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宇宙島へ15「宇宙服の着心地は?」

宇宙に行けば一度はやってみたいのが「船外活動(Extravechicular Activity、EVA)」でしょう。船外活動には「船外活動用宇宙服 (Extravehicular Mobility Unit、 EMU)」を着用します。
宇宙空間は真空ですし、紫外線や宇宙線が振り注いでいますから、EMUはそれらから人体を守り、また酸素の供給と二酸化炭素の吸着を行い生命維持活動を補助します。

基本的には、地上の環境をコンパクトにまとめて人体の周辺に薄く維持しているのだと考えていいのですが、現在アメリカ航宇宙局 (NASA)で用いられているEMUは、実際には1気圧(1atm=101325Pa)ではなく、純酸素によって0.29気圧(0.29atm)に与圧されています。

なぜ純酸素かというと、われわれが呼吸している大気の酸素濃度は21%、つまり酸素分圧は0.21気圧になります。大気をそのまま「薄く」すれば酸素量が少なくなってしまって生命維持に支障を来たしてしまいます。そこで純酸素を用いて0.29気圧での酸素量を確保しています。

また、この酸素圧0.29気圧というのは酸素の量としては十分ですが、1 気圧と比べるとかなり小さく、急激に減圧すれば、血液中や体内組織にとけ込んでいた窒素が気体になって微小な気泡をつくり、それが毛細血管につまる「減圧症(ベンズ)」を引き起こす危険性があります。
そこで、酸素マスクをつけて純酸素を呼吸しながら減圧して窒素を体外へ追い出す「プリブリーズ」と呼ばれる作業が行われます。この作業には数時間~24時間かかります。そのため、多くの場合睡眠中に大半の時間が当てられます。プリブリーズ中に運動(エクササイズ)を行うと窒素排出が早まることから、現在では、自転車こぎを行いながらプレブリーズをおこなう「エクササイズ・プリブリーズ」も予備的に行われており、この場合は2時間20分でプリブリーズを終了させることができます。

では、なぜ宇宙服の与圧は0.29気圧なのでしょうか。少なくとも0.6気圧あれば減圧する必要が無いので、プレブリージングに時間をかける必要はなくなります。

この問題を考えるには、圧力について確認しておく必要があります。
温度が一定ならば気体の圧力と体積は反比例し(ボイルの法則)、圧力が一定なら気体の体積は温度に比例します(シャルルの法則)。そして同じ温度、同じ圧力、同じ体積の気体には、種類に関わらず同じ数の分子が含まれています(アボガドロの法則)。この分子を6.0×10の23乗個含む物質量を単位とする単位量の1molと言います。1molに含まれる分子数を「アボガドロ定数」と言います。

こうした法則が成り立っているので、外気圧がない宇宙空間では、宇宙服の内部の空気は無限に膨らもうとします。そのふくらもうとする力を宇宙服の生地の張力だけで支える必要があります。すると、なるべく表面積が小さい形になろうとしますから、宇宙服は球に近い形に膨れ上がります。

つまりボールから手足が生えたような状態になってしまいます。

そのような状態では身動きするのは非常に難しいでしょう。

そこで、純酸素で0.29気圧というところまで下げているわけです。

しかし、それでもふくらんでしまうことに変わりはないので、作業はかなりの重労働です。腕を曲げたり指を曲げたりすると、体積が小さくなりますから、宇宙服内部の空気を圧縮することになります。

例として肘を曲げる場合を考えてみましょう。話を単純にするため、ここでは肘の部分だけを考えます。
宇宙服の肘部分内部の空気をちくわ状のものとして単純化して考えます。

それは、この圧縮がどれくらいの仕事量になるのかを求めてみましょう。
そこで、気体の体積変化と仕事量について考えます。

圧縮された場合は力の向きと体積変化が逆だと考えればいいわけです。もっとも、圧力変化が無い場合は積分する必要が無く、圧力と体積変化の積で求まります。

よって、40cm持ち上げる仕事量に匹敵します。
実際には、宇宙服は機密性、断熱性、紫外線や宇宙線、微細なデブリなどからの防御性などの必要から、かなり丈夫な複数の素材を重ね合わせて作られています。つまり更におおきな負荷が掛かることが予想されます。

「プリブリーズ」と空気の圧縮による負荷はEVAを行う人にとっては非常に大きな問題が、特に「プリブリーズ」を無くすことはEVAにとって重要な課題です。先ほどは減圧だけを問題にしましたが、減圧していれば加圧が必要になります。前後の準備に時間がかかることが、EVAが長時間化する要因にもなっています。

そこで、「プリブリーズ」の不要な「ゼロ・プリブリージング・スーツ(Zero Prebreathing Suits,ZPS)」の開発が早くから試みられてきました。
この方法には2つの方向性がありますが、実は我々は40年以上も前から、そのイメージを眼にしてきています。

それは『機動戦士ガンダム』シリーズに登場する「ノーマルスーツ」で、軍や民間業者の宇宙船の乗員や港湾施設の作業員などが着用する、「ハードシェル・タイプ」のと、モビルスーツや戦闘機などのパイロットが着用する、体に密着する「スキンタイト・タイプ」の2種類が存在します。

前者のタイプについては、実際にNASAが1980年代後半からMarkIIIやAX-5という形で開発を行っており、現在は火星有人探査に向けたZシリーズを開発しています。

0.6気圧程度に与圧された圧力を押さえ込むために硬質な構造を持っています。2005年度星雲賞メディア部門を受賞したアニメ『プラネテス』ではこのタイプの宇宙服が登場しています。

もう一方のスキンタイト・タイプはこれとは正反対の発想です。身体の回りに空気が無ければ、宇宙服が膨らんでしまうことも、空気を圧縮しながら動くこともありません。このタイプは岐阜医療科学大学の田中邦彦教授が研究している伸縮素材製宇宙服「ナイトスーツ」や、マサチューセッツ工科大学のデイヴァ・ニューマン教授が開発を進めている「BioSuit」があります。


【参考文献】
・石原藤夫・金子隆一(2009)「軌道エレベーター 宇宙へ架ける橋」早川NF文庫
・田中邦彦、間野忠明(2012)「予備呼吸不要な船外活動用宇宙服の開発」Space Utiliz Res(28),p134-135
・木部勢至朗・鈴木克徳(1995)「宇宙服の技術」真空38(6),p566-573
・木部勢至朗(1999)「宇宙用生命維持技術の現状と展望」日本航空宇宙学会誌47(549),p196-205
・JAXA「STS-87ミッションの概要 7.5 EVAの運用概要」2019年4月17参照
・JAXA「宇宙医学に基づいた人にやさしい宇宙服」2019年4月17参照
・Dava Newman(2012)「Building the future spacesuit」ASK MAGAZINE45,p37-40
・Amy Ross(2017)「EVA Technology Workshop 2017」NASA.2017-10-17
・JOSEPH FLAHERTY、RYO OGATA, HIROKO GOHARA(2014)
MITが開発:体にフィットする次世代宇宙服『BioSuit』」2019年4月17参照

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