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54歳・ロック歌手と歌謡曲の相関関係 〜宮本浩次『ROMANCE』より〜

2020年もあと40日を切った11月下旬。

この時期になると、個人的にこの1年のことを振り返る機会が少しずつ多くなっていきます。あんなことしたとか、どこそこへ行ったとか。今年は春先の世界的なゴタゴタ感もあってか、あまり多くの思い出に巡り合えたわけではなかったのですが、「今年も色んな出来事があったなぁ」と感じる日々が続いています。身体だけは元気で良かったとか。それはきっと大きいでしょう。

そんな"この1年を振り返ろう"的な話の中で、私は今年ハマったアーティストは誰なのか、よく聴いた音楽って何だろうと考えることがあります。
個人的な傾向で申し訳ないのだが、年に1,2組は好きになったアーティストが居て、彼らの音楽やアルバムを漁ったり、タイミングが合えばライブを観に行ったりと、言ってしまえば「初めましてor曲少し聴いたことあります」から「ズブズブ・面白い、好き!」に至るようなことがよくありまして。だから、私にとって年末になると「この音楽よく聴いたなぁ」と考える機会が出てきます。

で、それを最近考えていました。

今年もなんだかんだ言って色んなアルバム・ライブに出会えたが、この男の曲を、声を、CDやら配信ライブやらテレビやらでよく観たよなぁ...と感じる。 もし、個人的な音楽年表を語るとするのなら、今年は彼の年だったよなぁと言える"ソロシンガー"が、今回まとめるアルバムの歌い主だ。

その男の名は、宮本浩次。

宮本浩次、ソロ躍進の1年

宮本浩次、ロックバンド・エレファントカシマシのフロントマンであり、日本のロックシーンを牽引してきたボーカリストの1人だ。エレファントカシマシといえば、『悲しみの果て』や『今宵の月のように』、『俺たちの明日』などの名曲を送り出し、力強い歌詞と歌唱パフォーマンスで、多くの人を元気づけ、記憶の残るロックを生み出してきた日本屈指のバンドだ。結成30周年を迎えた2017年には、悲願だったNHK紅白歌合戦の出場も叶った。

そんな彼は、2018年からソロ活動を始めた。それは、長いこと抱いていた宮本自身にあった目標のようなものだったという。

「バンドマンの宮本ではない、そういう歌手としての自分はじゃあどこに行くんだ?って考えた時に、ソロでシンガーとしてやりたいっていう思いは常にあった。24歳で『生活』(90年)というアルバムを出した時にも、『東京の空』(94年)を作ってる時にも、ソロになるべきなんじゃないかって真剣に悩んだし、昨日今日いきなり言い出したことじゃないんです。メンバーには30周年の1年前から、30周年ツアーを絶対に成功させて、自分はソロをやるって前もって言ってあったし」
東京ウォーカー(全国版)『宮本浩次が50代でソロ活動を始めた理由「“赤裸の心”で到達できる未来」(後編)』より抜粋

この言葉と同時に、こんなことを述べている。

「もちろんバンドは必死になってやってきたし、リーダーシップというか、牽引(けんいん)する役割もやってきたとは思うけれど、一方で、限りのある日々、というか。私もいつか死にますから。そのなかで『バンドでは表現しきれない歌をいま歌いたい』って、自分でも初めて、ようやく決断できたのかもしれない」
朝日新聞デジタル『「バンド、空中分解するかと」宮本浩次さん一問一答』より抜粋

つまり、ソロ活動は、彼にとっての悲願であり、新たな夢への、挑戦の場所でもあった。そんな思いが、このインタビューには込められていた。

そんな彼は、2018年秋。
ソロの歌手として鮮烈な一歩を踏み出した。

椎名林檎とのデュエット曲『獣ゆく細道』
東京スカパラダイスオーケストラとのコラボ曲『明日以外すべて燃やせ』
この2曲で、彼のボーカリストとしての衝撃を日本中にとどろかせることとなった。

翌2019年、彼はソロ活動を本格始動させる。
ソロデビュー曲『冬の花』をプロデューサー・小林武史と制作し、話題となった。秋には、映画主題歌として『Do you remember?』を書き下ろし。Hi-STANDARDのギタリスト・横山健とタッグを組み作られたこの曲は、この年に出演した全国の大型音楽フェスで話題を呼んだ。

そして、2020年。
満を持してソロ初のオリジナルアルバム『宮本、独歩。』をリリースした。エレファントカシマシから続く力強い歌詞や歌声だけでなく、『ハレルヤ』のようなポップス、『夜明けのうた』のようなバラード、『解き放て、我らが新時代』のヒップホップなど、多彩な音楽ジャンルに挑んだ"ソロシンガー"としての、意欲がぎっしり詰まった1枚となった。

