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陳浩基 /玉田誠 『網内人』で、説明しとかないと分かんないかもしれないところを解説してみた。【ややネタバレあり】

本格+社会派のミステリー

『13・67』で日本の翻訳ミステリー界に衝撃を与えた香港の作家・陳浩基(ただし、著作は台湾の出版社から刊行されている)の新作長編『網内人』が翻訳された。
序章はnoteでも公開されている(ネットに潜む獣を撃て! 華文ミステリーの最高峰、序章を先行公開!

遺書も残さずに突然時自殺した女子中学生の姉アイと、その依頼を受けたハッカー探偵アニエが、乗除を自殺に追い込んだ犯人を捜し、パズルのピースを一つずつ集めてはめていくように、真相に迫っていく前半は、謎解き要素が高く、楽しめる。
その主軸が走りつつ、登場人物の一人がのし上がろうとVCのトップと駆け引きを繰り広げるサブストーリーが展開する。
後半では、突き止めた犯人を追い込んでいく方向に話が展開し、非常に張り詰めた雰囲気が漂う。そして少女の自殺の意外な真相も明かされ、少女の姉で主人公のアイはある決断をする。
また、サブストーリーはここで本線に合流し、あっと驚く展開を見せる。

物語は抜群に面白いので、ぜひミステリーファン以外の人たちにも読んでもらいたい。

ただ、翻訳といっても文芸書である以上逐語訳ではないし、出版物である以上、様々な制約から紙幅も限りがあるため、止むを得ず簡略化した文章にしている部分もあるのは当然である。

そんなわけで、どうしても読んでいて、よく意味が分からなかったり、辻褄のあわないようになってしまったりという部分があるのはしかたがない。
特に、外国特有の習慣などが原文ではあまり説明されないままになっていると、これは翻訳者泣かせである。原文にないものを勝手に足すわけにはいかないからだ(勿論、注という手はある。本作品も専門用語などのほか、原書が台湾で出版されている関係から、香港特有の事象についても注が施されている)。

そこで、少々無粋な気もするが、そのままでは意味が通らないところや、読者には理解しにくいところを、参考までに原文と対照させて記しておきたい(中には単純に誤訳だった個所もあるが)。

いろんな人に読んで面白いと思ってもらうことが、華文ミステリーの次の作品の翻訳につながるのだから。

ただし、後の方になるとネタバレになってくるので、有料にはしたくないために途中で警告文をいておいた。未読の方は、そこまでで止めておいてほしい。

區雅怡は外売(テイクアウト)に慣れてない?

 アニエは二十元紙幣と十元の硬貨を手渡すと言った。
「じゃぁ、俺の代わりに『來記』までひとっ走りして買ってきてくれ。大蓉加青扣底湯另上油菜走油(ワンタン麵大盛り、ネギ増し、麵は少なめ、麵スープ分け)だ」

P143で、アニエはアイにワンタンメンを買いに行かせる。その注文が「大蓉加青扣底湯另上油菜走油」という漢字ばっかりの部分である。随分と細かい注文をしたものだと思うが、実はこれ、1品ではない。原文ではこの部分は以下のようになっている。

阿涅向阿怡遞過一張二十元紙鈔和一個十元硬幣,說:「妳替我去來記買外帶。我要大蓉加青扣底湯另上,油菜走油。」

「上」と「油」の間に点が入っている。
「大蓉加青扣底湯另上」と「油菜走油」は別の料理なのである。このことはP144では、

広東語で、ワンタン麵の大盛りを「大蓉」、小盛りは「細蓉」という。「加青」はネギ増し、「扣底」は麵少なめ、「湯另上」は麵とスープは別々の意味になる。「油菜」で青梗菜にオイスターソースを添え、「走油」はオイスターソースを抜く意味ではなく、食用油をかけないという注文になる──普通の店では、青梗菜に食用油をかけてつやつやにすることでより美味しそうに見せているのだ。

と正しく説明されている。

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ちなみに、店で麺とスープが別の状態のワンタンメンはこんな感じ。ワンタンは麺の下にある。

「油菜走油」がカッコ内に訳されていない部分で、これはゆでた野菜にオイスターソースをかけたもので、香港では極めて一般的な付け合わせの野菜料理である。訳文では青梗菜となっているが、野菜に何を使うかは店や季節によってさまざまで、一般的にはレタス、菜心(チョイサム)、芥蘭(ガイラン)なども使われている。

