しなかった場合は債務不履行責任というペナルティを科すと定めている。しかし,その一方で,不可能を強いることはできないとの理由で,履行不能になった場合はその義務は消滅することになっている。
そして,その場合公演鑑賞契約や出演契約のような契約は、相手方が負っていた義務も一緒に消滅することになっている(民法536条1項)。

これを前提に公演開催が不可抗力により不可能になった場合に公演鑑賞契約と出演契約がどうなるかを整理すると以下のようになる。

(1)公演鑑賞契約
主催者
「公演を鑑賞させる義務」が履行不能により消滅し,これに伴いお客「チケット代を支払う義務」も消滅する。お客のチケット代を支払う義務が消滅する以上,主催者がお客に対してチケット代を返金するのは当然ということになる。

(2)出演契約
出演者
「出演をする義務」が履行不能により消滅し,これに伴い主催者「ギャラを支払う義務」も消滅する。主催者のギャラを支払う義務が消滅する以上,主催者が出演者にギャラを支払わないのは当然ということになる。


2.公演中止に伴う法律関係その2
   履行不能ではない場合


以上はあくまで公演の開催が不可能となり,その結果主催者の「公演を鑑賞させる義務」,そして出演者の「出演をする義務」が履行不能となった場合の話である。

仮に公演の開催外可能であるにもかかわらず公演を中止した場合は以下のようになる。

(1)公演鑑賞契約
主催者
「公演を鑑賞させる義務」は履行不能により消滅しないから,お客「チケット代を支払う義務」も消滅しない。ただ,公演が中止になってしまった以上,お客はチケット代を支払う必要はないということになる。
ただ,主催者が公演を中止したことは,「公演を鑑賞させる義務」の債務不履行ということになるから,主催者はお客に対して損害賠償責任としてチケット代の返金に応じなければならないわけである。

(2)出演契約
出演者
「出演をする義務」は履行不能により消滅しないから,主催者「ギャラを支払う義務」も消滅しない。主催者が,公演を中止したことは,出演をする義務を果たそうとしている出演者に対し,自らの意思でその義務を果たさなくて良いとしただけであるから,出演をしなかったという理由でギャラの支払を免れることはできない。


3.感染症感染拡大予防を理由とした公演中止は
 「履行不能」による公演中止か


こうして見てくると,感染症拡大予防を理由とした公演中止に伴う法律関係がどうなるかは,果たして公演開催が不可能となり,契約上の義務が履行不能により消滅すると言えるかかどうかで大きく異なることとなる。

では,このような感染症拡大予防による公演中止は履行不能と評価できるのであろうか。

これは,現在は新型コロナウィルスの感染拡大予防を理由とする公演中止をめぐって問題となっているが,重症急性呼吸器発症群(SARS)(2002~2003年),鳥インフルエンザ(2007年),新型インフルエンザ(2009年)などを理由とする公演中止について,実は古くから議論されていた,しかし明確な結論が出ないまま,正確にはあえて出さないままでいた問題である。

過去のこれらの例では,感染者の発生が地域的に限られていたり,またさほど長期間にわたることがなく問題が収束した,少なくとも収束の目処がある程度見えていたことによりそれほど深刻化することはなかった。

しかし,現在は問題が国内全域(さらには世界)に及び,全く収束の目処が立っておらず,長期化することが予想されるため,法解釈としてこの問題に対峙する必要性が高まってきている。

私自身は本来履行不能というのは,それが民法上の義務を消滅させるほどのものである以上,上述した天災等による公演会場の損壊による場合や,交通機関の運行停止,あるいは主催者や会場運営者に従う義務のある行政からの指示や命令といった,履行したくてもできないとい場合に限られるべきはないかと考えている。少なくとも感染症の感染が拡大するかもしれないという程度,また現在のようにあくまで行政側からの要請も「自粛」にとどまっており,現実に開催されている公演も存在する状況を考えると,このような事情を「履行不能」とするのはいささか安易に過ぎないだろうかという印象を払拭することができない。


