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ダブル・ニッケル #パルプアドベントカレンダー2019

真夜中の子供部屋。ぼくの目の前には、二人のサンタクロースがいた。

一人はおなじみ、赤い服に太鼓腹、白いひげの、陽気なおじいさん。
もうひとりは、黒い服のサンタだ。その顔つきは厳しく、恐ろしい。両目はぎらぎら輝き、口は耳まで裂けて牙が並ぶ。

「HO! 君はいい子?」「それとも悪い子?」「いい子ならプレゼントをあげよう」「悪い子なら袋に詰めて、さらっていくぞ」「さあ」「さあ」

大きな袋を背負った、二人のサンタが交互に問いかける。

――ぼくは、いい子なんかじゃない。でも、そう答えたら……黒いサンタにさらわれる。あの袋に詰められて、地獄へ連れて行かれるんだ。

「……ぼくは、」

ざわざわざわ。黒いサンタの背後の闇がざわめく。頭にトナカイの角を生やし、歪んだ仮面をつけた、毛むくじゃらの黒いおばけがぞろぞろと現れる。
鬼だ。悪魔だ。手に手に斧や鉈、杖や槍を持つ。震えるぼくを囲い込む。

「君は悪い子だ」「悪いってことを隠そうとしたな」「ますます悪いな」「罪に罪を重ねた」「ろくな大人にならない」「悪い芽は」「今のうちに」

赤い服のサンタはにこにこしている。ぼくを助けてくれない。助けを呼べば助けてくれるかも。でも、助けてくれないかも。悪い子だから。歯がかたかたと鳴り、涙がにじむ。……助けを呼べば、助けてくれる可能性は、ある。

「た、すけ、て」

小声で言うと、赤い服のサンタは背中の袋の口を開けた。そして、

「求めよ、さらば与えられん! マムシの子らよ、消え去りなさい!」
BRATATATATATATA! TATATATATA!
「「「ぎゃあああーーッ!」」」

力強い女の人の声と、雷のような音が響いた。鬼たちは全身が穴だらけになり、黒い血を流して倒れる。じゅうじゅうと音を立てて、消えていく。

「……え?」

赤いサンタの袋から、甲冑じみた潜水服が飛び出した。それが両手の指先を鬼たちに向け、銃弾を撃ちまくった。傍らの空中にはウサギのぬいぐるみ。

赤いサンタはすうっと消えていく。黒いサンタは銃弾を避けつつ跳び離れ、獣じみて四つん這いになる。その体が膨張して何倍にも大きくなる。ねじれた角と翼が生え、黒い体毛に覆われる。まるで悪魔だ。そいつは口からヨダレを垂らし、呪詛の言葉を吐き捨てる。

《GRRRR……忌々しい祓魔師めが! 呪われよ!》
「呪われるのはあなたよ、サタン。わたしの名は……」

彼女は右の人差し指をサタンに……否、ぼくに向ける! 尖端に、銃口!

「江湖衛己(エゴ・エイミー)!」

BLAMN! 銃弾がぼくの心臓を貫く! 熱い! 痛い! 死……!

「プレゼントだよ。君の心に木吐弾(ことだま)を蒔いた」

エイミーがそう言うと、心臓の弾痕から赤銅色の植物が生えた。それはどくん、どくん、と脈打ち、光と熱を放って、暗闇をぼんやりと照らす。鼓動の音が全身に、こだまする。

「サタンは実体のない悪霊で、君自身。人の疑念や悪意、嫉妬や絶望を糧に育つの。後は、君の気持ち次第。言葉を聴き入れ、実を結びなさい!

心に勇気が湧いてくる。胸の植物が赤く輝く。エイミーが手を振ると、しゅるしゅると血液じみた熱いツタが伸び、葉を広げ、サタンに纏い付く!

「「AAARGHHHHH!」」

言霊の木は、サタンを侵食して根を張り、拘束する。枝葉がぼくとサタンの体を突き破り、花が咲いて実を結ぶ! 樹木が伸び、梢に金色の星が……!

イザヤ書11:1-2
エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、
その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、
主を知る知識と主を恐れる霊である。

「…………」

暗闇の中で、目が覚めた。

胸が痛み、ぼんやり熱い。昨夜の酒が残っているのか。いや、気分はすっきりしている。何年も取り憑かれていた憂鬱な気持ちが、絶望感が、少しは晴れている。なにか奇妙な夢を見たような気がするが、何も思い出せない。

首を曲げる。安アパートの窓の外は、ネオンがきらめき、騒がしい。今夜はクリスマス・イブ。俺には関係のない、リア充たちのお祭りだ。けど。

「……たまには、外に出てみるか」

たるんだ体をベッドから引き起こす。俺は顔を洗って髪を整え、髭を剃り、多少こざっぱりした服を着ると、鼻歌を鳴らして数日ぶりに外出した。財布には、ニッケルがふたつきり。新しいバイト先も探さなきゃな。

「……さて、いい気分は何日持つかしらね」

雪がちらつく夜の街。男をビルの上から見下ろすのは、潜水服に身を包み、ウサギのぬいぐるみを抱いた少女だ。彼女にウサギの声が聞こえる。

『さあね。少なくとも、クリスマスに事件を起こしたりはしないだろうさ』


マルコ伝4:14-20
種まきは御言をまくのである。
道ばたに御言がまかれたとは、こういう人たちのことである。
すなわち、御言を聞くと、すぐにサタンがきて、彼らの中にまかれた御言を、奪って行くのである。
同じように、石地にまかれたものとは、こういう人たちのことである。
御言を聞くと、すぐに喜んで受けるが、自分の中に根がないので、しばらく続くだけである。
そののち、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。
また、いばらの中にまかれたものとは、こういう人たちのことである。
御言を聞くが、世の心づかいと、富の惑わしと、その他いろいろな欲とがはいってきて、
御言をふさぐので、実を結ばなくなる。
また、良い地にまかれたものとは、こういう人たちのことである。
御言を聞いて受けいれ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶのである。

「P.S.エイミー」シリーズ【ダブル・ニッケル】終わり

ライナーノーツな

なんか皆さんが撃ちまくっているので、つられて賑やかしに二発目を撃ちました。一発目は下のです。ともに文量は少ないですが、つのは脳が錆びついて長文が書けなくなっています。一応800字以上なのでレギュレーションには反しません。なんかふわっとした雰囲気を出せれば幸いです。

急に出てきた潜水服は、つのが逆プラで撃った彼女です。これの続きというわけでもなさそうですが。目覚めたおっさんは強く生きて下さい。

バイブルの引用は別に宣教が目的ではありません。埋め草であり教養です。パルプ銃弾はコトダマであり言葉の種であって、サタンやタルサ・ドゥームのまどわしに耐えて書き続ければ、百倍もの実を結ぶでしょう。パルプとバイブル/パピルスには語源上の繋がりはありませんが、まあ似たようなものです。タイトルについては下記を参照下さい。色々なネタになりそうです。

【以上です】

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