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お人形さん

お高い人形というのは、ケースに飾ってあるものである。
フランス人形、市松人形、日本人形、他。
大体こう、一体一体ケースに入っていたり、棚の中に入れてあるのではないだろうか。

「あのね、もうね、よくわからない話でもよかったら、聞いて欲しいの。不思議な事があったけど、何が何だか……」

そう話す田口さんのご両親の実家。
どちらだったかは忘れてしまったが子供の頃、フランス人形が飾ってあったそうである。

「ケースに入っててね、それで、その子がもうすっごく可愛くて、一目惚れしちゃったの」

青いドレスを着た、お目目がくりくりとした、まぁかわいらしいマリーアントワネットのような見た目の人形だったそうで。

「それがね、もうね、可愛いの。フランス人形って怖いイメージがあるでしょう?違うの、とっても可愛いのよ……あんまりに可愛いから、これ頂戴!ってお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに泣きついたの」

田口さんは、祖父母にとっての初孫である。
甘やかされ三昧だった彼女はきっと頼めば貰えるんじゃないか……と思ったそうである。

「でも、2人とも初めて渋ったんです。“あの子は……あれは……うーん……”って凄く悩んでて、私はてっきり人形が可愛いからだ!って思ったんだけど、そうじゃないみたいで」

ここにお人形さんを見に来るだけじゃダメかな?と、優しく諭されたそうである。
それでも田口さんは引き下がらなかった。

「人形の前で欲しい欲しい!って、今思えばちょっとおかしな位に泣いてたの。
そうしたら、お父さんとお母さんがお祖父ちゃんにちょっと来なさい……って別の部屋に連れて行かれて、お祖母ちゃんが泣いている私を“そんなに気に入った?”って宥めてくれて、結構大事になっちゃって」

そのうち両親が戻ってきた。

「人形、くれるって」
「! ほんとう?」
「でもな、この子はケースから出して遊ぶものじゃないから。ちゃんと飾っておくんだぞ」
「わかった!」

というわけで、無事にフランス人形が田口さんの家にやってきたそうだ。
それは田口家の玄関の棚にそっと安置された。

「すごく可愛い人形だったから、毎日眺めてにこにこしてたの。学校に行く時も、帰ってくる時もまずこの子に挨拶して……」

田口さんは共働きの両親のもとに育っている。
自分が誰よりも早く帰宅するから、フランス人形が迎えてくれる事が嬉しかった。

が、とある日。
いつものように帰宅した田口さんは不思議なことに気がついた。

「ガラスケースってドアみたいに開けるタイプだったんですけど、フランス人形の入っていたケースは前の開く部分に取っ手があって、小さな鍵穴があって鍵がかかってたんですよ」

“そうとう高価なものなんだ!”と田口さんは思った。
……が、そんなに大事にされている人形ならば一度くらい触れてみたいな、とも同時に思ってしまった、という。

「鍵って昔の、ちゃちな鍵でしょう?ヘアピンとか、お裁縫箱の針でどうにかなるかもと思って」

ガチャガチャやってみたという。

玄関先でやっているから、お母さんが帰ってくればきっと怒られるに違いない。
ちょっとやって、開かなかったら諦めよう……と思っていろんな道具を鍵穴に突っ込んでみた。

すると、カチャン、と意外とすんなり開いたのだと言う。

〈コツン〉

フランス人形が前のめりに倒れてガラスケースの正面にぶつかった。
おでこがガラスにぶつかって、コツンと音を立てた。
田口さんは慌ててケースの中のフランス人形を起こしてあげようと思って、ケースを開けた。

〈ブワッ!〉

青いドレスの布が田口さんの視界一杯に広がった。
トン!と田口さんの頭に硬質な何かがぶつかる。
まるで小さな小さなハイヒールで頭を踏まれたような感覚だ。

思わず目を閉じた田辺さんだったが、目を開けた時には青いドレスのフランス人形は忽然と姿を消していた。

何が起こったのか理解できない田口さんは、玄関で呆然と立ち尽くした。
そのうち母が帰宅すると、開いたケースとフランス人形が無くなっていることにすぐに気が付いた。

「開けちゃダメって言ったでしょう!!!」

と顔を見るなり叱責された田辺さんは、大声で泣いた。田辺さんのお母さんは、田辺さんを抱きしめて玄関に置いてあった電話の子機で祖父母に電話をはじめ、一言二言交わした後に受話器を置いた。
それから、仕事中のお父さんにも電話をかけて、これまた一言二言だけ会話をして電話を切った。

「この家はもうあの子にあげんといかんから。
わたしらは今日からお祖母ちゃん家に泊まるからね、お引越しするんよ。大丈夫だからね」

そう言ってお母さんは仕事から帰ってきたままの姿で田口さんと手を繋いで家を出た。
仕事帰りに寄ったのか、スーパーの袋も片手にぶら下げて、一緒に電車を乗り継いで祖父母の実家へと向かう。

祖父母は快く迎えてくれたが、異常なまでに田口さんとお母さんを心配しているようだった。

「暫くここにすめばええからな、大丈夫やからな……。あげんかったらよかったな、すまんなあ……」

そう言って項垂れる祖父母と、何度もすみませんと謝る母の姿を見ていると、自分はとんでもなく悪いことをしたのではないか、という気になって、父が帰るまでずっとしくしく泣いていたそうである。

「そのあとね、私もお母さんもお父さんも家に一回も戻らなかったの。引越しの業者がやってきて、無理言って荷造りなんかは全部してもらったみたい……それで、別の家に引っ越して、後の事はもう何にもわからないの。でも、家はもう、あのフランス人形のものだから住んでちゃいけないんだって、そう聞かされたのよ」

その後、田口さん一家は引っ越した。
フランス人形の事を聞いても全てはぐらかされてしまう。

結局、あの人形が何だったのか、どういう経緯を持つのか、あの家はどうなったのか……それらを知る機会はないまま、現在に至るという。

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