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江田島荘、滞在記_2/3

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「ロカヴォーレ」のアプローチ

予約した時間にレストラン「ロカヴォーレ」へ向かう。
この通路がワクワク感を増幅してくれる。
吐露すると、僕はこの時点で料理に合わせるのはワインだろうと考えていた。
しかし、フロアに入るとこの景色が飛び込んできた。

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日本酒用セラー

ワイン用のセラーもあるが、圧倒的に日本酒のほうが多い。
しかも全部、広島県の蔵じゃないか!
ちょっと厳しいことを言うと、フランス料理と日本酒のペアリングがどれだけ困難か、その難しさを理解している人は少ない。
色々あるが最も代表的な難しさは、フランス料理の油脂感に対して、酸味が足りないこと。
米と葡萄という、原材料による違いなので如何ともし難い。

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影や染みではなく印刷です

着席すると、江田島の形が影のように印刷された紙が敷かれていた。
江田島荘の位置にロゴマークが入っている。

小竹シェフが挨拶に来られ「料理と日本酒のペアリングをご用意していますが、いかがでしょうか」と言われた。
僕は心の中で「マジか!」と衝撃を受けつつ、お願いしますと答えた。
それ、メッチャ難しいけれど、大丈夫?というのが心の声だ。

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江田島産すっぽんを使用した温かいコンソメスープ

アミューズは江田島産すっぽんを使用した温かいコンソメスープ。
底には卵が一つ沈んでいる。
味わうとコンソメの上品な旨さがありながら、確かにすっぽんだった。
当然だがすっぽんの癖がある風味は皆無で、良い風味だけを抽出してある。
おいしさど真ん中の料理で、胃を開くアミューズとして上々のスタートだった。

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本日シェフ厳選、江田島野菜たち、牡蠣と自家製アンチョビのソースで

続いては本日シェフ厳選、江田島野菜たち、牡蠣と自家製アンチョビのソースで。
合わせる日本酒は雨後の月の純米大吟醸、吟風咏月。
洋梨のような吟醸香が強い、極めて華やかな酒だ。
こういう酒は料理に合わせるのが難しいが、シンプルな野菜料理には確かに合う。
野菜の穏やかな風味のアクセントになる合わせ方だ。
自家製アンチョビもヨーロッパのアンチョビのように旨味リッチではないけれど、さらりとして日本的で野菜を引き立てる。
そういうソースだからこの酒に合う。
いいじゃないか。
いいペアリングじゃないかと安心した。

次の皿は残念ながら写真がない。
僕が写真を撮る前にナイフを入れてしまったのだ。
滅多にやらないミスだが、あまりにおいしそうで、つい先走ってしまった。
料理は広島サーモンと自家製ドライトマトの薄いビーツのシートをかぶせて、である。
合わせる酒は華鳩、純米吟醸中取り別注品だ。
吟醸とはいえ中取りだし、華鳩らしいどっしりした旨味があって吟醸香は控えめ。
サーモンの中にチーズとドライトマトが入っていて、土の香りが強いビーツが使われるという、美しいけれどパンチが強い料理をしっかり受け止めてくれた。
控えめながらビーツが味の要になっているいい料理だった。

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ブリュレ・オ・サンジャック、カリフラワーのそれぞれの食感を添えて

次はブリュレ・オ・サンジャック、カリフラワーのそれぞれの食感を添えて。
片面に焦げ目をつけたホタテ貝柱の上にイカスミで味付けしたパン粉を煎ったもの。
その下にカリフラワーのピュレ。
さらにスライスと花の部分のカリフラワーを添えた料理だ。
黒と白のモノトーンで構成された料理だが、この夜、最も印象的だった料理かもしれない。

さらに、これに合わせるのが旭鳳の1992年大吟醸雄町、濱田屋である。
今から30年前の日本酒だ。
カリフラワーとホタテ貝柱が主体の料理に、大古酒なんて合わせたら料理が負けるのでは?と思いながら口にすると全く逆で、酒が料理を押し上げてくれた。
軽い素材に対し、分厚い風味で酒が肩車しているかのようだった。
この辺りで日本酒ペアリングとワインペアリングの考え方の違いが見えてきた。

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クレソンとほうれん草のニョッキ

続いてはクレソンとほうれん草のニョッキだ。
色鮮やかなソースは、シェフが江田島島内の美しい水が流れている場所にクレソンが自生しているのを見つけ、そこから採取してきたもの。
それに少量のほうれん草、水、塩を加えてソースにしたとのことだった。

