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スマート珈琲店

夕方に訪れ、蒸し暑さのなか列に並ぶ、スマートだろうか、列が進み、中に入る、涼しい、実にスマートだ、内装の木の匂い、時が人の顔に刻む皺に似た、温かさを感じさせる、奥から珈琲の香りがしてきた、フレンチトーストとコーヒーのセットを頼む、ブレンドコーヒー、苦味より強い焼きの香りの芳ばしさ、後味はスっと引いていく、長居しない客のように、スマートに、これが、日本が、まだまだ西洋から文化や概念じたいを輸入していた時代の、そのときのコーヒーの味の名残だろうか、なんとなく、かつて飲んだイノダコーヒとのつながりも感じる、当店の珈琲はドイツプロパッド機で自家焙煎したブレンド珈琲です、と伝票の裏に書いてあった、プロパッドは1868年に創立したドイツのメーカー、プロパッド社のロースター(焙煎機)は世界最古、あるいは最高と、いわれている、一方その頃、フレンチトーストは、フレンチトーストに対して人間が望み得るすべてのものを兼ね備えていた、表面のパンはトーストとしての芳ばしさを、中はふんわり雲のような食感と、やさしく染み込んだバターやミルクの香り、そのやさしさは、そこにさらにメープルシロップを染み込ませていく余地が残されていることをぼくらに忘れさせなかった、まるで、まだ到着していない参加者の存在に全員が心のどこかで気配りをしている楽しい宴のように、果たして、彼はやってきた、ごめん遅れた、その顔には笑みが浮かんでいる、たっぷりのシロップに、切ったフレンチトーストをひたして口に運ぶ、ああ、至福だ、そしてコーヒーをひとくち飲む、ああ、うまい、そのまま、無限のループに突入するかに思われたが、忽然と消えた、ええええ、スマートに、衝撃を隠せない、フレンチトーストとコーヒー、ほとんど、それは同時だった、すばらしい飲食体験とは得てしてこのように、終わりを惜しむ間もなく気付いたら終了しているものだ、だから悲しくはない、むしろ嬉しいのだ、しかし、僕はしばらく席で呆然として、席を立つことができない、スマートに、まるで、長居する客のように、

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