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右が普通の油菜。これは芥蘭である。

次はP144。來記にやってきたアイと店主のやり取りの部分である。

「お姉さん、注文は?」
 こぢんまりとした店に入ると、鍋の前で麵を茹でている店主が威勢のいい声で訊いてきた。
「大盛りのワンタン麵に、ネギ増しで。麵とスープは別々にしてもらって、油なし……あとは、麵少なめを、持ち帰りで」
 アイは壁に書かれた手書きのメニューを見ながら、今月はあとどのくらい借金をしなければならないか考える。とにかく安ければそれでいい。
「麵少なめにスープ分けでいいね?」
「ええ……そうです」
 アイがそう言うと、
「麵とスープは分けた方がいい。でないと伸びちまう」
 店主は注文を伝票に書きつけると、アイに小銭を手渡しながら、笑って言った。
「家に帰るまで七、八分だろ。麵とスープを一緒にしてたら、そりゃあまずくなる。台無しだ」

注文を受けた店主が、どういうわけか突然「時間がかかるんだったら麺とスープを分けた方がいい」と講釈を始める。
訳では、どうしてそういう流れになるのかわからないが、原文では以下のようになっている。

「小姐,要什麼?」阿怡剛踏進小小的店子,站在鍋子後正在煮麵的老闆便朗聲問道。
「一個大蓉加青扣底、湯另上,一碟油菜走油,一個……細蓉。外帶。」阿怡瞄了瞄牆上手寫的菜單,想到自己這個月還是賒借度日,只好點較便宜的。
「細蓉也要湯另上嗎?」老闆問。
「啊……不用了。」阿怡答。
「分開較好吃啊,麵不會被湯泡軟。」老闆單手寫過單子後,一邊接過阿怡給他的錢,一邊笑道:「妳回去要走七、八分鐘,湯和麵一起盛會浪費一碗好麵啦。」

アイは「一個大蓉加青扣底、湯另上(大盛りのワンタン麺を、ネギ増し麺少なめ、麺とスープは別々で)」「一碟油菜走油(油菜を油抜きで)」「一個細蓉(ワンタン麺小盛り)」の三つを注文しているて、最後の「一個細蓉(ワンタン麺小盛り)」はアイ自身の注文で、アイと店主のやり取りはこれについてである。ここも、原文に従うと、

「麵少なめにスープ分けでいいね?」
「ええ……そうです」

ではなく、

「小盛りのワンタン麺も麺とスープを分けるかい?」
「あ……いいえ」

になる。アイは自分の注文した「細蓉」の麺とスープを分けないと答えているのだ。だから、この後で店主が分けた方がいい理由を説明するのである。

そして料理が出来上がった後のP146

老店主は麺と総菜を五つのビニール袋にまとめると、アイに手渡した。

ビニール袋5つになっているが、それをまとまった状態とは言わないだろう。

ここの原文は

老闆煮好麺和菜,分成五個盒子装在膠袋裡遞給阿怡。

なので、

店主は麺と油菜が出来上がると、5つになった容器をビニール袋に入れてアイに渡した。

となる。
思い返してほしい。
注文の品は「一個大蓉加青扣底、湯另上(大盛りのワンタン麺を、ネギ増し麺少なめ、麺とスープは別々で)」「一碟油菜走油(油菜を油抜きで)」「一個細蓉(ワンタン麺小盛り)」の三つであり、アニエとアイのワンタン麺はそれぞれ麺とスープが分けられている。だから容器が5つある。店主はそれを1つのビニール袋にまとめて、アイに渡したのである。

なお、訳文では突然「老店主」になっているが、「老闆」はボス、店主、主人という意味で「老いた」という意味はない。「老公」「老婆」が「夫」「妻」という意味で「おじいさん」「おばあさん」という意味でないのと同じである。他の部分はちゃんと訳せているので、ここは単なるミスである。

