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【つの版】日本建国11・天岩戸

ドーモ、三宅つのです。前回の続きです。

父に勘当されたスサノオは、姉アマテラスに挨拶をしようと高天原へ昇りますが、疑いをかけられて「誓約(うけい)」を行い、潔白を証明しました。

古事記 上卷-3 天照大神と須佐之男命
http://www.seisaku.bz/kojiki/kojiki_03.html
日本書紀巻第一 神代上
http://www.seisaku.bz/nihonshoki/shoki_01.html

◆笑◆

◆咲◆

天津罪

『古事記』によると、勝ち誇ったスサノオは高天原にとどまり、乱暴の限りを尽くします。まずアマテラスの所有する水田の畦(あぜ、区画)を壊し、灌漑用水路を埋めてしまいます。水田から水が流出し、稲が枯れますから、これは稲作農家に対する最悪の破壊工作で、殺されても文句は言えません。さらにスサノオはアマテラスが大嘗祭(収穫祭)を行う神殿に上がり込み、糞便をひって撒き散らしました。嫌疑をかけられた腹いせにしても子供じみており、完全にアマテラスをなめくさっています。

お心優しいアマテラスは(額に青筋を浮かべたでしょうが)咎めだてせず、「糞便に見えたのは、酔っ払って嘔吐した物でしょう。畦を壊し溝を埋めたのは、土地が(田に利用されず)もったいないと思って、よかれと思ってやったことでしょう」と弁護し、庇い立てします。あまり弁護になっていませんが、増長したスサノオはさらに悪事(わるさ)を続けます。

アマテラスが忌服屋(いみはたや、聖なる機織りをする家)で侍女たちと機織りをしていると、スサノオはその家屋の天井を破壊し、天斑馬(あめのふちこま、天上界のまだらの皮を持つ馬)の生皮を逆剥(サカハギ、生きたまま剥がす)にして投げ込みました。機織り女の一人がこれを見て驚き、陰部に機織りの梭(ひ、シャトル)が突き刺さって死んでしまいました。箸墓といい丹塗矢といい、日本神話はなんか陰部に物を突き刺してきます。

このためアマテラスは畏怖し、天の石屋戸を開いて引きこもりました。死者が出ると流石にヤバく、庇いきれなくなったのでしょう。

『日本書紀』本文では、スサノオの罪状が増えています。彼は春になると姉の田に種子を重播(しきまき)し、畔(あぜ)を破壊し、秋には天斑駒を放して田の中に伏せさせ、アマテラスが新嘗をする時には密かに新宮に糞便をしました。さらにアマテラスが機織りをしている時に天斑駒の生皮を剥いで投げ込み、彼女自身が梭で負傷したため、怒って天石窟に入ったとします。

第一の一書では傷ついた機織り女を稚日女(ワカヒルメ)尊とし、アマテラス本神ではないとしますが、尊(みこと)と呼ばれるためアマテラスの化身的な存在と思われます。第二の一書では、スサノオは姉の田の溝を埋め畔を壊し、秋に収穫する時は縄張りを侵犯して自分のものとし、姉が機織りしているところへ斑駒の皮を投げ込むなど暴虐を働きますが、決定打になったのは馬の皮ではなく、新嘗祭の時に姉の座席の下に糞を仕込んでおいたことでした。大の大神(おとな)がなにをやってるのでしょうか。

第三の一書では、スサノオは高天原に三つの田を持っていましたが(姉が与えたのでしょう)、石ころが多くて洪水や旱魃の頻発する悪い土地でした。そこで姉に嫌がらせをしたのだといいます。だからってやりすぎです。

これらスサノオの悪行は、『延喜式』に収録された「六月晦大祓祝詞」を始めとする大祓詞(おおはらえのことば)において「天津罪」として挙げられています。いずれも灌漑を妨害したり田地を奪い取ったり、家畜を殺傷したり神殿を汚したりする罪で、これにあわせてスサノオの悪行が作り出されたのでしょう。このように、既存の秩序を破る迷惑な悪行によって新たな秩序を生み出す存在を「トリックスター」と呼びます。サタンはその典型です。

