【FGO EpLW 殷周革命】第十二節 世尊顕現金色相
平天大聖・蚩尤……平将門公は、滅びた。ランサー・木内惣五郎と、服部半蔵正成と共に。ガルダに乗ったマスター一行は、蚩尤の心臓から四鼎を獲得。アーチャー・メーガナーダが投げて寄越した鼎を加えて、これで五鼎。
だが……九鼎を揃えて特異点を解決するには、残り四鼎を兼ね備える、そのアーチャーを倒さねばならない。無理では?
「…………ランサーの野郎、日本人らしいぜ。ハラキリとはよ」
マスターが呟く。涙は出ないが、正式に契約を結んだ英霊の消滅。喪失感はある。だが感傷に浸っている暇はない。最後の戦いだ。
「「「よくやった。褒めてやろう、お前らの働きをな。では、おれが協力するのはここまでだ。その五つの鼎を寄越せ」」」
巨大なアーチャーが、無慈悲に宣告する。問答無用で攻撃しないだけ慈悲か。こちらには五つの鼎があるとは言え、あの大魔王に勝てるような英霊は……。
「で、どうする。降伏しちまうか。あいつ結構ナイスガイだと思うんだよな、俺は。助けてくれたし」
「さてさて、彼の願いが我々の利益になるかどうか。羅刹の世界を作るなどと言ってましたが、それも本心か……」
「聞いてみるのが一番でしょう!」
シールダーが気丈に答え、アーチャーに呼びかける。
「アーチャーさん!ご協力有難うございました! 九鼎を貴方が揃えても、人理を破壊しないと約束して下されば……!」
アーチャーは、他人事のように答える。
「「「おれは羅刹(ラークシャサ)、母は阿修羅(アスラ)の女だ。おれが人類(マーナヴァ)の理を護って、何の利益(アルタ)がある。神(デーヴァ)がおらぬ、羅刹と阿修羅が支配する世界を望んだとて、何が悪い。そもそも、この世界が人類だけのものと思い上がっておらぬか?」」」
「……!」
シールダーが息を呑む。そうだ。彼は根本的に人類ではないのだ。チャーナキヤが反論する。
「さにあらず! 申したはずですぞ、羅刹とて神々とて、人の想念が生み出したに過ぎぬもの。人理が滅べば、共に滅ぶしかない存在。聖杯、九鼎を以てしても、それは変えられぬ―――――」
アーチャーは、からからと笑う。
「「「やってみねば分からぬではないか。そうだとして、人の想念が生み出したものが人の理を超えて、何の不都合があろう。神々がどれだけ人の世を惑わせて来たか、お前らも知っているはずだ。だいたい最初に天則(リタ)を作ったのは、阿修羅だぞ」」」
壮大過ぎる話に、マスターの頭がこんがらがってきた。
「あー、ダ・ヴィンチちゃんよ。あの大魔王様が、九つの鼎を全部ゲットして戦ったら、どうなっちまうんだ結局」
『叙事詩「ラーマーヤナ」では、彼は67コーティの半神ヴァナラ族の軍勢を殺害したと言われている。コーティは10の7乗、1000万だ。数億の半神を殺し、神々を打ち負かす大魔王が全力全開になった場合……、たぶん最終的にゲッ■ーエンペラーとかそういうのに近くなると思う。ラ=■ースまでは行かないかな……』
「なんだそりゃ」
『要するに、地球どころか少なくとも銀河系がヤバイ』
「完全にわかった」
彼らは真顔である。
『冗談はさておき、彼に人理を護る気はないようだね。とにかくなんとかどうにかしてくれ、人類滅亡の危機だ』
「俺にどうしろってんだ、他の奴に頼め」
ふー、とチャーナキヤがため息をつく。
「あれを鎮めるには、幻力(マーヤー)……否、法力(ダルマ・バラ)を用いる他ありますまい。私が再戦と行きましょう」
一同が無言で頷く。彼には、幻術と雲の壁で相手をしばらく行動不能にさせていた実績がある。任せるしかなさそうだ。
