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10/2昼下がり。一人で全裸で岩手の海に飛び込んだ。

白い浜。
見ていると呼吸が深くなるくらいに続く海や空。
波は少し荒かった。
波に抵抗するのも、漂うのも気持ちよかった。
少し遠くに2組くらいファミリーがいた。
さすがに僕のことは見えない距離。

海は予想通り温かかった。
「海の水温は陸の気温の1ヶ月前。」
そう漁師さんから聞いていたから。

漁協の帽子をかぶったおじさんが一人来た。
急いでパンツを履いた。

注意されるかと思ったら、


「裏の海の方が波が穏やかでいいぞ」


と教えてくれた。
僕はこの町のこういうところが大好きだ。

海は最高に気持ちがよかった。
それに、自分も面白いことできるじゃんと嬉しかった。

歌いたい気分になり、
アンダーザシーとかフレンドライクミーを歌った。
今ならセバスチャンにもジーニーにもなれる!

フリー素材で出会ったときめく絵

解放感に満ちていた。
今思うと、天気、海、空、いろんなものがありがたかった。

ご機嫌になった。
やりたいこと。
この先どう生きていきたいか。
どんな仕事をどんな人たちとしていきたいか。
いろんなことが無理なくナチュラルに湧いてきた。

今年の春先から続く疲れが消えたわけではない。
それでも、その疲労感も許しながら、僕はご機嫌になった。

ボディブローのように響いてきた精神的な疲労

対人支援のような仕事をして3年目も半分を過ぎた。
今年はよく疲れたと口にする。
今僕は慢性的な疲労を抱えているようだ。

愛を持って接したいけど、胸のあたりが使えて体が動かない。
今はやめておこうと思う回数が増えた。
タフさが売りだと思っていたが、最強ではなかった。

よく、他者が乗り移る感覚に陥る。
一生懸命話を聞いて、愛を持って接した相手が自分に乗り移る。
その人たちがいないところで、その人の声なのか自分の声なのかわからないささやきが頭をめぐる。
それは僕の思考や行動に「待った」をかける。

それは見えない誰かを想像できているから、いいことなのではないか?

そう思って放っておいた。
しかし、ここのところの緊急対応では致命傷になりつつあったみたいだ。

今、SET(働いている団体)は端的にいうと存続の危機を迎えている。

組織の緊急フェーズを迎えたことがある人はお分かりかと思う。
とにかくスピードが速くなる。
コミュニケーション、歩く速度、ドアの閉め方、ご飯を食べる早さ、パソコンを打つ速度、いろんなものが速くなる。

速くなるのは僕としては構わない。
むしろせっかちなので気にならなかった。

でも、コミュニティとしての関係性や、個人には徐々に負荷がかかる。
その速度に追いつけなさを感じたり、いづらさを感じる人が出てくる。

このSETの状況と、
他者が乗り移りかけてる僕の状態が、最高に相性悪かった。

やりづらさ、いづらさを感じている人がいるのに、
話を聞きたいけど自分に余裕がない—

これはまだ序の口。自分なんてそんなもんだろうと思う。

厄介なのは、
自分がこの目の前の仕事をこなすことで、
何かいづらさに加担してるのではないか?

結局これをすればするほど、
組織は加速して止まらなくなってしまうんじゃないか?

そんな疑問が、タスクに取り掛かるたびに湧いてくることだ。

9月。
自分の意識が乗っ取られる回数が増えた。
毎度自分と対話して、判断しないと進めない。
それでもDead lineはやってくる。

こんな日々が1ヶ月とちょっと続いていた。
まだまだ続くけど、1日だけ落ちつけそうだった。
少し解放された気がした。

それが10月2日だった。

大野浜。誰もいない時もしばしば。

自分の人生を生きることとは、シンプルに生きるということ?

10月2日時点。
僕の身体は "解放" を求めていたと思う。

ウズウズしたし、なんでもできそうだった。
気分も良かった。
だから全裸で海に飛び込んだ。

What a simple!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
おいおいおい。
そんな衝動的でいいのかいKoheiさん。

(引用)Kohei "Voice of my Heart"

ものすごいシンプルだった。
身体で感じたことを、心で受け取って、頭が指令を出した。
そんなシンプルさは久しぶりだった。

今思うと、これが自分の人生を生きるってことなのかもしれない。

未来は考える。他者のことも考える。
でも僕は、そもそも他者の人生は生きられない。
過去にも未来にも生きられない。

自分の身体で生きている以上、自分の人生しか生きられない。
それはもはや降伏だ。

自分の人生を生きることは、意思や願いや決断からしか生まれないと思っていたので、肩透かしを食らったような温度感だった。

でもまあ、案外そんなもんなのかもしれない。

「こうふく」と打った瞬間に僕のMacBookは「幸福」と変換した。
僕は日頃、本当に幸せな人生を送っているんだなあ。

(引用)Kohei "Thank you my life"

複雑さを愛して、シンプルに生きる

複雑な状況下にある人に、シンプルさを持ちかけるのは暴力じみた行為だ。
シンプルな話が通るなら、誰も困っていない。

それに気づいたのは、移住したての約3年前。
そこからは、複雑さを、複雑なまま自分の中に取り込もうとした。
複雑なまま理解しようと、僕なりに努力した。
シンプルさはなるべく持ち込まないようにした。

当然、自分を見るレンズも変わった。
自分のことも複雑に捉えるようになった。

それが相手に寄り添うこと、理解することだと思ったからだ。
少しずつ、相手を理解できる幅が広がった気がした。
これまでの僕にはなかった形の関係性を作れるようになった。

なんといっても、頼ってもらえるようになったのが嬉しかった。

でもそれは限界を迎え始めた。
他者と自分がわからなくなりかけた。

理解できないものは理解できない。
でも僕は、この町に来てくれたあなたたちのことが知りたい。
あなたたちに何かしたい。

そうじゃないと、苦しささえ抱くようになってしまった。
あらゆるものはつながっていると、感じるようになったからだろう。

だからもう、残された手段は "愛する" しかないんじゃないかと思った。

「理解する」じゃなくて「愛する」だ。
それが唯一、自分も守って相手ともつながる手段なんじゃないかと思った。

どうせどこまで理解しても理解できない。
複雑なものは、どこまでも複雑なままだ。

これ以上踏み込まず、眺めるに止まること。
僕じゃない誰かに、勇気を持って託すこと。
言葉ではない形で、コミュニケーションをとること。
もう少し、理解してみようとすること。
それは全て、僕の中で、愛するという行為に自然と集約された。

すべて理解できなくても、
きっと愛することはできる。

だから僕は、複雑さは愛そうと思う。
そして僕は、安心してシンプルに生きようと思う。


僕は僕の身体でしか生きられないのだから。


さいごに 

読んでくれてありがとうございました。
ただただそれだけです。

あ〜〜〜なんか、
ここで今を生きると、
今よりもっと自由になれる気がするんだよなあ。

9月末は今すぐ帰ってやろうと思ったけど、
もう少しだけは、この町で希望を持って頑張っていようと思います。
陸前高田市広田町。
裸になってもギリ大丈夫な町。
いいもんですよ。

2022.10.04



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