交感神経の夜

家の外で、ずっとサイレンが鳴っている。

どうやら私のアパートらしい。

外の火災報知器が誤作動を起こしたまま、かれこれ1時間以上鳴りっぱなしだ。

消防士さんが私の部屋のインターホンを連打して、サイレンに耳を済ませて身を潜めていた私はベッドから叩き起こされた。

扉を開けると、とんでもない数の消防車と消防士とパトカーと警察官がいて、それよりもたくさんの野次馬の人々が外に出てきていた。

近所の出来事かと思ったら、まさに自分の住んでる建物だとわかって、急いで貴重品とコンタクトレンズとメガネを、ゴミ袋みたいなシルバーのトートバッグにまとめてみる(お洒落なシルバーのはずなんだけど、みんなに防災袋みたいって言われるやつだ)。

結局、誤作動だったみたいだ。でも今もサイレンはずっと鳴り止まない。どうやら大家さんが止め方を忘れちゃったらしい。

にしてもサイレンってすごい。人々を、ちゃんと生命や本能のレベルで警戒させている。アパートの住民だけじゃなく、近所や通りすがりの人までひっくるめて。

ずっとぴゅうぴゅういってる。もうこのまま朝になっても明日になっても明後日になっても来週になっても来月になっても来年になってもずっとぴゅうぴゅう鳴り続けてたらどうしよう。いやだなあ。そのうちぴゅうぴゅうに慣れてしまって、サイレンが鳴り止んだ静かな状態がやってきたら落ち着かなくなる世界がくるのかもしれない。ちょうど今の世の中みたいだね。異常なことが起きて、それが通常になるようにシフトする人と、異常さに向き合い続ける人と、異常だと思いながら流れに身を任せるしかない人と。誰が悪いとかでないけど、私ははっきりいって今結構生きづらい。如実に、人の剥き出しの意思とか思惑とか、優しくなさを喰らっている。これまでもあったような人の汚さを、私が喰らいやすくなっているとも言える。やだねえ。せめて私は、焦る大家さんのおばあちゃんの手を握ってあげようと思う。それくらいしかできないし。おばあちゃんは私の手を振り払ったり、離したりしなかったし。それだけで私の心は安心する。

サイレンの音、聞くだけでドキッとする。心臓のざわざわが止まらない。止まらないまま、1時間以上そわそわしている。なぜか、青春時代に高校の先輩に思いを馳せていた初恋を思い出していた。もうどうしようもなく、いてもたってもいられないけど、自分では結局何もできないみたいな、変な焦り。軽めのストレス状態が続く周波数で、私は静かに警戒しつづけている。

あ、止まった。

安心した。

タイピングしているのに、脳みそが眠気でとろけてきた。

さっきまで神経が物凄くとんがっていたからか、サイレンが鳴り止んだ瞬間から、めちゃくちゃ眠たい。もしかしたら、昨日遅くまで電話をしていたので、ただ寝不足なのかもしれないけれど。

お風呂にも入りそびれちゃったけど、明日の朝に入ればいいか。

好きなことを思い浮かべて眠ろう。

と思ったらインターホンが鳴った。今度は連打じゃなくて優しい一投。丸っこくて優しそうな消防士さんが安心安全を教えてくれた。

ありがとう、街のヒーロー!

どうやらぴゅうぴゅう鳴ったまま止まらかったのは、私の頭蓋骨の中身だったみたいだ。耳の奥でピタッと音が鳴り止むと、そのまま脳みそが思考をやめてしまった。

私と私の世界は今から約8時間ほど、無になって停止する。文字を打ってるそばから、まぶたが重い。下腹部から足にかけて、水銀で満たされたみたいに動かなくなっている。体がぽかぽかと温かい。

筒井康隆の本を枕にして寝ます。笑うな。