そして、そんな意欲作を引っ提げた全国ツアーを始めようとした矢先、ウイルス感染拡大によるイベント開催制限・緊急事態宣言、ツアーは全公演中止となってしまった。

自粛期間で気付いた"歌"の良さ

ライブができなくなった2020年4月。宮本は楽曲を制作するスタジオに籠っていた。この時期の彼は、「1日1曲、好きな曲をカバーする」ということを自らに課し、様々な歌を歌い、練習していたという。その理由を、彼はラジオでこのように語った。

「もともと年齢が1桁~10代前半くらいまでの、ルーツとなった曲を歌って出したいという思いはあったんです。それで、緊急事態宣言があったんですよ。忘れもしない4月18日からのツアーも全部中止になっちゃったんです。
だから“何かやることねぇかな”って始めたのがこれで。1日3曲の日もあれば、2曲歌った日もあるんですけど、最低1曲だけは、って。ある種、幸いにも家に籠って好きな歌をたくさん聴けたので、150曲くらい聴きましたけど、それで歌ってみました。好きなだけじゃなくて、歌ってみて気持ちのいいものを探してカバーしました。」
TOKYO FM「坂本美雨のディアフレンズ」2020.11.18放送回より

この時期、彼はカバーアルバムを制作する準備に入っていた。2019年末に携帯電話会社のCMソングに起用された松任谷由実『恋人はサンタクロース』など、昨年末の時点で歌うことが決まっていた曲は数曲あったという。

「もともとソロアルバムの次に、カバーアルバムを発売するという計画が動いてはいたのです。『あなた』と『恋人がサンタクロース』は、すでに昨年11月にレコーディングを終えていましたし。でも、それ以外に何を歌うかは決まっていなかったので、選曲しなくちゃいけなくて」
NEWSポストセブン『宮本浩次、カバーアルバム発売に自信 魂を込めて歌い上げた』より抜粋

事実、自粛期間だからと言って、ライブ中止の悲しみに飲み込まれたということではなく、やらなければならないことを勤しんでいたというのが、春先の宮本浩次の活動だったという。

この選曲活動の最中、彼自身の中に大きな気づきがあったと言う。


「演歌もいいですよねぇ。『北の宿から』とか『夢追い酒』とか(と、ワンフレーズを歌い出す)。私が涙もろいせいなのか知らないけど、号泣しちゃったりして。だって歌謡曲って人生の縮図ですよ! “人生って儚いよね、どう考えても”とか、しみじみ思ってしまって……つまり心の琴線に触れまくりで、泣きながら浄化されるのを感じるという。結果として実にいい時間を過ごすことができました」
NEWSポストセブン『宮本浩次、カバーアルバム発売に自信 魂を込めて歌い上げた』より抜粋

この時期にカバーをしていた曲は、主に彼が生まれた1966年からエレファントカシマシがデビューした1987年までの間の曲だった。この22年間、宮本浩次が青春時代を過ごした頃に聴いていた曲たちを通じて、その曲の世界観の良さ、深みに気付いたそうだ。

この期間を通じて、宮本浩次・カバーアルバム計画は大きく前進することとなる。そして、その1枚が2020年11月18日にリリースされることとなる。

『ROMANCE』の話

長い自粛期間、レコーディングを通じて生まれたのが、今回レコメンドするカバーアルバム『ROMANCE』だ。

収録された曲は、1970年代に発表された女性アーティストの歌謡曲が中心となっている。久保田早紀『異邦人』、梓みちよ『二人でお酒を』、中島みゆき『化粧』といった70年代の名曲から、90年代の名曲・宇多田ヒカル『First Love』まで全12曲が収録されている。

このアルバムを通じて、彼は”歌手”としての自らをより実感したと語る。というのも、これらの曲たちは、宮本自身がルーツと語る曲が数多くある。例えば、中盤に収録されている松田聖子『赤いスイートピー』に対して、このようなことを述べている。

「松田聖子さんは本当にかわいくて素敵だなという、子どもの時に素直に感じたこと、幼少時からのルーツ音楽があって。それを『いつかやりたい!』というのが夢だったんです。ソロでやるというのは、『宮本浩次を表現したい』という意味と同じなんですね」
anan Web『宮本浩次「歌声がよく響く歌を選んだ」昭和の名曲カバー到着』より抜粋
「思い出の曲なんですよ。『赤いスイートピー』は、デートをしている大人の曲で、初デートという印象がすごくあって。昔、何をしていいからわからないから、ひたすら歩くだけというデートをしたことがあった。そういう思い出は、聖子さんの歌声でシーンが浮かぶんです。青春のきらめきを感じる曲で、すごく好きですね」
anan Web『宮本浩次「歌声がよく響く歌を選んだ」昭和の名曲カバー到着』より抜粋

このように当時の思い出のある曲や今回聴いていて新たな発見があった曲が、このカバーアルバムには収録されている。

宮本浩次と歌謡曲の相関関係とは?

