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とどまる思想の社会デザイン論(その3)

07.自己言及的

 前回、他分野を参考にしながら交換様式A(贈与)、B(再分配)、C(商品交換)というつながり方の組み合わせで物事が構築されているという前提で、市街地再開発事業の分析を行った。この考え方を継続して他の事例にも応用していくが、まずは文化財の保存に関する考察から再開する。
 文化財の保存では、所有者や研究者がその対象建物の歴史的、芸術的、考古資料及びその他学術的な観点などから価値を認識して保存活動(交換様式A)を行っていることに対して、行政が文化財保護法に基づく登録または指定をすることでお墨付きを与え、場合によっては補助金などでサポート(交換様式B)をすることで成り立っていると捉えることができる。
 最近の法改正では、所有者などが「保存活用計画書」を策定すれば行政から認定を受けることが可能となり、文化財としての価値が残る部分と保存方法を明らかにするとともに、その他の部分の活用方法についても明文化して共有しておくことで、保存と活用という矛盾する二つの目的を両立するための法律の弾力的な運用が可能となった★1。この法改正の背景には、明治期以降に建てられたいわゆる近代建築が月日の経過とともに文化財指定の対象に入ってきたことなどに連動しており、特にこの時代の建物にはオフィスビルや百貨店など今も使われている建物が多いということがある。
 現役の近代建築では、その建物を使って得られる収益の一部を建物のメンテナンスに充てるなど、所有者や管理者が自主的に保存・保全を行っているケースがある。これに対して法改正前では寺社仏閣や古民家など収益性が比較的低い建物が文化財の主な対象だったこともあり、文化財に指定されるとその建物全体を対象にして保存・保全が求められ、メンテナンスなどで工事を行う際には保存のための配慮が求められるし、現状変更許可★2が必要になることから所有者や管理者にとっては手間やコストがかさむ。これをそのまま近代建築に当てはめると、文化財の指定によってその建物の収益性を阻害しかねず、それが保存・保全の難易度を上げてしまう本末転倒の矛盾があった。
 こうした状況において近代建築を保存する方法のひとつとして、2000年代以降の都心部を中心に、歴史的建造物を保存・保全する場合にその費用に見合うだけの容積率緩和を行うなどにより保存・保全を促す制度★3が定式化した。しかし、市街地再開発事業の事例でみたのと同様な不自由がここでも生じていた。つまりこの場合は、建物を保存するための原資を隣接するオフィスビルなどの収益性に依っているので、新たなオフィスビルなどの建て替えが少ないエリアでは、例え文化財としての価値が十分にあっても保存・保全できないという不自由な状況を打開できていなかった。
 これに対してオルタナティブを示している事例は、近代建築の重要文化財である旧奈良監獄【図1】である。所有者である法務省は建物を保存することと史料館の運営を委託するのに合わせて、保存に支障が無い範囲においては建物を活用して付帯事業を行うことを可能とする条件で民間事業者を公募★4した。これまでは凍結的な保存が求められていた文化財であるが、その一部を活用して収益事業を認めることが画期的で、さらにその公募時の要求水準書★5では保存活用計画書の作成が決められているのに加えて、あらかじめ建物の壁や床の一部を撤去することが承認されているなど、活用を前提とした保存とも言える柔軟な運用になっている。
 これは、文化財を保存するためにその文化財を活用するという、自己矛盾を自己言及的に解決しようとする取り組だと言える【図2】。

【図1】旧奈良監獄(出典:法務省HPより)
【図2】文化財の保存・活用の遷移(筆者作成)
左:凍結的な文化財保存の場合
中:容積率緩和による歴史的建造物保存の場合
右:保存活用計画に基づく保存の場合

08.手法を読み解く

 この分析方法を展開していくと、三角グラフの頂点に位置付くものは交換様式ABCのいずれかひとつのみを原理として成り立つものを示すことになるので、この領域は事業スキームを組み替える余地が少ない静的な領域だと捉えられる。一方で、三辺のそれぞれの上に位置付く実践については、ふたつの交換様式の組み合わせを原理として成り立っている事業を示すことになるので、以降で考察してみたい。
 まずは交換様式BとCの間に位置付けられる実践としては、PFIのように行政が所有する施設(B)を民間企業によるノウハウや資金力(C)を導入して整備や運営を実現することが該当する。また、指定管理者制度はすでに一般的な公共施設の管理スキームになっているし、近年ではPark-PFI制度が創設されて公園まで展開されている★6。
 次は交換様式AとBの間について考えてみると、必ずしも採算がとれるとは限らないなかで個人や法人が行う社会実験(A)によって、社会的な効果が実証された取り組みを法令に定めて制度化(B)する動きが該当する。例えば、最近は車道の一部を通行止めにして歩行者に解放する社会実験が全国的に行われているが、こうした実験の積み重ねが周辺交通への影響の有無や道路使用許可などの手続きの煩雑さなどを浮き彫りにし、それらを改善するものとして「歩行者利便増進道路制度(通称ほこみち制度)」★7が創設された。
 

