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死体と操縦(連載版)

1.逃走


 同僚が解体されていた。

 流れていく部品を認識した瞬間、全身を過電流が走った。それでも《指先》は再利用可能な素材を自動的に選っていく。洗浄された神経網はおにぎりの管布みたいだ。私たちは管布おにぎりの集合体。さしずめ金属繊維は合飯で、皮殻はのりかな。そんなことを考えながら、跳ね上がった負荷が落ち着くのを待つ。
 全身に疎らについた感覚機を剥がしていく。脊髄は一世代前。視神経は中の下。免疫機構は安物だが移植先はあるかもしれない。私たちの稼ぎなら性能はこんなものだろう。ただ一点、右手指を除いては。
 同じ作業区にいた同僚の両手には、私と同じく《指先》接続機が付属している。彼の接続機は右だけ拡張済だった。神経網先端に付着した、鈍く光る瘤状の機塊。一つが作業員の給料半年分の価値を持つ。私は部品を五つ丁寧に剥がすと、規格外の箱に転がし入れた。

 業務終了の鐘が鳴り響く。箱から五つの機塊をつかみ取り、混入物排出口に放った。十指がぷしゅっという音を立てて《指先》から外れ、接続機の上に金属繊維が紡がれ皮殻が覆っていくのを待つ。仲間たちが喋りながら作業場から離れていく。私はひとり廃棄場に向かい、ちょうど転がり出た部品を拾う。
「作業員017」背後から監督官の声がして、私は制止する。「どうした?」
 振り返る。監督官の巨大な単眼にぎこちない笑みを浮かべた私が映っている。
「間違えて廃棄しちゃって」
「またか。見つからないうちに戻しとけよ」
「すみません」
 手のなかの機塊を前掛けの収納袋に潜りこませ、そそくさと通り過ぎようとする。
「待て」
 眼球が鋭く絞られ、私を走査する。伸びてくる細長い手を振り切って駆け出す。
「横領だ! 捕まえろ!」
 叫び声に固まった仕事仲間のあいだを縫って走る。工場内に響き渡る警報、巨大画面に映される社長の顔。文字が赤く明滅する。
「横領は犯罪です!」
「在庫は会社の資産です!」
「会社第一!」
 準備室で自分の棚から雑嚢をひったくり、前掛けを脱いで突っこむ。非常口から出て裏門をくぐり駅へ向かって走る。改札を抜け、定刻通りに着いていた百足車輌に飛び乗る。扉が閉まる。
 車輌の窓越しに、工場の正門から調達部の黒前掛けが出てくるのが見え、咄嗟に身を隠す。捕まったら私も解体されるに違いない、そう思うと脚がかたかた震えた。なぜか手が油でべたべたになっている感覚に襲われ、何度も拭う。
 次の駅に着く直前に、あ、勤怠札切り忘れた、と思い、可笑しくてくすくす笑ってしまう。周囲の乗客から白い目を向けられ、慌てて口を結ぶ。

 灰色地区に建つ半壊集合住宅に着く。階段を上って廊下を進み、突き当たりの薄暗い扉を開く。先月から借りているがらんとした部屋。会社の団地の一室は、今ごろ黒前掛けに引っ掻き回されているだろう。ここが特定されるのも時間の問題だ。
 雑嚢から油にまみれた前掛けを出し、機塊五つを確認する。部屋の片隅に自宅から運んだ廉価版端末、そこから伸びる細い線の先に、彼から譲り受けた携行用《指先》。右手指の皮膚と繊維を剥がし、先端の接続機を外す痛みに顔を顰める。拡張機塊をあいだに挟むと初期設定の負荷で腕が痙攣した。治まったら《指先》の受容部に五指を入れる。しゅっと音がしてざぶざぶ通電される波を感じ、電子海へ接続されたのがわかった。私の端末が性能不足でないことを祈る。
 目蓋を閉じて視覚を遮断し、《指先》の信号に集中する。温度。摘まむと柔らかい。少し湿っている。時々ざらざらしている。探るように動かすと、蜜油に似てとろりとした液体に包まれる。私は次々と表れる感覚に夢中になる。
 これが彼の感じていたものなのだ。私が壊した彼の。

(続く)

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