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とどまる思想の社会デザイン論(その2)

05.社会とは何か

 都市・建築の実践において、その背後にある様々な主体の関わり方、収入の内訳、支出とのバランスなど、事業を成立させる要素を解きほぐして考察するために、哲学や人類学といった他分野にも迂回しながら補助線を導入して、ロジックを整理しながら進めていきたい。
 早速ひとつ目の補助線として引用する文章は、1970年代の巨大建築論争における林昌二の意見として書かれた「その社会が建築を創る」という論考★1のなかの一文である。

その建築のニーズが発生した社会的、経済的背景と、ニーズが具体化された決定機構と決定の過程の理解が批評の基礎となるはずです.

 
 この論考が書かれたのは、日本経済の成長に伴って建築に求められる機能が高度化し規模も大きくなっていく時代だった。その時代の要請に応じて盲目的に巨大な建築をつくるばかりの建築家に対する批判に端を発して、巨大建築をつくるだけの社会ニーズの渦中でより良い建築をつくるために建築家は責任を持って努力しているし、そもそも建築家だけを批判するのではなくてそうさせる社会を批判するべきだと反論している。
 このような、都市・建築はその時代の社会的かつ経済的なニーズに応じるかたちでつくられるという認識を踏襲し、本論ではそのつくられ方のメカニズムの分析を深めたい。ここでひとつ考察できることは、巨大建築論争当時は高度経済成長期の後期で徐々に新自由主義経済に舵が切られていく転換点にあたる時代であったことから、経済成長に伴う巨大建築をつくるその社会とは資本主義社会が前提としてあったと考えられる。
 しかしながら、例えば前回の事例に挙げた市街地再開発事業は企業による利益追求だけでなく、権利者の生活をより良いかたちで継続するための自己実現や行政が行うべき公共事業の一部を担うことなどにより、複合的な事業として成立している。必ずしも資本主義社会における市場原理だけに従ってつくられるものではない。これは市街地再開発事業に限らず都市・建築の様々な実践についても言えることだろうが、それでは社会とはどのように捉えられるべきだろうか。
 そこで、ふたつ目の補助線は、柄谷行人の『世界史の構造』★2で論じられている交換様式論【図1】を参考にする。

交換様式は、互酬、略取と再分配、商品交換、そしてXというように、四つに大別される。(省略)横の軸では、不平等/平等、縦の軸では、拘束/自由、という区別によって構成される。
実際の社会構成体は、こうした交換様式の複合として存在する。
【図1】交換様式
(出典:柄谷行人『世界史の構造』より)

 
 資本主義社会というのは商品交換(交換様式C)を介して人や物がやりとりされて成り立つ社会だと考えると、ローマ帝国などを起源とする国家による再分配(交換様式B)で成り立つ封建的な社会もあるし、クラ交易のように儀礼的な贈与(交換様式A)で成り立つ社会もある。これらが複合して今の社会が存在していると理解できる。
 このような社会像を前提とすれば、その社会でうまれる物事は交換様式ABCから成るそれぞれの原理に分けて考えることで、その特徴を構造化して分析できるだろう。ただし、ここまでだと我々の手が届かない遥か上空にあるかのような市場や国家という大きな社会システム論であり、より具体的な都市・建築の実践に関して考察できる次元ではない。
 最後の補助線として、松村圭一郎の『うしろめたさの人類学』★3を導入すると、議論の次元を横断して我々の手元まで誘導してくれる。
 