このアルバムのリリースに関するプロモーションで、ここ最近はテレビ番組で彼の姿を見る機会が多くなった。2020年9月21日に放送されたTBS系の音楽番組「CDTVライブ!ライブ!」では、自身の新曲『P.S. I love you』とともに、太田裕美『木綿のハンカチーフ』のカバーを披露し話題となった。同年9月19日放送のNHK総合「SONGS」では、番組責任者の大泉洋との対談で、自ら弾き語りをしながら小坂明子『あなた』や沢田研二『時の過ぎゆくままに』を披露し、自らの歌謡曲に対する思いを語った。また、先日放送された日本テレビ系「ベストアーティスト2020」(同年11月25日放送)では、久保田早紀『異邦人』をパフォーマンスし、動き回り寝ころびながら歌うなどする”宮本ワールド”全開の歌唱は、多くの視聴者を驚愕させた(ちなみに、それが彼の通常運転であることは小声で挟むとして)。

これらのパフォーマンスを画面越しに見ていると、インタビューのように彼の音楽的なルーツを感じると同時に「ミヤジの声って、歌謡曲とよく合うな」という印象を覚える。面白いのは、WALKMANでエレファントカシマシの曲を聴いた流れで、このカバーアルバム『ROMANCE』を聴いても、すんなりと受け入れられるし、「宮本浩次の歌だ!」と思える存在感があるということだ。

この関係性っていったい何だろうか?単にロック歌手・宮本浩次のルーツが歌謡曲であるから、ロックなエレカシの曲でもそれが自然と聞こえると言えば正しいのかもしれないし、ロックな声質の宮本浩次だから説得力のあるカバーになったというのも、きっと正しい。

この相関関係とは一体何なのか?少し考察をしていきたい。

1. なぜ女性アーティストの曲をカバーした?

このカバーアルバムを聴いた時に、まず驚くのはその声色だ。ミヤジのイメージというと「ドーンと行こうぜ!」というような力強い声、ハスキーで太さのあり、高いファルセットを駆使するその声質を思い浮かべる人が多いかと思う。そこに、彼らしさを重ね、「エレカシってこんなイメージ」とか「宮本浩次の歌って力強い」みたいな手触りを覚える人も多いかと思う。

しかし、このアルバムに収録されている曲の彼の声色は、その力強さを違って、中性的な感覚を感じる人も少なくないはずだ。繊細でウィットに富んで、高音のファルセットもエレカシのような鋭さを持ったものではなく、柔らかく伸びやかな声となっている。例えば、1曲目の小坂明子『あなた』では、全体的に中音域の声で展開し、最後のフレーズでのびやかに歌い上げる展開となっているのだが、もしエレカシでこの曲をカバーしたとするのなら、もっとロック寄りのボーカルのアプローチをしていたように思える。

どうして、声色を変化させ、カバーに挑んだのか?それは、彼自身がこのアルバムで女性アーティストの曲に挑戦した理由が関係してくる。

「ちゃんと歌ってみたら、リスナーとして聴いているときに感じた以上に、ほんっとにすてきな歌だったんだよ。歌えたときの解放感が、尋常じゃなかった。(中略) 自然と歌詞も全部知っていて、でも実際に歌ってみたら、本当に心揺さぶられた。それらがあって、自分も、ファンの人を中心とした世間も、宮本の女の人の歌、なかなかイイじゃないかっていうふうになったと思う。何の曲でもああなるわけではないんだけど、歌ってみて分かったのは、俺自身が大好きな世界だったってこと。2曲とも、自分の成長過程にものすごくインパクトを与えた歌だと確認できました」
ザ・テレビジョン『宮本浩次、初のカバーアルバム発売「女性の曲を歌うことで、自分が解放される感覚がありました」<インタビュー>』より抜粋

自分のルーツとしての歌や成長のための証明、その為のカバーという面が、この1枚にはあったのだ。また、このカバーアルバムを通じて、宮本本人は女性像というものを語っている。