天岩戸

ともあれ、アマテラスは天の石屋戸(あまのいわやと、洞窟の扉)を開いて引きこもってしまいました。太陽神が姿を隠したため、高天原も葦原中国(地上世界)も暗闇に包まれ、常に夜が続くようになりました。そして神々(精霊)の話し合う声は五月の蝿のように満ち、諸々の災いが一斉に起こりました。スサノオが泣きわめくことで災いを起こしたように、アマテラスは引きこもることで現世に災いを引き起こしたのです。

困った神々は天の安河の川原に集い、会議を開きます(火は使えますし月はいますし、神々が後光でも放てばそこそこ視えたでしょう)。この時、タカミムスビの子であるオモイカネという神が名案を思いつきました。まず常世の長鳴鳥(ながなきどり、ニワトリ)を集めて鳴かせ、専門の神々に八咫鏡と八尺瓊勾玉を作らせ、鹿の肩甲骨を火で灼いて吉日を占い(太占)ます。

そして榊(さかき)を根こそぎに抜き、枝に八尺瓊勾玉と八咫鏡を掛け、下の枝には布で造った青と白の御幣を垂らします。これを忌部氏の祖神フトダマが捧げ持ち、中臣氏の祖神アメノコヤネが祝詞を唱え、天岩戸の周りに神々が集まります。たぶん篝火が焚かれて照明となったでしょう。

腕力の神タヂカラオは岩戸の脇に隠れ、芸能の女神アメノウズメは襷(たすき)をかけ、髪を蔓で結い、手には笹の葉を持って岩戸の前に進み出ます。そして桶を伏せて上に乗り、足で踏み轟かして調子をとりつつ激しく踊りました。神がかり(トランス状態)になったウズメは豊満なバストを露出し、裳(スカート)を結ぶ紐を解いて陰部まで押し下げます。その滑稽な有様に高天原フロアは熱狂して揺れ動き、八百万の神々は爆笑しました。

この騒ぎを聞いたアマテラスは怪しみ、岩戸を細く開けてこう告げます。「私が引きこもっていて、天地は暗闇に包まれているのに、なぜウズメは楽しげに舞い踊り、八百万の神々は笑っているのだ」。するとウズメは「あなたよりも貴い神がおられるので、歓喜して笑い楽しんでいるのです」と答えます。またアメノコヤネとフトダマは鏡を岩戸の前に差し出したので、アマテラスはいよいよ不思議に思い(鏡に写った姿を「自分より貴い神」とやらだと勘違いし)、岩戸をさらに開けて身を乗り出しました。

そこで岩戸の影に隠れていたタヂカラオが、彼女の手を掴んで引っ張り出しました(岩戸を腕力で開いたとも)。フトダマは尻久米縄(しりくめなわ、つまり「しめなわ」)を岩戸に張り渡して封印し、「この中に再び入ってはなりません」とアマテラスに宣告しました。こうして太陽は再び世界に現れ、天地を照らすようになったのです。

この部分の『日本書紀』本文は、ほぼ『古事記』と同じです。どの一書でも細部は違えどだいたい同じで、当初から一貫した物語として伝わっていたのでしょう。東南アジアから北東アジアにかけては同様の物語が広く見られますが、「多数の太陽(と月)が同時に現れたので、英雄に一つ(ずつ)を残して射落とされ、洞窟に隠れてしまった」という前フリがあります。そして神々のお祭りではなく、ニワトリの鳴き声で洞窟から出てきたので、日の出前にはニワトリが鳴く、という起源譚になっています。日本の岩戸神話は、こうした神話要素をいくつか合わせて作られたものと思われます。

神話の原型は、おそらくは「日蝕」です。卑彌呼と皆既日蝕を結びつけるのは眉唾ですが、日蝕自体は古くから観測されていたため、世界中に似たような神話があります。インドではラーフという悪神が日月に噛み付いて日蝕を起こさせるといい、北欧ではスコルとハティという狼が日月を追いかけ、エジプトでは邪悪な蛇神アペプが太陽を飲み込みます。こうした悪神・魔獣を追い払うため、銅鑼や太鼓を打ち鳴らして驚かす儀式も行われました。

