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ジョゼ⑤

田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』角川文庫

魚たちについて


ジョゼは、
九州の果てにある海底水族館に連れて行ってほしいと、
恒夫に頼みます。


ここにいると昼か夜かもわからず、
海底に二人で取り残されたように思う。
ジョゼは恐怖に近い陶酔をおぼえて、
幾めぐりも幾めぐりもした。
(202~203ページ)

光、水、海藻、
そして魚たちが織りなす、
色とりどりの絵巻。

そこから、
まるで今の自分たちも魚のようだと、
想像の翼を広げるジョゼ。


夜ふけ、ジョゼが目をさますと、
カーテンを払った窓から月光が差しこんでいて、
まるで部屋中が海底洞窟の水族館のようだった。
ジョゼも恒夫も、魚になっていた。
(203ページ)

今まで過去にしか向いていなかったジョゼの想像力が、
現在に浸水しています。

かつては、
不都合で悲しい過去を、
想像力によって楽しい思い出に仕立てていました。

今や想像と現在が重なるほどに、
幸福を感じることができるようになったのです。

もうここまでくると、
言うことがありません。

普通の人にできることができなくても。
未来に望みをもてなくても。

彼女は自分の生き方で、
幸福になることができた。

これは、
障害を抱えた孤独な女性が、
平凡な男と出会い、
水を得た魚のように、
自由をひろげ、
幸福になる物語です。

彼女より多くのことを選択できるはずの僕たちの方が、
逆に未来や意志(will)に依存して、
幸福を感じられていないのかもしれない。
そんなことも思います。


過去が自分の現在をつくっていく。
未来のために未来を想像する必要はない。
未来を変えるイレギュラーは、
現在にこそあるのだから。

彼女が恒夫と出逢って、ジョゼとして生きることができたように。


新しい世界の見方をくれる、
これこそ小説の力です。

すばらしい小説でした。

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