「わたし」が行為している、その同じ地平で国家や市場といった「世界」が同時に生成している。「世界」は「社会」を越えた先にあるのではなく、そのすぐ横にある。


 ここで言われる行為とは、贈与・再分配・商品交換という私たちが生活の中で無意識にでも使っているつながりの事を指しており、交換様式論とも対応して理解できる。また我々の手元でコントロールできる行為が連動して社会がつくられ、その社会と世界も地続きだとすると、「つながり」⇄「社会」⇄「世界」という連なりをイメージできる。
 そして、国家も市場も我々個人の行動によって成り立っているように、いまある現象が何かで構築されているのだとしたら、また構築しなおすことが可能だとする構築人類学のアプローチは、我々のつながり方によってその社会を変化させることができるという認識をもたらしている。
 さらに松村は、贈与・再分配・商品交換のそれぞれにおける負の特徴についても触れており、贈与の場合は返礼の義務を伴うこと、再分配では国家の介入によって成立していること、そして交換の場合はお金を持つ者と持たない者との間で格差が生じることなど、それぞれの副産物を含めた特性を踏まえたうえで、それらを手段として意識的に使い分けるスタンスを提示している。

「あたりまえ」の世界を成り立たせている境界線をずらし、いまある手段のあらたな組み合わせを試し、隠れたつながりに光をあてること。

 
 このように、贈与(交換様式A)・再分配(交換様式B)・商品交換(交換様式C)という手段の組み合わせで物事を認識し、そのあらたな組み合わせを試すことを手法として、具体的な次元に戻って議論を進めたい。
 さて、このような手法を既に都市・建築に当てはめて論じられているものとしては、饗庭伸の『都市の問診』★4がある。災害復興の場面について、再分配や商品交換の仕組みが危機に瀕したときに贈与の仕組みが補完的に起動するという例などが述べられており、本論も大いに影響を受けた。本論では必ずしも都市計画を対象とした分析に限らないことと、交換様式の組み合わせ方を確認しながら議論を発展させたい。
 

06.動態で捉える

 ここまで共有した考え方を応用して、交換様式ABCの3つをパラメータとした組み合わせによって物事が構築されているという前提に立って事例分析を進める。そのときに、三角グラフ【図2】のような概念図によって、各種パラメータのバランスの違いから物事の特徴が現れていることを図式化して、そこからどう変わってきたかの遷移を視覚的に捉えられるようにする。
 ただし、事例ごとに定量化することが目的では無いのであくまで概念的に導入し、動態として捉えて分析することにしたい。

【図2】交換様式ABCの概念を示す三角グラフ
(筆者作成)


 例えば前回の市街地再開発事業を振り返って考えたとき、権利者が土地を持ち寄って事業主体となることは、自らの敷地で自己建て替えしても良いところを都市再開発法の目的にある公共の福祉の実現に向けて協力していると捉えられるので交換様式A(贈与)に該当する行為であると考える。また、交通基盤の整備や防災性能の強化など、本来であれば公共事業として実施されるべき工事を含むため、補助金などによって行政からのサポートがあることから交換様式B(再分配)の要素も事業成立に必要である。さらに、保留床を売却する際には不動産市場に則った価格で取り引きされるし、購入後に利回り良く収益につながる見込みがなければ買い手がつかないため、交換様式C(商品交換)の要素も含む複合的な事業であると捉えられる。
 それに対して、「片町きらら」のように権利者自らで保留床を取得するということは、デベロッパー等のリーシングに頼らずに自らでコントロールできる範囲にとどめておくという意味で、交換様式Cに振り切らないように力学が働いたと捉えられる【図3】。

【図3】「片町きらら」の遷移(筆者作成)
左:近年一般的な市街地再開発事業の場合
右:「片町きらら」の場合


 次回は、以上のような分析方法を展開して、文化財保存などの事例を本論の流れに当てはめて考察を行う。そして本論全体を、「とどまる思想」をキーワードにした社会デザインの方法論としてとりまとめることとする。
 
 


★1 林昌ニ,「その社会が建築を創る」,『新建築』,新建築社,1975
★2 柄谷行人,『世界史の構造』,岩波書店,2010 交換様式Dについては、交換様式Aを高次元で回復するものであり、自由で同時に相互的であるような交換様式であるというように説明されている。これについては、いま存在しているものではなくて未来を指して論じられているものなので、本論では深く扱わないこととする。
★3 松村圭一郎,『うしろめたさの人類学』,ミシマ社,2017
★4 饗庭伸,『都市の問診』,鹿島出版会,2022
 

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