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「浦和レッズ三年計画を定点観測」~#24. 2020 J1 第19節 vs横浜FC レビュー&採点~

誰が言い始めたのか分かりませんが、かつての所属チームに対して活躍することが「恩返し」とされています。
まさにこの試合では大きな「恩返し」をして頂いたわけですが、今回はそれだけではなく、浦和レッズというクラブに関わる人たちの気持ちを二分しかねない試合内容になりました。

まずは、試合の流れの振り返りからしていきます。

スタメンは両チームとも中2日ということで、前節からの変更点は多くありましたが、基本的にはシーズンを戦ってきたメンバーの中からという選出。
その中で浦和は柏木、横浜FCはレアンドロ・ドミンゲスがそれぞれ入ったところがポイントだったかと思います。

◆トランジション合戦を避けた横浜FC

横浜FCの特徴はボール保持では的確なポジショニングとサポートから丁寧にボールを繋いで前進していくこと、そして非保持はボールと味方の位置を基準に全体をコンパクトにしたゾーンディフェンス。
そして、この攻守のつなぎ目、トランジションの局面では急ぐのではなく時間を稼いで次の局面へ移行していくことを目指しました。

試合解説の福田さんが「切り替えの場面が増えた方が浦和のペースになりますからね」というのは正にその通りで、浦和はボール保持では少し難しい状況でもボールを鋭く縦につけて、そこで突破できなくても人を前のめりに突っ込んで即時奪回し、再びゴールへ向かって進んでいきます。
また、ボール非保持では、ボールを奪ったら相手の守備陣形が整う前に一気に攻め切ることを目指します。

トランジションでスピードをつけて秩序が出来る前に完遂したい浦和と、トランジションで落ち着けて秩序を保って試合を進めたい横浜FC。対照的な狙いを持った両者のぶつかり合いは、横浜FCの望んだリズムで試合が進んでいきます。

特に試合のスピードが上がらなかった要因は横浜FCの攻撃→守備の切り替え、ネガティブトランジションの局面にあったとおもいます。

象徴的なシーンとして10:56~の安永のシュートがポストに当たり、それを拾った浦和がカウンターを仕掛けて行ったところをピックアップします。
安永のシュートに行きつくまでのところも、横浜FCが右から前進してハーフレーンのレドミからのパスを皆川がフリックしたところが浦和の守備に引っかかり、浦和がカウンターを仕掛けようとしたところを横浜FCの選手たちが中央のスペースを埋めたことで浦和の中央突破を阻み、浦和がポジティブトランジションでアクセルを踏んだところを突いたというものでした。

ここで横浜FCの選手はボール保持者に対しては必ず1人前に立って縦方向のパスコースを切り、周りの選手は中央のスペースを埋めながら自陣へ下がっていきます。

これによって浦和の選手はボールを一気に前に繋いでいくことが出来ず、時間を稼いだ横浜FCの選手たちは陣形を整えながら帰陣し、ゴール前までボールがたどり着いた時には横浜FCのDF陣はペナルティエリア内でクロス対応の準備が整った状態で迎え撃つことが出来ています。
結局このシーンは山中がクロスを上げようとしたがマギーニョに引っかかり、拾いなおした浦和が最後尾から再びビルドアップを始めることになりました。

◆松尾の恩返し①~狙いの中のエラー~

16分に浦和は自陣でのパスミスから失点します。
ゴールキックをショートパスから始めて、横浜FCの選手たちが食いついたところを西川が裏返そうとしたボールが手塚へのプレゼントとなってしまい、ビルドアップのために距離をとっていた浦和の選手たちのスペースに顔を出した松尾が見事な内巻きのコントロールショット。

中継映像の画角では西川が手塚へきれいにパスをしたようにも見えてしまいますが、ゴール裏からのリプレイ映像から浦和の選手たちが狙っていたパスコースを想像するとこのようなイメージだったと思います。