しかし、アマテラスは自らの意志で引きこもっています。あるいはスサノオの暴行で肉体か精神かが死に、蘇生・復活したということかも知れません。彼女を現世に呼び戻したのは神々の笑いであり、ウズメの発する性と笑いのパワーであり、自らが「あれを見たい」という嫉妬心と好奇心でした。タヂカラオの腕力は最後にチラッと出てくるだけです。そして彼女が見ようとしたのは、実は鏡に写った自分の姿であり……そういうなんかです。あなたが今見ているモニタやスマホの画面も、電源を切ればあなたの顔が写ります。

それはさておき、この岩戸神話に出てくる神々は、天孫降臨にも付き従って天降り、それぞれの氏族の祖となりました。特にアメノコヤネは中臣氏の祖ですから、古事記・日本書紀編纂時の最有力者、藤原不比等の先祖です。なんらかの政治的意図があってこの神話が挿入されたのかも知れません。

神やらい

於是八百萬神共議而、於速須佐之男命、負千位置戸、亦切鬚及手足爪令拔而、神夜良比夜良比岐。(古事記)
然後、諸神、歸罪過於素戔嗚尊而科之以千座置戸、遂促徵矣、至使拔髮以贖其罪。亦曰、拔其手足之爪贖之。已而竟逐降焉。(日本書紀・本文)

さて、アマテラスが引きこもった原因は、どう考えてもスサノオです。八百万の神々は協議して、彼に「千位置戸(ちくらの・おきと)」、すなわち多額の賠償請求を課しました。身一つで高天原にやってきたスサノオに没収するような財産はないため、肉体に刑罰を負わせます。彼はヒゲや髪の毛を切り取られ、手足の爪を抜いて(生爪を剥がして)罪の贖いとし、高天原から追放されます。鬼やらいならぬ「神やらい」です。

痛そうですが苦痛による刑罰ではなく、体毛や爪にはもとの肉体と呪術的な繋がりが残っていると信じられていましたから、いわば身代わりです。再び高天原へ悪さをしに来れば、これを用いて呪術的に痛めつける事ができるぞという脅しでもあるのでしょう。『日本書紀』第二の一書では唾液や鼻汁も祓具として取られたとしますし、第三の一書では「世人が爪を他人に取られるのを忌むのはこのためである」としています。

こうしてスサノオは高天原から追放されます。当初の目的である根の国へ向かえばいいのですが、まず地上へ降臨します。しかし生来のトラブルメーカーである彼は、行く先々で騒動を起こしました。

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オオゲツヒメ

地上を放浪していた頃か、高天原と地上の間なのかわかりませんが、腹を減らしたスサノオがオオゲツヒメに食物を乞うたことがありました。そこで彼女は鼻や口や尻から様々な食物を取り出し、調理して振る舞いました。スサノオはこれを見て「こんな汚いものを食わせる気か!」と激怒し、剣を抜いて斬り殺してしまいます。するとオオゲツヒメの頭から蚕が生まれ、両眼から稲種、両耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が生じました。後にカミムスビがこれらを拾い集め、養蚕や農耕の種にしたといいます。

ゲ・ケとは食物のことで、オオゲツヒメは「大いなる食物の女神」を意味します。彼女はイザナギ・イザナミ両神の娘として神産みの後半に現れる他、国産みの場面では阿波国(粟国)の別名とされています。スサノオは高天原を追われ、阿波国に降臨したのでしょうか。また後の系譜に羽山戸神の妻としてオオゲツヒメが現れますが、蘇生したか別の神でしょうか。

『日本書紀』にはこの話が(本文にも一書にも)なく、前段の三貴子誕生の時の一書に良く似た話が現れます。ある時アマテラスは「葦原中国に保食神(うけもちのかみ、食物の神)がいると聞く。ツクヨミ、行って様子を見てきなさい」と命じ、影の薄い弟のツクヨミが地上に降臨しました。

