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隠し味は、あたたかな愛情。



食べたくてたまらない味がある。 

おばあちゃんの特製ハンバーグ。


小さい頃から、事あるごとに作っては食べさせてくれたおばあちゃんのハンバーグが大好きだった。
ただ、ハンバーグと言ってもそれは、もはやその名前を名乗ってもいいのか分からないほどにオリジナルすぎるものだったのだけれど。

ハンバーグというよりは平べったいつくねと言った方が良さそうな可愛らしいサイズ感に、玉ねぎの主張が強い味わいと食感。肉肉しさは良い意味でなく、玉ねぎの甘みがメインのあっさりとした味。食べ方もひと味ちがって、素材のおいしさを楽しむべく、ただ焼き上げた状態でソースも何もかけずに食べるのがいちばん美味しいから不思議。

素材の甘さを存分に発揮しながら炒められた玉ねぎがとにかくたくさんシャキシャキと入っているそのハンバーグ。食べると口の中で、玉ねぎの甘みと絶妙なやさしい塩梅でほどこされた味つけがふんわりと広がり、なんだか懐かしいあったかい気持ちになるような味だった。素朴だけどすっごくおいしい、おばあちゃんだけが知るレシピ。いくつでもおかわりして食べたいおいしさ。

誰がなんと言おうと、ハンバーグの定番からはたしかに少し外れていようと、おばあちゃん特製のこのハンバーグこそ私のなかではハンバーグのど真ん中、他のどんな料理よりも大好きな味だった。


*****


翌日に中学受験をひかえたその日。

おじいちゃんが、おばあちゃんのハンバーグを持ってうちにやってきた。

大きなサイズのお弁当箱に、これでもかとたくさん詰め込まれたおばあちゃんの特製ハンバーグ。

私の明日のテストがうまくいくようにと、応援と願掛けの気持ちでこの大好物を作ってくれたらしい。だけれどもどうやら体調があまり良くなくて、代わりにおじいちゃんが届けに来てくれたそうだ。

すごく嬉しくて、そして大好きなハンバーグはやっぱり何度食べてもびっくりするほどおいしくて。お腹いっぱいパワーをもらって、明日に備え幸せな気持ちで眠りについた。


翌日のテストはというと、たぶん
うまくいった、のだと思う。

とは言え実際のところは、試験を終えた当日はできなかった問題の印象ばかりが頭にあって、これはもう落ちてしまっただろうな…とひとりしょげていたのだが、蓋をあけてみるとびっくり、なんとまさかの合格。

受かるだなんて思っていなかったから、これはもう昨日のおばあちゃんのハンバーグの願掛けのおかげだ、と思った。おいしいだけでなく、お守りみたいな、大好きなあのハンバーグ。


そのときにすぐ言えば良かったのだ。おばあちゃんにひとこと、「ハンバーグありがとう。おいしかったよ。おかげで合格したよ」と。


なのに私は、試験の疲れと受かった安心感でふわふわしたまま、そんな大事なことを後回しにしてしまったのだった。


*****


その日はあまりにも突然やってきて、
おばあちゃんのハンバーグはもう永遠に食べれなくなってしまった。

最後に食べたあのハンバーグのお礼も言えないままに。


何度も何度も後悔した。

どうして、きちんと感謝の気持ちを伝えることを後回しになんかしてしまったのだろう。
なんなら、おばあちゃんがくれたこれまでのたくさんの優しさにもまだ全然ありがとうを伝えられていなかったのに。
何ひとつ恩返しができていなかったのに。

どこかで見てくれてたら、聞いてくれてたらと、お墓の前やお仏壇に手を合わせるとき、言えなかったお礼をいつも心に念じてみた。

ハンバーグ、すごくおいしかったよ。ありがとう。
すぐに伝えられなくってごめんね…

これまでもいつもいつも、たくさんありがとう。


そう念じた。

*****

あれから、大好きだったあのハンバーグに何度かチャレンジを重ねた。どうしても、あのほっとする懐かしい味が食べたくて。
だけど、おばあちゃんの味を思い出して試行錯誤してみても、なにかが違う。玉ねぎの分量を調節したり、味付けを色々試したり、あれこれ工夫を凝らしても、なんだかあの味は再現できなかった。

きっと、分量や調合の問題じゃないのかもしれないね。
おばあちゃんの、あのあたたかな手で、私のためを思って作られたハンバーグ。あの味の鍵を握るのは、そんな、手に入らない、目には見えない隠し味なのかもしれない。

どんなにチャレンジしても、私ではあのハンバーグを作れはしないかもしれないけれど。
思い出の中のこの味だけは、ずっとずっと忘れずにいたい。この先の人生、ハンバーグを何百回食べようとも、おばあちゃんのあの優しいハンバーグの味だけは、ずっと大切にしまっておきたい。


あの日の後悔の気持ちは、どんなに月日が経っても消えてなくなることはないけれど、優しいおばあちゃんのことだから、たぶんそんな私のこともどこかであたたかい目をして見守ってくれているような気がする。

今の私の姿がどこかで見守るおばあちゃんの目にうつったときに、素敵な子に育ったなと思ってもらえるような私でいること。それが、今できる限りのおばあちゃん孝行なのかもしれない。


ねぇ、おばあちゃん。

今の私、全然まだまだだけれど、
がむしゃらに人生を頑張ってみているよ。

家族、友人、大好きな人…
周りにいてくれる大切な人たちを大事にして、
一生懸命さだけは誰にも負けないつもりで
過ごしていくから、どうか安心してね。


ハンバーグはまだ修行中だけれど、
いつか私もおばあちゃんのように素敵に歳を重ねた先で、あのほっとする味を、今度は私が大切な誰かに届けるられるように。今は私の精一杯で、おばあちゃんにもらった優しさを胸に毎日を過ごしていくからね。


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