ちなみに、「來記」は「屈地街」あたりにあるとされているが、この近辺だと「波記燒臘粉麵店」という店が実在する。

施仲南はのし上りたい

アイとアニエの物語と並行して走るもう一つの物語の主要人物・阿南こと施仲南、GTネットワークのプログラマーである。

ある時、GTネットワークはSIQというアメリカのベンチャーキャピタルの重役・司徒瑋の訪問を受ける。

司徒瑋が去った後のシーン、P116

施仲南は椅子を引き寄せるなり、馬仔のそばに腰を下ろした。馬仔にシステムの詳細やスケジュールについて話しながらも、施仲南は別のことを考えていた。

実はこの2文の間には省略された一段がある。どうも紙幅の関係から、削除されたものらしい。確かに、ストーリー上あまり大きな意味はない部分である。

原文では以下のようになっている。

準備跟他說明工作,可是他發覺馬仔正在瀏覽SIQ的網頁。
「嗨,你還在看這個?」施仲南問。
「剛才發現了一件小事,因為搞不懂,所以仍在看。」馬仔回答。
「什麼事?」
「SIQ的團隊裡,沒有井上聰。」馬仔滾動滑鼠滾輪,將網頁從上往下拉,網頁上無論在投資部門還是技術顧問,也沒有井上的照片。
「我想這只列出SIQ的營運團隊,井上的專長是開發,他應該很討厭跟人接觸吧。」
「這也是,正如我只喜歡寫程式,如果要我當顧問,我一定渾身不自在。」馬仔回答。
「先關掉這個,好讓我跟你說明我目前正在編寫的模組……」

仮に訳すとすれば、以下のようになるだろうか。

仕事の説明をしようとして、馬仔がSIQのサイトを見ていることに気が付いた。
「おい、まだそんなもの見てるのか?」施仲南は尋ねた。
「ちょっとしたことを見つけたんですけど、意味が分かんなくて、だから見てたんですよ」馬仔が答えた。
「なんだよ?」
「SIQのメンバーに井上聡がいないんです」
馬仔はマウスホイールを回して,ページを上下させた。ページ上の投資部門にも技術顧問にも井上聡の写真はなかった。
「SIQの運営メンバーが並んでいるだけだろう。井上の専門は開発だし、人とかかわるのは嫌いなんだろう」
「それはそうですね。僕がただプログラムが好きなだけなのに、顧問にさせられたらきっと落ち着かいですね」馬仔が言った。
「こいつはもう閉じとけ。俺に今プログラムしているモデルについて説明させてくれ」

さて、この後、施仲南は司徒瑋と個人的に会うチャンスを掴む。そして司徒瑋が車で施仲南をピックしてレストランへ向かうことになり、待ち合わせをする。

P258で、司徒瑋と施仲南は次のような会話をしている。

「だったら迎えに行きますよ。六時四十五分に、朗豪坊ホテルのそばの、上海街のあたりでどうです?」
「あっ。でも司徒さん、わざわざそんな……」
「私の方は九龍塘のインノ・センターに立ち寄ってから尖沙咀に向かいます。それでは六時四十五分に、また」

二人は尖沙咀のiSquareの高層階にあるレストランで食事をする。

そしてこの前のP257、時系列では上の会話の後になるが、

施仲南はうきうきしながら、旺角朗豪坊にある上海街に佇んでいた。それでも少し心配になって来たのか、時折忙しくあたりを見回すようにしながら、行きかう人々の姿を目で追っている。

と、司徒瑋を待っている。ここの「朗豪坊」と「朗豪坊ホテル」、場所が異なっている。

「砵蘭街」と「上海街」に囲まれているのが「朗豪坊」というショッピングセンターである。

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そして、「上海街」と「新填地街」に囲まれているのが「朗豪坊ホテル」現在は「Cordis, Hong Kong at Langham Place」という名前に変わっている。

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なぜ「上海街」で待ち合わせかというと、九龍塘のインノ・センターから「旺角」まで来て、そのあと尖沙咀に向かうとなると、このあたりの道はほとんど一方通行でしかもあまり広くないなかで、「上海街」が南向きの一方通行で朗豪坊あたりは道幅が広いので、好都合なのである。

そのまま余り混まない「上海街」を「佐敦道」まで南下、右折して「廣東道」に出て、「海防道」「樂道」と通ってiSquareに行くことができる。

しかも、「朗豪坊」のすぐ南が「山東街」、「新填地街」の一本西の通りが「廣東道」である。施仲南の会社は、「山東街と廣東道の交差するあたり」の「惠富商業中心」の15階にあるから、目と鼻の先である。