「どの曲もすごく共感して、全て泣けてるんですが、“論理が破綻している”のが好きなんです。理屈じゃない感じっていうのが、すごくすてきだなって思う。例えば『二人でお酒を』で、別れるのに、またいつか2人でお酒を飲みましょうねって、強がってるところ。たぶんこの人、めちゃくちゃ孤独だよね。でも口では、一人きりは慣れてるから大丈夫、お酒飲みましょうって言う。(中略) 俺の母親もさあ、怒るともう、絶対矛盾というか、理屈じゃないんだよね。ケンカすると最後は必殺技で、『あんたなんか、私から生まれてきたんだから!』って言うの。ケンカしててそれはないだろう!みたいな(笑)。女の人の論理が破綻してるところは、生きているという感じがするし、その強がりがキュートに、女性らしく思える。でも自分自身が共感していますから、男性にもあるのかもしれない。一人の人間はいろんな顔を持っている。何か美しいこと、何かイイことを言わなきゃいけないみたいなことではない、普段は見えない人間のエゴ。そういうものに感動しちゃう。心が浄化されます」
ザ・テレビジョン『宮本浩次、初のカバーアルバム発売「女性の曲を歌うことで、自分が解放される感覚がありました」<インタビュー>』より抜粋

自らの中の価値観の表現、そしてルーツを辿る作業。それを通じて見えたことが、この歌い方であり、表現だったのだ。

2. "ロック”の宮本浩次・"歌い手"の宮本浩次

ここで辿り着くものに、"エレファントカシマシの宮本浩次"としてでなく、純粋な”歌手・宮本浩次”という存在が湧いてくる。この言葉、同じ人であっても、意味合いが大きく変化する。"ロック"としての音楽の向き合い方と、"歌を歌う人間"としての音楽の向き合い方は違ってくる。この変化に、自身の音楽を重ね合わせていたのかと思う。

その原点に、宮本自身の幼少期がある。宮本がソロで歌を歌うことは、2018年からのソロ活動が初めてではない。幼少期にNHK東京児童合唱団(当時、東京放送児童合唱団)に所属していた彼は、『はじめての僕デス』でレコードデビューを果たしており、10万枚のヒットを記録していた。当時の宮本少年は、歌うことが大好きな子どもだったそうだ。

これを通じて、のちに彼はエレファントカシマシを結成していくのだが、彼の”歌手”としての根幹は、この合唱団時代のことが大きく関係してくる。

ここで「ルーツを掘りながらカバーアルバムを作った」と語った宮本だが、個人的にみていると、ここでやっていることは、この当時に合唱団でやっていたこと・歌っていたことと根本は変わらないように思える。それは、自らが"歌い手"に徹しているという点にある。

宮本自身、エレカシやソロで作詞作曲を行い、自ら歌うことをしている中で、今回はアレンジをプロデューサーの小林武史や蔦谷好位置に委ねて、自らは歌うことに徹してアルバム作りに臨んでいる。このことって、状況的には自らは合唱の1人として、渡された楽譜の歌を歌うという感覚と同じことと言えるはずだ。

そんな"歌い手"としての捉え方、ルーツを掘った中でみた女性アーティストの歌たちの世界観に共感し、歌っている彼は、まるで合唱団時代の「歌好きな少年」と同じような姿だった。

歌謡曲を歌うことでそれが見えたのか、ロックに進んだことで地震のアイデンティティを見出したのか。その言葉で彼を見るということでは、きっと"宮本浩次"という存在を語ることはできない。

そういうことではなく、単純に「歌好き」だったから、歌謡曲にもロックにも振り切ることができて、そこの表現に自らを出すことができたということが、きっと間違いないことなのだ。

つまり、この関係性というのは、「合唱→歌謡曲→ロック→宮本浩次」という道のりということではなくて、「宮本浩次=歌好き」という方程式だからこそ、見えた稀有さだったのだと言えるわけだ。

最後に...

#Shiba的音楽レコメンド Vol.29 でした!
今回は珍しくカバーアルバムに関して、聴いていて感じた疑問や気になったこと、面白かったことを中心にまとめてみました。

アーティストのルーツを探っていくと、いくつかの見方ができるときがある。例えば、「○○を聴いていたから、このジャンルを歌ってるんだ」とか「過去に△△を演奏していたから、こんな音を鳴らせるんだ」とか、"ルーツ=現在の自らの証明"みたいなかたちで用いられることが多いかと思う。

今回は、宮本浩次のカバーアルバム『ROMANCE』から、彼の音楽を見ていると、彼って音楽シーンの中での変化は多くあったと言えるのだが、根本的なものやモノの捉え方って変わっていない部分がきっと多い人なのかなと感じる瞬間が多くあった。つまり、ルーツと今がほとんど変わらずに現在生きている。そんなことを感じることが多くありました。

そんな彼だから、きっとここまで多くの人を引き付けるものを持っている。そんな稀有なボーカリストであるんだと、書いている中で実感していきました。毎度、長い話になってしまいましたが、今回はとても深く意義のあるものを書けたように思えます。(単なる音楽好きの見方なので、ファンの方の意見には敵わないことが多くあるかと思いますが...)

毎度、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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