浦和はSHが内側にポジションを取り相手中盤の背後でボールを前向きに持つことを意識することが多いため、そこへボールを届ける方法としてこの2つの可能性があったと思います。
どちらを意識したのかは西川本人にしか分かりませんが、いずれにしても狙いを持ってスペースを見つけてそこへボールを届けようとしたときの技術的なエラーだったと思います。

エラーが起きて失点してしまったことはいただけないですが、チームとして目指す場所を意識した中でのエラーなのでネガティブになるようなものではないのかなというのが個人的な感想です。
場所が見えてそこに出そうとするところまでは出来たので、あとはそこにボールを届けることさえ出来れば良かったわけですし、それを出来るだけの技術を西川が持っていることはJリーグを観ている人であれば皆が知るところです。次も同じような場面があればトライすべきだと思います。

◆松尾の恩返し②~起用に応えたレドミ~

レアンドロ・ドミンゲスの起用ついて下平監督は以下のようにコメントしています。

--レアンドロ ドミンゲス選手が今季初先発だったと思うが、このタイミングで先発に至った理由と彼に期待したことは?
長いケガをしていてなかなかコンディションがそろわなかった中で、ここに来てコンディションが上がってきていることと、この間の川崎Fでは途中から出て非常に良いパフォーマンスをしていたので、そういうところを見て先発起用に踏み切りました。その中で今日は2トップというよりは、1トップのトップ下という形でレアンドロにある程度自由にボールを引き出してもらって、そこからの配球を期待していた。
おそらく、(浦和の)ボランチは(横浜FCの)ボランチをつかみにくる。特にエヴェルトンが前につかみにきて、その後ろのスペースが空くことがスカウティングで分かっていたので、そこにレアンドロがうまく入れれば攻撃するチャンスや、彼が前を向くとチャンスは生まれるので、そういう期待をしながら起用しました。2点目なんかは良い形でスルーパスを出してくれて、あれは彼にしか出せないスルーパスを出してくれたので良かったと思います。

2点目の場面は浦和のプレッシングでの流れではないですが、袴田からレアンドロ・ドミンゲスへのパスが柴戸にカットされ、柴戸に対してレアンドロ・ドミンゲスがプレスバックした流れで中盤に入ったところからでした。

柏木がその前に松尾との接触で一旦外に出ていたので、杉本が右SHのスペースを埋めましたが、まだハーフラインだしそこまで厳しくいかなくてもいいやと思ったのか、横浜FCの中で最も急所を突くボールが出せる選手を自由にしてしまいました。

アウトサイドにかけたスルーパスの質も、抜け出した松尾の落ち着きも素晴らしいですが、たとえスクランブルとはいえこれだけの選手を野放しにしてしまったのはよろしくないですね。

◆属人性への回帰「ボランチ柏木」

前半に浦和がなかなかゴールに近づくシーンを作り出せなかったのは先述の横浜FCのネガティブトランジションの上手さもありますが、浦和の選手たちのプレーコンセプトの未習熟とそれに付随する個人戦術が身についていないことにあると思います。

試合を見返しながらメモ代わりにしたツイートをいくつか転載します。

横浜FCはトランジション合戦になって試合のリズムが上がることを避けるために、積極的なプレッシングは行いませんでした。
あくまでの穴を作らず、相手がバランスを崩したり無理やり自分たちの網の中へ入ってきたりしたら奪うというのが狙いです。

相手が動けばその分スペースが出来ますが、相手が動かなければこちらからアクションを起こさないとスペースは出来ません。
相手が動かないときのアクションとして三年計画のプレーコンセプトとして掲げているのが「運ぶ」というプレーです。

「プレーコンセプトの未習熟」というのが「運ぶ」プレーをするべき場面で出来ていなかったこと、そして「それに付随する個人戦術が身についていない」というのが運ぶ選手との距離を取ることで相手が対応に困るポジションを取ることが出来ていなかったことになります。