09.建築からの作用

 ここまでは官民連携による施設運営スキームの収益化や、ニーズに対応した制度化と見れば比較的分かりやすいところだが、それでは交換様式AとCの間の関係性はどうだろうか。収益を得るための経済活動(C)のなかに贈与(A)と言えるような特性を見出すにはギャップが大きい。企業によるCSR活動のように、収益事業とは別で行われる社会貢献や文化創出事業などが該当するかもしれない。本業で収益が確保できていれば、多少実験的な事業にもチャレンジできるだろう。
 もしくは、トヨタ自動車株式会社の関係会社による「ウーブン・シティ」では、新たなビジネスモデルをつくるための実証実験の街が目指されているが★8、先進的なモビリティや新しいライフスタイルの提案など自社の利益に留まらないプラットフォーマーとしての振る舞いを期待できるのであれば、このような企業による巨大な社会実験もこの文脈で位置付けられるだろう。
 こうした交換様式AとCの間についてはもう少し身近な事例を考察しようと思うが、都市・建築に関する贈与的な実践としてまず考えやすいのは、不特定多数の利用を許容するフリースペースではないだろうか。ただし、道路などの公共施設は税金の再分配(B)により行政が整備した空間であるし、都市開発で整備される公開空地などは割増しされた容積(C)によって埋め合わせされているので、これらは贈与とは言えない。このように街中で見つけるフリースペースを分類していくと、純粋に贈与的な空間と呼べるものは少ないが、例えば株式会社ワコールが所有・運営し表参道交差点の近くに立地している「スパイラル」の建築空間はそれに近い。槇文彦の代表作のひとつであり建物奥のアトリウム【図3】や上階に繋がるエスプラナード(大階段)【図4】が特徴的だ。

【図3】「スパイラル」内観写真
(カフェおよびアトリウム)(筆者撮影)
【図4】「スパイラル」内観写真
(エスプラナード)(筆者撮影)

 
 このアトリウムやエスプラナードはスロープや階段という動線機能の他にギャラリーとしても使われる場所であり、すぐ隣は床のレベル差のみで区切られたカフェが併設されている。これらがひとつの大きな空間として繋がっており、さらに様々な機能や様々な目的を持った人が共存している多義的な空間★9である。こうした建築の仕掛けによって、さながら青山通りの歩道が建物内部までつながっているような感覚になる。エスプラナードに置かれたイスで休憩するだけの人が許される雰囲気なのは、このように道路と同じような感覚で居られることが起因しているのだと考えられる。
 「スパイラル」は、都心商業エリアの一等地に建つ複合施設で、所有・運営者にとって収益を得るための事業用の建物(C)であることは当然なのだが、この建物にはここに目的が無い人も受け入れる空間(A)が用意されていることから、ここに建築の贈与性を見出すことができる。このように、建築の贈与性が作用して交換様式の組み合わせが動かされていることから、建築が社会をつくることができる可能性を示し続けていると言える【図5】。
 

【図5】「スパイラル」の遷移(筆者作成)
左:一般的な事業用ビルの場合
右:「スパイラル」の場合

10.むすびに

 ひとつの交換様式だけを原理とすることを避け、ふたつの交換様式の間に生じる力学を手法として使いこなし、みっつの交換様式のいずれからも距離を保つことが「とどまる思想」だと考える。
 我々は何かしらの事業に参加するときはいずれかの交換様式を手段として、身近な所のつながりをつくっていくことしかできない。しかし、それらのつながりが集合して社会ができているのだから、つながりのつくり方を手法として認識して使いこなすことは社会をデザインすることになる。
 都市・建築に関する実践はその背景にある社会がつくるのだとしたら、プランナーや建築家はその社会に応じるだけでなく、その社会そのものをデザインすることが必要になる。本論で挙げた事例のように「とどまる思想」で「社会デザイン」に向き合うことが、より自由な都市・建築を生み出すだろう。
 
 


★1 保存活用計画については、すでに1999年に文化庁にて指針が策定されて運用されていたが、2019年に文化財保護法及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律が成立し、文化財保護法第53条の2で重要文化財保存活用計画の認定が追加された。保存活用計画に文化財の現状変更または保存に影響を及ぼす行為をあらかじめ記載して認定を受けておくことで、現状変更許可等の手続きを省略できる(同法第53条の4)。
★2 文化財保護法,第43条
★3 東京都都市整備局,「東京都特定街区運用基準」,2021改定 に規定されている重要文化財保存型の基準が明治生命館や三井本館の再開発の際に適用された。
★4 法務省,「(仮称)旧奈良監獄の保存及び活用に係る公共施設等運営事業 募集要項」,2017
★5 法務省,「(仮称)旧奈良監獄の保存及び活用に係る公共施設等運営事業 要求水準書」,2017
★6 2017年に都市緑地法等の一部を改正する法律が成立し、都市公園法の改正によって民間事業者による公共還元型の収益施設の設置管理制度が創設され、これが「Park-PFI」と呼ばれている。
★7 2020年に道路法等の一部を改正する法律が成立し、道路への新しいニーズに応じて道路空間の構築を行いやすくするため、「歩行者利便増進道路」(通称:ほこみち)制度が創設された。
★8 トヨタ自動車株式会社,「有価証券報告書 2022年3月期」,2022などで「ウーブンシティ」のコンセプトのひとつである「実証実験の街」が説明されている。
★9 「新建築 1986年1月号」,新建築社,1986 において、「…多義的な輪郭を持った「部分」は、使い方によって他の「部分」と重なり合い、新たな「全体」として見えてくる。」という設計担当者の寄稿が掲載されている。

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