ケロイド
子うさぎがその小さな爪の中で歯車を飼うように、僕はケロイドの中で黄金虫を飼っている。
日中、晴れた日には前腕の皮膚の下で綺麗な羽を目一杯広げ、どうにかしてでも飛び立ってやろうと絶えず羽音を響かせる。
雨の日には二の腕あたりの大きなケロイドの下からずりずりと這い上がり、背骨をくぐって神経の束と戯れている。
曇りの日には肋骨まで下り、僕の肋をハープに変えてもう海へ帰りたいと涙ながらに歌い出す。
夕闇がそろそろと近づいて来る頃には、僕の頭蓋の空洞あたりで、彼の愛する電気クラゲと踊り出す。
宇宙色の体の彼とは、電線が空を真っ黒に埋め尽くした日に出会った。
塵溜めみたいな路地裏の、1番明るい街灯の下で、打ち捨てられた茶褐色の小瓶。その中に彼は居た。
アンチモンのラベルが貼られた小さな檻で、アロワナの鱗に埋もれながら小さく寝息を立てていたのが彼だった。
小瓶の蓋をあけると、彼は目を覚まし、その小さな目擦りながら僕を見た。
数分間何も言わずこちらを見つめた後、彼はおもむろに小瓶から這い出し、僕の腕へと移動した。
無言のまま腕の上を這い回った後に、前腕のケロイド下へ潜り込み、しばらく僕の中を散策していた。
そうして再びケロイドの下へと戻ってくると、「しばらく此処で暮らすことにしたよ」と、小さく呟いた。
それから幾度となく、電線が空を埋める日が巡ってきたが、彼は相も変わらず僕の皮下で生きている。
一度、此処に居るのはいつまでなのか、何の気なしに聞いてみたことがある。
彼は少しばかり考えて
「そうだな、君の視界が灰色になって、そいで、僕の羽が、あの砂漠に溶け始めたら、此処を出なくちゃいけないかなあ」
と少し寂しそうに言った。
此の所、視界の端が少しずつ、彼の羽色に染まり始めている。
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