赤と白色(小説)3


少しずつ血に相反するように、私はどんどん興奮していった。非日常感がそうさせるのかと思ったけれど、それ以上の本能を感じていた。

少しずつ五感が戻ってきて、鉄のような香りに少しだけ甘い香り、翔の香。


 足りない、と焦がれるように思い、私は思い切り歯を突き立てた。翔は呻き声をあげたけれど振り払わず、なぜ?と思い、歯を突き立てたまま、息を荒くして翔の顔を見た。

笑ってこそいなかったけれど、先ほどと違って興奮しているような頬の色をしていた。それを見ながら、ぎちり、と、肉を噛みちぎり、粘っこいそれを飲み込んだ。

 私はまるで果実を齧るかのように、吸いながら何度も噛んだ。甘い、甘い、と脳が喜んでいる。赦される甘さと味覚の甘さが競合して私に傾れ込んでくる。

 ひとしきり噛んだあとは、暫く、荒くなった二人の呼吸音だけが聞こえていた。傷口に頬をなすりつけてみると、翔は赦すように私を撫でてくれた。

「食べちゃったんだね」
「…うん、ごめんね、止血するね」
 私は口の周りを血まみれにしたまま、翔の手当を急いだ。

 さっきまでの私たちを表すなら衝動や本能で、手当は理性や文明を感じさせる。
 鼻を掠めるのは血液から消毒液の香に移り、それはまるで映画のエンドロールのように、ぱつんと切り離されたように感じさせる。

 興奮は覚めてきて、寂しさが込み上げている私に、翔はいつになく冷たい声で話し始めた。
「ねえ百合子、食べて良いなんて言った?」
 私の体があからさまにピク、とした。
「あ…言ってない。ごめんなさい。」

 翔はいつも通り何を考えているのかわからない目を私に向け続けて、

「謝ったって、僕の傷、治らないよね」

 私は先ほどまでの体温を一気に失って、ひやりとしたその言葉と、人を傷つけるということ、の業の深さを感じていた。

「僕のこと傷つけたいの?僕のこと嫌い?」
 気づけば私の目からぼろりと涙が溢れて止まらなくなった。やっぱり愛していたら傷つけたくはならないの?

 そうしてぼろぼろと涙を流しはじめた私を見るや否や、翔は目つきを変えて、長い長い舌で私の涙を舐めとった。頬を吸い、そのまま目元まで上がり、涙腺に舌を挿れ、暫く吸われていた。

 そのまま翔の口は私の唇に触れてきて、口の中で涙と、私の口の中の血と、そして唾液をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせ、飲んだ。

翔は、人間の顔色をして大きな笑顔をたたえていた。 


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