ちなみに「山東街と廣東道の交差するあたり」には「嘉富商業中心」というビルが建っている。


ギター少年・趙國泰はスクワイヤーが欲しい

P189、アニエとアイは妹の同級生だった國泰、麗麗の二人と学食で話をしている。國泰はバンドでギターとベースを担当している。

 國泰は首を振ると、
「それにAppleのMacBookとかあればいいんだけど、僕には高すぎるし……お金があればスクワイヤーのテレキャスとか買うんだけどなあ」
「スクワイヤーか、レプリカだったら安いけど、耐久性がね。結局、数年後にオーバーホールするんだから、テレキャスだったらやはりスクワイヤーだろうな」
 アニエが言うと、
「フェンダーは高いですよ。こっそりお金を貯めたとしても、値段を聞いたらパパとママに怒られるだろうなあ、きっと」
 國泰が苦笑した。

國泰の「フェンダーは高いですよ」が唐突だが、これはおそらく翻訳読者でも気が付いただろう。

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原文では、

國泰搖搖頭。「而且好像說要買台蘋果的Macbook才能使用,那太貴啦。有錢的話,我寧願買支Squier的Telecaster……」
「Squier?副廠品牌雖然較便宜,但不太耐用,幾年便要大修。Telecaster還是選原廠Fender的較有保證。」阿涅說。
「Fender的吉他太貴了,就算我存夠錢,被老爸老媽知道價格後肯定大發雷霆。」國泰苦笑一下。

で、アニエは

スクワイヤー?サブブランドから安いけど、耐久性がいまいちだから、数年したらオーバーホールだろ。テレキャスだったらやはりオリジナルのフェンダーの方がいい。

と言っている。
フェンダーはフェンダー社のフラッグシップブランド、スクワイヤーはフェンダー社の比較的安価な商品に使われるサブブランドである。

そして二人と別れた後、アニエはアイが余計な口を突っ込んだおかげで聞きたいことが聞けなかったとなじる。その聞きたいことというのが、クリスマスの夜に具合が悪くなったアイの妹シウマンを國泰と麗麗が送ってきたときのことだった。
P198でアニエはシウマンが薬を盛られていた可能性を指摘する。

「違う。こっちだ」
 そう言って、アニエはテーブルの上に散らばっているインスタントコーヒーのスティックを指さした。
「カラオケに行けばドリンクを注文する。それは当然、店が提供するわけだが、だとすると、このインスタントコーヒーのスティックはおかしくないか?」
「あっ、たしかに。じゃあ、これはドラッグかなにかなの? エクスタシーかしら?」
「半分正解ってとこだな。これがその手のドラッグでも、インスタントコーヒーのスティックに仕込んでおけばなにかと便利だ。だが、コーヒーみたいに水に溶かして飲ませるドラッグといえば──睡眠薬だな」
 その言葉に、アイは雷に打たれたようにはっとなった。

アニエの説明が意味不明になってしまっている。「インスタントコーヒーのスティックに仕込んでお」くのも、「「(インスタント)コーヒーみたいに水に溶かして飲ませる」のも同じことである。ドラッグはインスタントコーヒーのスティックに偽装することになってしまっているので、スティックコーヒーが薬物を特定する根拠にはならない。
このセリフ、原文では

答對了一半。假如是搖頭丸或迷幻藥,藥頭們才懶得將它們偽裝成咖啡,把藥丸扮成糖果更方便。弄成即溶咖啡的樣子的藥只有一種──迷姦藥。

なので、

半分正解ってとこだな。仮にエクスタシーや幻覚剤なら、錠剤だからコーヒーに偽装するのは面倒だ、キャンディーにでもする方がよほど簡単だ。インスタントコーヒーに仕込むようなドラッグは一つしかない――媚薬(催淫剤)だ。

となる。「迷姦藥」は「迷姦粉」とも書かれる粉末の漢方薬系の催淫剤である。かつての報道(警官わいせつ行為・墜落死の少女の体から麻薬成分検出=中国 2010年9月30日 )によると、主成分は「ケタミン」と呼ばれる薬物であるらしい。「ケタミン」は、医療用としては催眠薬や疼痛の緩和などにして使われているようであるが、副作用として幻覚が報告されている。

学校での調査を終えたアニエとアイは、近くのコーヒーショップで國泰と再会し、詳しい話を聞く。
その中で、かつて同級生の密告で生徒が自主退学を強制された事件があったことが國泰の口から語られる。P242、