4.感染症感染拡大予防を理由とした公演中止による
   損害はどう解決されるべきか


もちろん,主催者が公演中止を決断するのはお客や公演関係者の安全を考えてのことであり,その判断自体を非難するつもりは毛頭ない。

しかし,それはあくまで公演の主催者の自主的な判断である。その自主的な判断により,出演者がギャラを受け取れないという事態が正当化されるべきなのであろうか。

公演が中止されたことによる損害は各方面に及んでおり,既に公演に関係する各団体から声が上がっているとおり,それに対しては公的資金による救済は不可欠である。しかし,そのような公的資金による救済策により,膨大な数にのぼる出演者の隅々にまで,支払が受けられなかったギャラに相応する救済が及ぶとは到底考えられない。むしろ公的資金による救済は,ギャラを支払った主催者に対して行うという方がより広い救済には資するのではないだろうか。

もちろん,主催者自身も公演中止による損害を被っているわけであるから,そのような余裕があるわけではない。だから公的資金による救済が得られる目処も立っていない状態でとりあえずギャラを支払えというのは酷ではあろう。その意味ではこのような提案は速やかな救済策が講じられる,少なくともその目処が立つことが前提とならざるを得ないかもしれない。

しかし,そもそも履行不能でないとすればギャラの支払義務は免れないことは考慮されるべきである。また,公演が開催された場合の利益が主催者に集まるものである以上,公演中止による損害もまた主催者に集まるのが本来ではないのか,という気がするのもまた事実であることは付言しておきたい。


5.児童演劇の劇団に与えている深刻な影響


公演中止に伴う損害は各団体で問題視されているが,実は児童演劇の世界においては喫緊の課題となっている。

児童演劇の世界では鑑賞者が親子ということもあり,チケット代は低廉に抑えられており,しかも会場は今回の自粛要請に対し最も敏感に反応している公立文化施設を利用することが多い。会場使用料の低さ故にチケット代,そして出演料も極力低額にしている結果,多くの劇団は小規模で,わずかなキャッシュフローを開店させながら正に自転車操業状態で運営しているのが一般的である。

そのため,公演中止が相次ぐ一方,いつ公演が再開できるかがおぼつかない現在の状態では数ヶ月先の公演も白紙の状態となっている。多くの劇団において,劇団員に対する給与が支払えないなど,財政的に破綻するところが大量に発生する可能性が極めて高い。

児童演劇の公演の再開を心待ちにしている子供たちは少なくないであろうが,このままではせっかく公演の再開が可能になっても,上演する劇団が消滅してしまっているということになりかねない。

まさに一刻の猶予もならない状態である。私自身子供を抱えているということもあり,主催者から出演料の支払がなされることにどうしても期待したくもなる次第である。

おわりに


現在の新型コロナウィルス感染症について,一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRACT)が積極的な情報発信を行っている。とても素晴らしい取り組みである。

他方で,JASRACに限らず各著作権管理団体は少なからぬ資金をプールしているが,その原資は今回深刻な被害を受けている公演の主催者,あるいは出演者から徴収した著作権使用料である。

舞台で利用されている著作物の中には児童演劇のために創作された作品も少なくないが,上演する劇団が消滅してしまえば作品が自体お蔵入りということにもなってしまうであろう。

これらの著作権管理団体が文化の発展を目的としていることからすれば,彼らの資金を主催者や出演者に対する救済に使うことを検討してみても良いのではないだろうか。

もちろん出資法を含め様々な問題もあろうし,彼らに著作権の信託・管理委託をした権利者からは異論が出ることも予想される。

しかし,舞台芸術という日本の文化が危機に瀕している現在,著作権者だけが資金を蓄えている状態に安穏とせず,何らかの方策を検討するという姿勢は示しても良いのではないだろうか。

音楽教室との裁判を巡っても著作権管理団体に対して批判的な意見があるのも事実ではあるが,そのような姿勢だけでも示されれば,著作権使用料を支払うこと,著作権管理団体に対する見方も変わってくるのではないだろうか。

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