温室の夜
重い扉を開け、外に出て、使い捨てのライターの、小さな小さな火で、静かに煙草に火をつける。
空調で少しばかり冷え過ぎた、明るく乾いた室内から、扉一枚、隔てた外は、温室のような湿度と眩暈のする湿度で、空気そのものが酷く重く纏わりつく。
夜の暗闇の中で、木々は葉の色を暗色に変えながら、時折申し訳程度に吹く風に、葉をこすり合わせて、ひそひそと音を立てた。
壁と扉に遮られてた室内は、安息を約束された柔らかな繭のようにも、そこでしか生きられない故に、区切られた水槽のようにも、満ち足りているのに、何も無い、牢獄のようにも思える。
夜、木々はお喋りで、此方に少しの目もくれず、密談の音を風と一緒に流し続ける。
家の中から溢れてくる、薄明かりに照らされた、自分自身の腕の、その薄い皮膚の下で、何本も浮き上がった血管が脈打っている。
重い身体は皮一枚で、言い表せない憂鬱を閉じ込めたまま、ただ、煙を吸って、吐いて、また吸った。
数分前に嚥下した錠剤の味が、かすかに喉奥に残って、煙の味すら濁っていた。
煙と共に空気を吸って、吐いてを繰り返し、先程まで冷えていた指先の血管まで、湿度と熱気が、静かに廻り込んでいる。
薄い皮膚は、温度を上げて、温室の様な外気に、上手く溶け込もうと躍起になって、その度、溶け込めない冷えた絶望感と、重苦しい湿度のような陰鬱が、分離しては、混ざり合い、私の深部に染み込んでいった。
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