「よろしいか。しからば……Om Narayanay Vidmahe Vasudevay Dhimahi Tanno Vishnuh Prachodayat……Hari Om Tat Sat!」
チャーナキヤが真言(マントラ)を唱え、ガルダの背から空中に踏み出す。五つの鼎が彼に集まり、光とともに融合していく。鼎が抜けたガルダの幻は、一同を載せたまま空中に留まっている。それを見てアーチャーが哄笑する。
「「「ははは……そうだ、お前の全力を見せてみよ。おれはそれを打ち破り、九鼎全てを手に入れてやる」」」
◆
同時刻。大邑商の宮殿では、バーサーカーが相変わらず、譫言をブツブツと呟きながらうろついている。
「次は誰だ、次は誰を、次は誰が、次は誰に、次は誰へ……」
周囲に人はいない。皆、殺してしまった。右手に握りしめた棍棒で。―――いや、一人残っている。彼はそちらを見て叫ぶ。
「誰だ!?」
宮殿の柱の陰からすっと現れたのは、美しい女性だ。髪の毛を布で覆い隠し、その上に冠を被っている。顔つきは彫りが深く、東洋人らしからぬ。身に纏う衣服からしても、この時代のこの場所には全くそぐわない。しかし狂える王には、まことに相応しく見えた。彼は己が、今も自分の宮殿に居るとしか思っていないからだ。王は大きく目を見張り、口を開け、涙を流して喜んだ。
「ああ、ああ! そなたは……アナスタシア! アナスタシア・ロマノヴナ! 我が最愛の妻よ!」
彼女は……アナスタシアはにこやかに微笑み、夫に近づいた。夫は棍棒を投げ捨て、大喜びで、両腕を広げて抱きしめる。感動の再会だ。だが。
「え?」
バーサーカーの胸を、匕首が貫いた。それは霊核だけを突き刺し、毒し、かつ肉体には寸毫も傷を与えぬ不思議の刃。
「私は、アナスタシア・ロマノヴナではございませぬ。その御方の姿を借りているまで。私は、キャスター・チャーナキヤ様の宝具『魅了する毒の乙女(モーヒニー・ヴィーシュ・カンニヤー)』。お命と鼎、頂戴致しますわ。『イヴァン雷帝』陛下」
バーサーカー、『イヴァン・ヴァシリエヴィチ』。モスコビアのツァーリ(帝王)。苛烈な暴君であったことから異名は『グローズヌィ(災厄)』、東洋では意訳して『雷帝』。
真名判明
殷のバーサーカー 真名 イヴァン・ヴァシリエヴィチ
雷帝の胸元で、彼女が柔らかく囁く。暗殺者。彼が最も恐れていた刃。絶望と恐怖と、ある種の安堵が胸を満たす。これで終わりだ。
「……悪魔、め……天使の姿で、余を欺きおったか……否、まことに、天使が、救いに来たか……」
雷帝は、暗殺者の体を強く抱きしめる。彼の怪力ならば、か弱い女の肉体など、粉微塵に砕くことができよう。けれど、そうはせぬ。できぬ。させぬ。
「お休みなさい、安らかに。迷える魂よ」
耳元で囁かれ、イヴァン雷帝は微笑を浮かべ、子供のように安らかに眠り、消滅した。残ったのは気を失った、年老いた商の王。
「然様なら、昏君。……肉体の方はもう少し、生かしておいてあげる。歴史を変えるとマズイものね」
そう呟くと、仕事を終えた彼女はすっと姿を消した。
◆◇
「「「む……!?」」」
アーチャーが異常を覚える。この身に備わる四つの鼎が振動している。
「「「何をした、チャーナキヤ」」」
キャスターが淡々と答える。
「貴方は失敗に学んでおられぬ。神々への祭儀を奇襲で妨害され、魔力を失ったことをお忘れか。商に残っておった英霊を先程殺して、魔力の繋がりから手繰り寄せておるのですよ。そして、孟津の三つの鼎は、もともとこちらのもの。投げたものはここにあり。さあ、残る二つも返しなさい」
アーチャーの巨大な体が内側から爆ぜ、鼎が三つ飛び出し、キャスターに引き寄せられた。これで一対八!
