チョコレートのブックマーク
ある夜、さて寝ようかと思いベッドに転がると、いつもと違ういい匂いがぷーんとしてきた。その香りのおかげで今日はよく眠れそうだなあ…と思ったら、さっきまで食べていたチョコレートの箱を枕元に置きっぱなしにしていたことに気づく。市販のよくあるカカオの配合が多いダークチョコレートで、タブレットタイプを買おうとしたら最寄りのコンビニには置いておらず、キューブ型で妥協するか迷ったあげく見つけた、新商品?のマカダミアナッツ入りのやつだった。
チョコレートは小さいころから好きだ。今ふと思い出した自分とチョコレートとの最古の記憶は、細切りのドライアップルにミルクチョコレートがかかったお菓子だった。りんご型のアルミの容れ物に入っていて、ソフトドライのりんごは蜜の部分を固めたみたいにむっちりと濃厚で甘酸っぱい。コーティングされたミルクチョコレートと、かじりついたリンゴの表面のつやつやした黄金色にうっとりしながら、相棒のミニチュア・テディベアのミミと一緒にこのお菓子を眺めていたのを、おぼろげに覚えている。
あとは、おばあちゃんの家に車で行った帰りに、道の駅で寄り道をして、お父さんに買ってもらう生乳のジェラート。お気に入りは、イタリアンチョコレートだった。地元が牧場や乳産業の多い地域だったので、道の駅では本格的なミルクジェラートを食べることができた。コンビニやスーパーで売っているカチコチの冷たいアイスクリームとは違う、ふわふわで淡い上品なジェラートを、いつもお父さんにねだっていた。ワッフルコーンの上でびよーんと塔みたいに高く盛られたイタリアンチョコレート・ジェラートは、さらっとした優しい口当たりなのにチョコレートの香りが口いっぱいに広がって、子どもながらにとてもとても好きだった。
私の母はミルクチョコレートをあまり好まなかった。スーパーで明治のミニチョコレートアソートを買った時には、いつも母は黒いラベルのダークチョコレートばかりを食べていた。これは子ども時代の私にとっては好都合で、そのおかげで赤ラベルの一番甘いハイミルクを独占することができた。お母さんに「まだまだ子どもね」とかなんとか言われて、ミルクチョコレートが好きだった私は真っ当な子どものくせにそう言われるのがちょっと嫌で恥じていたけど、これらは命の奪い合いに発展しない素敵な共存関係だった(その頃の母の一番の口癖は、”食べ物の恨みは一生”だったので)。
大好きな大好きなおじいちゃんがまだ生きていて、おばあちゃんの家をおじいちゃんの家と呼んでいた頃、おじいちゃんはいつも私に優しくしてくれた。おじいちゃんは農家で、自然に対してはとても(かなり、強烈に、笑っちゃうほど)厳しかったけれど、最後の愛孫だった私にはベタ甘だった。おじいちゃんがくれるお菓子は、当時の私にとっては、他では手に入らない特別なものだった。ハーシーズのキス・チョコだ。粒っぽい砂糖の食感と、日本の製菓メーカーのものとはちょっと違う、鼻につんとくる独特な匂い。2、3個食べただけで、口内がベットリと甘ったるくなるのも、なぜか今だに嫌いじゃない。私がミルクチョコレートを好きになったのは、銀紙に包まれてちょこんとリボンを出した、アメリカンな香りがするこのチョコレートを、いつも両親に内緒でおじいちゃんに貰っていたという記憶がルーツにあるのかもしれない。内緒とはいっても、貰ったら両親に「ねえ!うんちちょこもらった!」って喜んで報告してたような気がしますが。
ビーントゥバー、といって、コーヒーのようにチョコレートも豆選びから商品になるまでの一切を手がけるクラフト製法が流行ってから、もう長い。この前、友達が石川旅行のお土産で買ってきてくれたサン・ニコラのコスタリカ産チョコレートのタブレットに、私はとても感動してしまった。クラフトチョコレートによくある、ざらついた粗い粒感が舌に残るのがちょっと苦手で、おまけにカカオ本来の味を際立たせるためにあえて甘味が少ない感じもちょっと渋くてそこまで得意ではなく、というかよく食べるチョコレートとは別物だなあと思っていた。けれど、サンニコラのクラフトチョコレートに世界をひっくり返されてしまった。タブレットをパキッと折った時のクリスピーな感触でおお!となり、口溶けはなめらかで、ほろ苦さ、香り高さ、控えめな甘みのバランスが、絶妙だった。大事に大事に、ちょっとずつ食べていたけど、やっぱり形あるものなので終わってしまって、また食べたい、のに、オンラインではどうやら手に入ることがなさそうだ。本当に、美味しかったなあ…。
母は私の誕生日が近づくとケーキを焼いてくれる。これは、中学校時代まで毎年行われていて、一度は休止になったものの、私が社会人になってから突如復活している。ブッシュ・ド・ノエルやアップルパイを作ってくれた年もあったけれど、私のリクエストは毎年ガトーショコラだ。母が作るガトーショコラは、レシピよりもうんと甘みが抑えられている。ちょっと前に書いたように、彼女はダークチョコレート党なので、溶かして使用するチョコレートは甘みの少ない黒いラベルのやつで、カカオパウダーはもちろん純正の無糖、さらには砂糖の分量もレシピに書かれたやつよりちょっと少なめで、最低限生地がふくらむ程度まで減らしている。ガトーショコラが焼けると、たっぷりの粉糖をかけて、ほろ苦く最後に甘みがやってくるようなどっしりとしたガトーショコラが出来上がる。しっかり熱をとって冷やすと、ほとんど生チョコレートみたいにしっとりとした、口溶けのなめらかなケーキになる。毎年クリスマスごろに、1ホールで送られてくるので、年明けまで1ピースずつゆっくりと、しかし着実に全部を平らげてしまう。
カカオニブ、という食材があることはちょっと耳にしていたけど、この食材をチョコレート好きの私が嫌いなはずがなかった。友人とお酒を飲んだ後に入った二軒目のカフェバーで、ワインを飲みながら、肴に「デーツとカカオニブ」なるものを注文した。ドライデーツの中央に切れ目を入れ、そこにぎっしりとカカオニブがサンドされている。カカオニブは、カカオ豆から取り出した種子を焙煎して砕いた、チョコレートになる前の状態の食材で、巷ではスーパーフードと言われている。お砂糖やバターと混じる前の素材なので、チョコレートチップみたいにパリパリだけど脂っぽさや甘さはなく、すっきりと香ばしい。デーツのねっとりした甘さと相まって、ひとつを半分食べるだけで、上品なお菓子を食べたような気分。最後、デーツからこぼれ落ちるカカオニブの粒を全部お皿からすくって、口に入れてしまいたいほどだった。
そう、私は今、チョコレートが食べたい。それは別にバレンタイン・デーが近づいているから、というわけでもなさそうだ。チョコレートに関するエッセイや本はないものかと試しに自分の本棚を漁ってみたものの、お酒やカレーやカスタードプリンなんかはよく見かけるのに、意外とチョコレートに関する文が見当たらない。
そこで、チョコレートにまつわる話を文章があったら、いつでも自分がチョコレートの気分になりたいときに読み返せて便利そうだなと思ったので、まとめておくことにした。ちなみに、今、オンラインショップでタイムセールだったので思わず購入したカカオ78%のチョコレート業務用パックの到着を待っているところだ。冷蔵庫には冷たいミルクも控えている。