「みんな」で「ひとり」で遊んでいる
今日、コーチングをしていて、とある言葉を思い出した。
「みんな」で「ひとり」で遊んでいる
ぼくはこの感覚がとても好きなんです。
「みんな」で「ひとり」で遊んでいる
この状態のうまい例を記事から抜粋します。
高木: 子どもと砂場へ行った時に目にする光景ですが、一人で遊ぶわけではなくて、誰かがいると遊ぶんですね。でも、子どもたちは、空気を読むわけでもないしコミュニケーション能力が高いわけでもないので、各々がひとりで同じ砂場で遊んでいる。「みんな」で「ひとり」で遊んでいる。そういう場でいいのです。
最近だと、シーシャバーがそうですよね。友達と行ってひとりでスマホを見たりして時間を過ごして、たまに隣にいる友達と話す。各々違うことをしていますが、シーシャは共有している。そんな感じの心地よさが好きです。
「うんうん、この感じ好き!」
って共感してくれる人多いんじゃないかな。言語化はしてなかったけど、思い返せば楽しかったなっていう感じ。シェアハウスに住んだことがある人には伝わりやすい気がしている。
フリーランスっぽいっていうか、シェアハウスっぽいっていうか、とにかく好き。
孤人じゃなく、個人
これは今日のコワーキングスペースhinode。
各々が自分の好きなことをしている。アニメ見る人、ボードゲームやる人、ギター弾く人、仕事に疲れてソファに倒れ込む人。一人でいる人もいれば、二人以上でいる人達もいる。だけど、誰一人孤独じゃない。孤人じゃなく、個人でいる。個立してるけど、孤立してない。
互いに違う方向を向いているはずなのに、誰一人仲間はずれにしていない雰囲気とその感覚。ディスプレイを観ながらも、横でやってるボードゲームの笑い声を聴いている。ある意味ゲームに参加しているような感覚すらある。お互いがお互いの存在を、薄くだが確かに意識している状態。空間をシェアしている感覚、居心地がいい。
#コモンハッシュタグ
居心地のいい状態を作るには、その場にいる個人たちが共通項をもっていることが必要なんじゃないかと思います。今風に言うと、同じ「#(ハッシュタグ)」を持っている状態。
(例)hinodeの#
#いなフリ
#フリーランス
#シェアハウス
これを僕はコモンハッシュタグ(もしくはコハッシュタグ)と呼びたい。
・コモンハッシュタグ(Common hashtag)
・コハッシュタグ(Co-hashtag)
※話すときは、略して「タグ」でいいと思います。
このタグが増えれば増えるほど、人生の選択肢も広がると思っています。人生の選択肢が広がるということは、逃げ道も増えるということ。今付けているタグ(今いるコミュニティ)が嫌になったら、手持ちの別のタグ(別のコミュニティ)に付け替えればいい。
依存先(タグ)が多ければ多いほど、人は自由だ。一人に依存すると、互いに辛い。だけど、みんながそれぞれ複数人に依存すれば、負担は軽減される。
「みんな」で「ひとり」で遊んでいる
ぼくがこの状態が好きなのは、ぼくにとってhinodeは「自由」だからだと思います。
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