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【番外編】三十間

美容院からの帰り、さっぱりと落ち着いた、そこにかすかな華やぎも入り交じった気分のなか、カフェでコーヒーを飲んでいこうと思い付く表参道、とはいえ表参道、つまり、この辺りにはたくさんのカフェがある、しかし、カフェとはいったいなんだろう、落ち着いた空間で一息つき、おいしいコーヒーが味わえるところがいい、そんなことを考えるともなく考えながら、歩いていたらこの店をみつけた、三十間、充分なスペースの確保された座席がゆったりと配された店内は空いていた、それでいて、おいしいコーヒーが飲める気配は入り口から既にまったく隠せていない、ここだ、そう思った、本日のコーヒーに指定されたエーデルワイスキリマンジャロと、チョコブラウニーを頼む、キリマンジャロ、奈落の底まで一直線に落ちていく、エスプレッソのような圧倒的に濃密な味まで一直線だ、しかし振り替えれば一本の道は複雑に折れ曲がり、さまざまな様相を呈していた、寄り道もしてきた、その歩みはときに駆け足になり、立ち止まったこともあった、迷いもした、これは老境に差し掛かったひとりの男が、ふとその人生をかえりみて、遠くに目をやるときのような、そんなコーヒーだと思う、ブラウニーに添えてあるクリームがとてつもなく美味い、やさしくなめらかで、ほのかなミルクの甘味がふわっと香り、そのまま目にもとまらぬ速さで音もなく広がり、立ち尽くすぼくらを置き去りにしたまま、いつのまにかフェードアウトしているような、それは浜辺に打ち寄せる波を思わせた、

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