「「「ぐわっ!」」」
「さあさあ、ご覧あれ。貴方ごときを倒すなど、これで掌を返すがごとく容易いこと。Om mani padme hum!」
真言と共に、キャスターが巨大化していく。アーチャーは逆に縮む。キャスターがぐんぐんと大きくなる。ガルダの上の一行は固唾を呑んで見上げる。
【見よ、見よ、我が姿を! 幾百幾千と神聖にして多様なる、種々の色や形を持つ姿を! 万象に満ちたる全世界を! 我が神的なヨーガを!】
キャスターの声が朗々と響く。全身から放たれる光明がさらに強まる。幾千もの太陽がこの地上に出現したかのようだ。頭は天空の極みに接し、足は大地の底に達し、無数の顔と腕と脚と口と牙と眼とを持ち、装飾と花環と衣服と武具とを身につけ―――――
【見よ、我を。王冠をつけ、棍棒と円輪とを持つ、無限にして無始無終なる我を。万物を照らす月と太陽を両眼とし、万物を喰らう火を口とする我を】
一行は威光に打たれ、呆然と見つめる。神だ。神が出現したのだ。神の光体(アウゴエイデス)、金光色身(ガウラ・アンガ)が。
やがてそれは光を急速に収め、闇夜よりも暗く、黒く、玄くなる。三面六臂、各面三眼。蚩尤よりもメーガナーダよりも、遥かに巨大な鬼神が現界した。
【我は死なり(kalo-‘smi)。世界の大破壊者なり(loka-ksaya-krt-pravrddho)。
世界を帰滅させんがために(lokan-samahartum)、ここに活動を開始せり(iha-pravrttah)】
「「「大暗黒天(マハーカーラ)か……!」」」
真名判明
ヴィシュヌのアヴァターラ 真名 マハーカーラ
神霊の存在格が、世界を、次元を歪ませ、揺るがす。アーチャーが片膝をつき、驚愕に目を見開く。宇宙の神秘に目を見開くという猫のように。
マハーカーラは本来、大自在天(マヘーシュヴァラ)シヴァの化身であるが……そもそもヴィシュヌとシヴァは、至高神(パラメーシュヴァラ)の二つの側面。ゆえに、ヴィシュヌの化身として出現しても不思議ではない。
マハーカーラが傲然とアーチャーを見下ろし、百万の雷の如き声で言う。
【羅刹と阿修羅の子、メーガナーダよ。汝のヨーガの眼を以て見よ。我は幻か、実在か。答えるがよい】
アーチャーは牙を剥き出し、叫ぶ。目の前の現象に対しては、こう言うしかない。
「「「幻にして、実在である。この次元において、両者は同一だからだ」」」
【然り。しからばメーガナーダよ、我が化身ブッダの教えを受けし者よ。汝は何を望むや】
「「「おれは、おれの意のままになる世界を望む。自由自在なる世界を」」」
【では、我が連れて行こう。汝の意のままになる世界へ、我が導こう】
マハーカーラが憤怒の面を収め、慈悲の面を向ける。導かれて、たまるか。
「「「断る。それはおれが自力で叶えねば意味がないのだから。おれはもはや、神に祈らぬ。神に頼らぬ」」」
【汝のうちにも神が働いている。汝の行いの全ては、神のはからいに過ぎぬと知れ。而して、信愛(バクティ)せよ】
「「「では神よ、おれの意志というものはないのか。全ては神の意志に過ぎぬのか」」」
【然り。万象は神の心の働き。予定されたままに展開し、その意のままに動いているだけである。汝は神の意志に従って……】
よし、ここだ。アーチャーは魔力を滾らせ、叫び返す。神の意のままになど、なるものか。
「「「では、おれは、おれの心の中の神に従う。それゆえに、お前に屈服せぬ。お前は『おれの神(イシュタ・デヴァタ)』ではないからだ!」」」
マハーカーラは慈悲の面を収め、憤怒の面を再び向ける。
【よかろう。その選択もまた、汝の中の我の定めしこと。なれば、我は正法(ダルマ)を護るため、汝という羅刹・阿修羅と戦うのみ】
「「「望むところよ!!」」」
轟!!
両者とガルダは同時に飛翔! 雲を突き抜け、さらに上昇! 成層圏、中間圏、熱圏、外気圏を突き抜け、宇宙空間へ!