転載したツイートの中で12:57~のシーンを取り上げたいと思います。
まずはエヴェルトンが下りることで横浜FCの2トップに対して3vs2を作って、エヴェルトンが皆川の脇から運んで前進していきます。
この時に外側にいた山中はそのままの場所に立ったままのため、エヴェルトンが運ぶ先にいる松浦にとってはボール保持者(エヴェルトン)と次にパスが出て行きそうな選手(山中)を同一視野に入れられるので対応には特に困りません。

この位置でエヴェルトンから山中にパスが出れば中盤4人が1つずつスライドすれば対応できてしまいます。
エヴェルトンから岩波にパスが出た後に、岩波が運ばずにそのままデンへパスをしますが、横浜FCの中盤は横にスライドして浦和が前進する経路をあっという間に塞いでしまいました。

一方、横浜FCはこの「運ぶ」とボール保持者と距離を取ることがきちんとできていたので、そこも紹介しようと思います。

15:17~のシーンで手塚が最終ラインに入って3vs2を作り、伊野波がレオナルドの脇から運んで前進します。
この時にマギーニョ、松浦、レアンドロ・ドミンゲスがそれぞれ伊野波との距離を保ち、伊野波が運ぶのに合わせて前に進んでいくので、関根、エヴェルトン、柴戸はその動きに合わせて下げられていきます。
これによって浦和の2トップと中盤の間が広がり、アンカーの位置に入った安永から松尾→レアンドロ・ドミンゲス→袴田と一気に逆サイドまで展開していきました。

最後の袴田へのパスは流れてしまったのでチャンスにはなりませんでしたが、横浜FCの選手たちにしっかりとした個人戦術が身についていることがわかるシーンです。

さて、前置きが長くなりましたが、そんなわけで前半なかなか良い状態でゴールへ近づいていけなかった浦和はハーフタイムに選手交代を行いました。
エヴェルトンと岩波に代えて汰木と宇賀神を入れて、中盤と最終ラインの並びを入れ替えます。

開幕戦以来の柏木をボランチに据えた配置を取り、ボール扱いに長ける柏木がボールに関わる場面を増やすような選手交代を行います。
岩波については、横浜FCが構えて守備をしてくるときに運んで相手を動かすことが出来ないという面もあって、運ぶことが出来るデンをCBに置きたいという意図があったのではないかと推測します。
試合後の会見でもこの辺りに突っ込んだ質問がなかったので、あくまでも推測になってしまいますが。

柏木が中央に入ってボールに関わる場面が増え、柏木自身はボールのある場所の近くでプレーをして、ボールを持った時に1タッチ、2タッチでボールを離すので一見ボール回しにリズムが出来たように見えます。
また、周りの選手もボール扱いが上手い選手がボールを持つ機会が増えることで柏木を基準にして個々の立ち位置を見つけていきます。

しかし、柏木の「球離れの良さ」というのは必ずしもプラスではなく、相手の守備ラインを越えた位置でボールを持って前を向けるチャンスがあっても、ボールをすぐに手放すことで前を向くことが出来ないシーンも出てきます。

また、ボールに近い位置に留まってしまうことで、柏木が関与しなくても好転する場面でも柏木が1クッション挟むことで別の場所に人を置ければということにもなってきます。

そして、57分に投入された興梠も含め、浦和の攻撃は柏木、興梠がボール前進に関与し、この2人がいかに効果的なボールを出すことが出来るのか、相手の動きをコントロールできるのかに収斂していきます。
ボールに関与するという意識が強いあまりに、相手にとっては特段影響を持たない位置でのボールタッチになり、一見ボール保持が増え、短い距離でテンポよくボールが動くことでリズムが出来るようにも見えますが、決して横浜FCのコンパクトな守備陣形を動かすには至らず、結局は横浜FCゴールを脅かすようなシュートシーンは訪れないまま試合終了となりました。

◆属人性についての考え方

さて、冒頭に書いた「浦和レッズというクラブに関わる人たちの気持ちを二分しかねない試合内容」というのはこの柏木、興梠の振る舞いとその周りの選手たちが柏木、興梠を基準としたプレー選択をしていた部分になります。