つまり、ソースの素材はたった4つ。
油脂すら使われていなくて、どうなるんだろ?と思って食べると鮮烈な風味と爽やかな旨さに驚かされた。
えっ?この素材を混ぜただけでこんな味になる?と思わず口にすると、サービスの女性が「ですよねー。私も信じられません」と笑っていた。
ムチッとしたニョッキ、パリッと歯触りのいい芽キャベツがこのソースを引き立てていた。

これに合わせるのは金泉安芸乃風雅、純米大吟醸だ。
金泉というのは相原酒造の雨後の月とは異なるブランドで、元々近所にあった別の酒蔵のブランドだった。
その蔵が閉業する際、金泉ブランドを引き継いだのだ。
ややどっしりした飲みごたえのある酒で、先ほどの料理と同じように軽い風味の料理を底支えする感じ。
さらにこの酒はバナナや洋梨のような華やかな香りもあるので、それがクレソンの風味と絡み合う。
ワインが料理の味を断ち切って口をリフレッシュさせるのに対し、日本酒は料理を下支えするイメージ。
豚の生姜焼きを単体で食べるより、ご飯と一緒のほうがもっとおいしいという、そんな感覚なのだ。

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サワラの低温調理、サフランとお花のソース

魚料理はサワラの低温調理、サフランとお花のソース。
次の肉料理がやや重めということもあり、魚はアクセントを効かせるためライトに仕上げてあった。
サワラは低温調理されているが、皮目は炙られて香ばしい。
サフランと花(ハーブ)は油で揚げられたようになっていて、パリッとしている。
むっちりした身質のサワラに、ハーブの香りを纏ったオイルが絡み、そこにカリカリの芳ばしいハーブが添えられる。

合わせる酒は雨後の月の十三夜、特別純米だ。
僕も大好きな酒で、13%の低アルコール酒でありながら水っぽさがない。
軽快な飲み口で、軽い魚料理を最後まで軽く食べさせてくれた。

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庄原市で育った牛頬肉の赤ワイン煮込み

いよいよメインは庄原市で育った牛頬肉の赤ワイン煮込み。
それを円筒状のパイ生地に詰めてある。
菓子の世界ではまだ時々見られるが、ヴォロヴァンと呼ばれる古典の仕事だ。
これを食べさせたくて、先の魚料理を軽めにしたことがわかる。
見た目は今どきな料理だが、随所にシェフの古典への憧憬が感じられる。
赤ワインの酸味でねっとりしたゼラチンを軽やかに食べさせて、そこにサクサクのパイ生地が寄り添う。
どっしり食べごたえのある料理で、一気にお腹が膨らんだ。

そこに合わせる酒が賀茂鶴の広島錦、純米だ。
広島錦とは酒のタイトルでありながら、酒米の名称でもある。
戦前に生み出された酒造好適米で、酒作りにはとても適していたが、背が高く倒れやすいことから作られなくなっていた酒米だ。
それを復活させたのがこの酒で、使われている酵母は協会5号。
大正時代に賀茂鶴から分離され、全国に配布された酵母だ。
戦前の酒米を、同じく戦前の酵母を使い、現代の技術で醸す。
歴史とロマンが詰まった酒で、飲み口は最初、するりとして水よりも滑らかに喉を滑り落ちる。
古い造りの酒にある、さらりとした飲み口だ。
しかし飲みやすいだけでなく、旨味もしっかりあるし、白い花のような穏やかで上品な香りがある。
重い料理に重い酒は疲れるが、骨格がしっかりしながらさらりとした酒を合わせるのはとても良かった。
最後は料理の古典と、酒の古典の共演で締めくくってくれた。

このあとはデザートやお茶、ソルベなどが供されたが、長大な記事になったので割愛する。
「ロカヴォーレ」の魅力は十分に伝わったのではないかと思う。

自分が知っているおいしさの範囲で楽しみたい、新しいおいしさなんて教えてほしくないという人はワインを選ぶべきと思うが、おいしさとは新しい味覚体験でもある。
新しいおいしさを知りたい人は、ぜひ日本酒ペアリングを試してほしい。
街中の店のように、一合や七勺単位ではなく、一皿毎にお猪口へ注いでくれるので飲みすぎも防げる。
何よりも料理とのペアリングが楽しい。
僕は次に訪れる時も日本酒ペアリングでお願いするだろう。

→江田島荘、滞在記3/3


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