アニエが訊くと、
「ええ。学校もスキャンダルで大騒ぎになるのが嫌だったんでしょうね。でも『猥褻』とか『淫行』とか、そんな大袈裟なものじゃなくて、二人はキスしただけだっていう話だけど」
「じゃあ、どうしてそんな大騒ぎになったのかな」
「うちはカトリックだから、そういうことにはすごく保守的なんです」
 アイとアニエはなるほど、と思った。
(中略)
学年主任の先生が、憐ちゃんを散々ひどい言葉で罵ってたって聞いたときは、クラスのみんなも、それはないよなって……今は外国では同性愛が認められていたりする、そういう時代じゃないですか。それなのに、これって人権侵害じゃありませんか。

キスで退学というのは、いかにカトリック系の学校でも、あまりに「保守的」すぎないか?どうして「同性愛」の話が出てくるんだ?と疑問がわく。
ここ、原文では「うちはカトリックだから、そういうことにはすごく保守的なんです」の前にもう一文あるのである。原文では

「因為跟小憐交往的高年級生是位學姐啊。」國泰說:「我們是教會學校,在某些事情上很保守的。」

となっている。つまり國泰は、

小憐が付き合っていた先輩というのは女性だったんですよ

と説明している。邦訳では後の8章でこの説明がされている部分が登場するまで、同性愛の問題だったことが伏せられることになる。

メガネっ子美少女・杜紫渝は韓国料理がお好き?

主要登場人物の一人が、シウマンの同級生で、図書委員の杜紫渝。メガネをかけた地味な印象の少女だ。だが、最初に会った時にアイは夏なのに上着を着ている紫渝を見て、「好些上圍豐滿的女學生,穿上貼身的校服後身段一覽無遺,由於顧慮被男同學打量,於是不顧冷暖終日穿上深色毛衣遮掩身材。」と想像していることからかなりスタイルがよいのではないかと思われる。そして後半で明らかなになるが、実はメガネで、母親に似た美貌を隠しているのである。ということは、伊達メガネと考えてよいだろう。

さて、後半で彼女が一人又一城へ出かけて食事をするシーン(P412)で、

七時にフードコートでプルコギを食べた

とある。

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《いや、セットならともかく、メガネっ子美少女が一人でプルコギの単品は食べないだろう。飯ものか麺ものだろう、普通》と思って原文を見ると、

七點在美食廣場吃了一客韓式石鍋拌飯

なので、これは「石焼ビビンバ」である。

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安心してください。メガネっ子美少女・杜紫渝はそんなにがっつり系ではなかったのです。

【以降、ネタバレの危険あり。まだ読み終わっていない人は引き返してください】












紫渝はある理由から、ネット掲示板を気にしている。そのスレッドの描写シーン、P414。

前のウィンドウには、『毎月一万稼いで家を買いたいんだけど』と『【写真あり】香港大中文学部蘭桂の酔いどれ野郎』という二つのスレッドの間に『十四歳少女の自殺には犯人がいた?』が挟まれるかたちで表示されている。

香港大生の酔っ払い学生の話題がそんなに珍しいのか?と思ってみてみると、原文は、

在左邊原有視窗裡「十四歲女自殺背後有黑手」夾在「我月入一萬想買樓」和「【有片】港大中文系系花蘭桂坊醉酒實錄」之間,但在右邊視窗那篇談樓價的文章之後便是港大某女生的八卦。

なので、「香港大中文学部蘭桂の酔いどれ野郎」ではなく、

香港大中文学部一の美女が蘭桂坊で酔っぱらったホントの話

というような意味になる。「系花」つまり学部一の美女が泥酔しているのでゴシップになっているのであって、「野郎」男子学生が泥酔していても、そこまでの話題性はないだろう。

つづくP421、ここでアニエは紫渝に、偽の移動型Wi-Fiスポットと電話の基地局に成りすます装置を使って中間者攻撃を仕掛けている。その説明、

もちろん彼女が不審に思って、店のWi-Fiに繫いだり、公衆電話で兄に連絡を取ろうとするかもしれない。

ここでは、今までの流れから考えて、店の公衆Wi-Fiになりすましているはずなので、「店のWi-Fiに繫いだり」ではおかしい。実際、原文では

當然,假如她忽發奇想,跑去使用咖啡店的公共電腦上網,或是使用公眾電話打電話給兄長

であり、「店のWi-Fi」を使うのではなく、「コーヒーショップの公衆PCを使ってネットに接続する」ことを言っている。公衆PCと公衆電話は有線で直接ネットワークにつながっているので、電波の利用を前提とした中間者攻撃が使えないから、この後の「そのときはちょっと面倒だ」につながるのである。