彼が保食神のもとへ赴くと、保食神はもてなすために口から食材を吐き出します。すなわち顔を国(陸地)へ向けると飯が、海へ向けると様々な魚が、山へ向けると様々な獣が出てきて、保食神に調理され、たくさんの料理となりました。ツクヨミは怒って「こんな汚いものを食わせる気か!」と言い、保食神を斬り殺しました。そして帰還して報告すると、アマテラスは怒って「お前は悪い神だ。顔も見たくない」と言います。こうして太陽と月は互いに離れ、同時に天空に並び立つことがなくなりました。

その後、アマテラスは天熊人(あめのくまひと)という神を遣わして保食神の死体を見させましたが、その頭頂部からは牛馬、頭から粟、眉の上に蚕、目の中に稗、腹の中に稲、陰部に麦と大豆、小豆が生じていました。熊人がこれらを回収して報告すると、アマテラスは喜び、「顕見蒼生(うつしき・あおひとくさ、人民)の食物としよう」と言って、高天原に田を作って穀物の種を播かせました。すると秋になって豊かに稔り、穂が頭を垂れました。またアマテラスは蚕の繭を口に含んで糸を抽出し、養蚕と機織の技術を発明したといいます。これでスサノオが来た時に田や機織りがあったことの説明がつくというわけです。

共に神の死体から農作物が生じたという話ですが、このような神話は東南アジアやチャイナ南部、オセアニア、南北アメリカ等に遍在しており、インドネシアの類話から「ハイヌウェレ型神話」と呼ばれています。

彼女はココヤシの花から生まれ、から様々な宝物や便利な道具を産み出すことが出来ましたが、気味悪がった村人によって生き埋めにされました。するとその死体から様々なイモが生じ、人々の食用になったというのです。たぶん女性の出産の神秘とか、糞便が肥料になるとかいう話がこうなったのだと思いますが、何も尻から出なくてもいいような気がします。

日本書紀一書のワクムスビも体から蚕や五穀が生じたといい、似たような神々が各地に伝わっていたのでしょう。日本列島では縄文後期からサトイモが栽培されており、これと共に伝わっていたのが、後からチャイナの影響で蚕や五穀に置き換えられたのかも知れません。

放浪者

スサノオは各地を放浪したようです。『日本書紀』一書には「長雨が降った時に草を結んで蓑笠を作り、神々に宿を乞うた。しかし行く先々で断られたので、風雨に耐え忍びながら旅をした」とあります。またこれによって「他人の屋内には蓑笠をつけて入るな、草の束を背負って入るな」というマナーが出来たと言います。家の中に雨水やゴミが落ちて実際失礼ですね。

続いて「姉神に挨拶しよう」と言って再び高天原に昇り、誓約して子を産む場面につながるのですが、先に天岩戸があって追放され、戻ってきて身の潔白を証明してから挨拶して根の国へ、という流れになっています。すっきりはしますが、二回昇天するのは話のテンポとしてどうかという気もします。

この話が発展したのか、中世の『備後国風土記』逸文等には武塔天神(牛頭天王、スサノオ)が宿を求めて放浪する話があります。牛頭天王は仏教の聖地・祇園精舎の守護神とされる鬼神ですが、スサノオと習合して疫病を祓う神となりました。また『日本書紀』一書には、スサノオが高天原から新羅国へ降臨し、ここから出雲国へ渡ったという異説があり、スサノオは渡来系の神ではないか、という議論があります。これについては後でやりましょう。

◆Hey mumma,Look at me◆

◆I‘m on the way to the promised land◆

このような艱難辛苦を経て、子供じみたあほでマザコンでシスコンのスサノオは、他者を思いやる真の男に鍛え上げられました。彼は母神が埋葬された出雲国へ降臨し、お姫様を邪悪なドラゴンから救う英雄となるのです。

【続く】

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