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吉本ばなな『キッチン』

 5年振りの吉本ばなな。と言うと失礼かもしれないが、久しぶりに彼女の小説を読む。というのは、5年前に付き合っていた彼女が『デットエンドの思い出』が好きだと言うので、買って読んでみたのだけれど、その時はあまりしっくり来なかった。女性が書く、繊細な感じ、なんだか女々しいなと思って、自分には合わないと思って遠ざけていた。

 いまこのようにして、どうして吉本ばななの本を手に取ったのか、どういう心境の変化があったのか、実は…自分の実家が近々無くなってしまう。自分が幼稚園の頃から住んできた家が別の誰かの手に渡る。悲しくてやり切れない。この気持ちを言葉にしたらもっと悲しくなると思って、なるべく考えないようにしてる。そして、もう二度とあの家の周りには近づかないと心に決めている。もうぼくには帰る家が無いのだ。

 吉本ばなな『キッチン』は、大切なものを無くしてしまった人の気持ちが丁寧に描かれていた。繊細で、見えないものがよく見えてしまう登場人物の感受性に自分を重ね合わせて、この現実世界の悲しみを紛らわそうとした。この2週間、この本をゆっくりと味わうようにして読み、少し前向きになれた。

 一つ、良いなと思ったシーン。ムーンライト・シャドウで、あの世とこの世にかかった橋の上で、水筒から暖かい飲み物をコップに注いで、飲もうとするところ。生と死のグレーな境界で、飲むという行為が、生を繋ぎ止めてくれる感じがして良かった。

 いまのぼくに必要なのは、感傷的な気分に浸ることではなく、とにかく生きるモードに切り替えること。その後で、”より良く”生きる努力をしていきたいなと思う。

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