食事を終えた紫渝はミニバスで帰路に就く。それを中間者攻撃用の小型装置を持った「ダッキー」が尾行する。最寄りのところで紫渝が下りた後、ダッキーはミニバスに乗ったまましばらく行き過ぎる。P423

同時に彼女は、どうしてダッキーが杜紫渝の後に続いてバスを降りなかったのかをのかを理解した。ミニバスは普通のバスと違い、降りたい停留所が近づいてきたら乗客が運転手に伝える仕組みになっている。杜紫渝が『降ります』と言ったあとに続いてダッキーがその停留所で降りたとしたら彼女に気取られてしまう危険がある。

「降りたい停留所が近づいてきたら乗客が運転手に伝える仕組み」では普通のバスと大差ない仕組みで、同じ停留所で降りることがどうして怪しまれることになるのかよくわからない。誰かが、ボタンを押して止まった停留所でほかの人が下りても怪しむ人はいない(今はミニバスにもボタンがついている)。仮にそれが「降ります」という声かけであっても、先を越された格好になった人が降りても誰も不思議には思わないだろう。

日本ではそうだし、香港の普通のバスでもそうだろう。

ところが、このミニバスというのは、普通のバスとはかなり違う乗り物である。
まず、ミニバスはせいぜい16人しか乗ることができない。つまり乗客が圧倒的に少ないので、顔がわかる。

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そして、香港の小巴は、屋根が赤いものと青いものがあり、赤いものは停留所が決まっていないし、たまにルートと違う道を通ることもある融通無碍なもの。緑はルートと停留所が決まっている。ただし、停留所に近づいたからと言って、普通のバスと違って知らせてくれない。外を見ていて、「あ、そろそろだ」とわからないと降りられない。
つまり、道をよく知っている人しか乗らないのである。ということは、ある人の家のそばであんまり見たことがない人が降りるということは少ないと考えられる。

しかも、ここは原文では、

阿怡也理解鴨記為什麼沒跟隨下車,因為小巴不像巴士,乘客可以隨時請司機停車,假若杜紫渝喊「有落」後鴨記一同下車,這很容易引起對方注意。
〔アイもどうしてダッキーが杜紫渝の後に続いてバスを降りなかったのかをのかを理解した。ミニバスは普通のバスと違い、乗客は好きな時に運転手にバスを停めてもらえる。杜紫渝が『降ります』と言ったあとに続いてダッキーが降りたとしたら、簡単に相手の注意をひいてしまうことになる。〕

となっていて「有落」のところに注がついている。

在香港乘搭小巴的專用術語,乘客喊出粵語「有落」,司機便會停車讓其下車。另有衍生出「燈位有落」(訊號燈的位置下車)、「街口有落」(街角下車)等等。
〔香港のミニバスに乗る時の専門用語で、乗客が広東語で「有落」と叫ぶと、運転手はバスを停めて降ろす。別に派生として「燈位有落(信号のところで降ろして)」や『街口有落(交差点で止めて)」などがある。〕

紫渝が食事をした又一城からは数本緑のミニバスが出ている(又一城から
廣播道方面へ行くのは、九龍區專線小巴72號線九龍區專線小巴73號線。ちなみに樂富廣場と廣播道との間には無料バスがある)。

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作者が「乘客可以隨時請司機停車(乗客は好きな時に運転手に頼んで停めてもらうことができる)」とし、わざわざ「『燈位有落(信号のところで降ろして)』や『街口有落(交差点で止めて)』などの派生がある」と注を付けていることや、香港在住の方の「香港グルメ日記」というブログの「【香港ミニバス】香港旅行初心者にはおすすめしない5つの理由(更新日:2020-01-25)」という記事には、「実際は赤バスも緑バスも同じように好きな場所で乗り降りできてます。」とあることからすると、私はやったことはないが、緑バスでも好きなところで降りられるのだろう。

こういうわけで、紫渝は帰宅に一番都合がいいところでミニバスを停めてもらって降りたはずということになる。もし、それにつづいてダッキーが降りると、これは当然怪しいということになる。



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