昨年12月に掲げられた三年計画の本旨はチームとしてのプレーコンセプトを定めることで選手個人に依存するのではなく、選手個人がチームが与えた役割を最低限果たすことで一定のチームとしてのレベルを確保した上で、その役割+αで個人の長所を加えていくというものだと思っています。

それが、この試合の後半で観られたのは柏木という個人の能力を基準として、チームの中で最も優れた個人に足りない部分を周囲が補う、チームが好転するかどうかはその個人の出来次第という属人性の強い内容でした。

試合後会見の質問でこの辺りについて突っ込んだものは無かったので、大槻監督がこの現象を意図していたのか、意図せずピッチ上の選手たちがそういう現象を起こしてしまっていたのかは分かりません。

ハーフタイムコメントでも
・「ツートップは、プレスをかけるときに外に追い込もう」
・「奪った後にパスをしっかりと落ち着いてつなごう」
・「足元だけでなく、斜めや背後の動きを使おう」
と伝えた情報しかないのですが、誰かを中心に、誰かにボールを集めてという表現はしていないのではないかと思います。

ここで気になるのは監督・コーチ陣が意図していないのに選手たちが属人性に甘んじたわけで、それはミシャ期の最後の方もそうでしたし、昨年途中から指揮を執った大槻監督はそれまでのチームの在り方を尊重した中で表現されたプレースタイルでした。
それは自分でやれる能力のある人が、自分より能力の足りない人を見た時に「自分がやった方が早いから」とその人の仕事を取り上げてしまうような組織の在り方であり、それを続けていれば能力のある人がいる間はその人次第で結果が出ることはあっても、その人がいなくなれば組織の業務が回らなくなります。(こんなこと皆さんの職場、バイト先などありませんか?)

三年計画は言わばそれとの決別であり、組織全員を最低限の役割を果たせるまでに引き上げることになります。
しかし、組織全員が最低限の役割を果たすためには、不足している個人戦術を身につける必要があり、能力のある人が自分よりも能力がない人に対してチームとしての最低限は出来ることを信用する必要があります。

しかし、今の浦和にいる選手はそれまでの属人性の強いやり方を長くやってきて、その中で成功体験のある選手が多いです。
選手キャリアが終盤に差し掛かる年齢で、成功体験もある選手がこの感覚を入れ替えることは容易ではないと思います。
そういう意味で、選手は複数年契約が多くてこれまでの編成を維持せざるを得ないが、首脳陣は新しい方向へ舵を切ろうとするというミスマッチは選手たちの心理面にも大きな影響を与えているということがこの試合で顕在化したのではないかと思います。

「浦和の太陽 俺たちの柏木陽介」

浦和サポたちは彼に向かって歌ってきました。
そしてそれは正しく浦和というクラブの中での彼の立ち位置を表し、彼のアイデンティティでした。
しかし、三年計画を掲げたからには彼自身も変わらないといけないのです。選手は今置かれている環境、求められるタスクの中で自分の価値を認めさせることなのです。

鈴木啓太が引退試合で「選手は入れ替わるけどサポーターは替わらない」と言いました。そうです。今いる選手はいずれいなくなり、別の選手にとって代わります。それでもクラブは存続し続け、サポーターはこのクラブを愛し続けていきます。
今この時にいる選手はもちろん愛していますが、その選手がいなくなった時にどうするのかも考えなければいけないのです。誰かが抜けたらすべてがどん底に落ちてはいけないのです。だからこそ、浦和に所属する選手は試合に出るためには最低限チームとして定めるプレーが出来ることを担保して、それに上乗せする個人の長所というのを求めて行かなければいけないのです。

9/27現在で首位川崎との勝ち点差は残り25試合で23。優勝の芽はかなり厳しくなりましたが、3位FC東京との差は8。三年計画で掲げたもののうちACL出場権獲得には十分に手が届く位置につけることが出来ています。
果たして次戦以降で柏木が出場するときにはどのようなポジションで、どのような役割で、周りの選手はどのように振舞うのか、ここには大いに注目していきたいと思います。

採点結果

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