漁火の照らす町


「女の子は、船に乗っちゃダメなんだよ」
「船霊さまが怒って、魚が取れなくなる」


そんな言い伝えが今も尚口煩く言われる場所で、私は育った。
人口500人にも満たない、とある地方に浮かぶ、小さな島の港町だ。
初めてそこに足を踏み入れた友人は、「朝ドラが撮れそう…」と零した。
中学までの15年間をそこで過ごした。同級生は両の指で数えられる。

人生100年と言われる時代を生きる私にとってその島で過ごした15年間の時間は、ほんの一瞬だった。それでもその時間が、私にとっては一番大切な時間だった。
初めて歩いた。初めてしゃべった。初めて友だちができた。初恋すらも、その島だった。
島を離れた16の春、「帰りたい」と思った。波の音、潮の香り、全てが恋しくなった。
時に人の命すら奪う海に育てられたことを、16の春に、今更ながら気づいた。

コロナの影響でもう1年も足を踏み入れていない故郷。

きっと今年も、15年間見続けた桜を目にすることはないだろう。

だからせめて、願っている。

今年も、春が来ますように。

母校の前にある桜の木が今年も、満開の花を咲かせますように。

いつの日か祖父に連れられて目にした漁火が、消えることがありませんように。

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