ようやく見つけた自分の夢
僕は昔から「夢」を持ったことが無かった。
幼稚園や小学校で夢を発表する場が何度もあって、周りの友達は消防士になりたいとかケーキ屋さんになりたいとか、各々の夢を立派に発表していたのだが、僕にはそういったものが本当に思いつかなかったのだ。
だから、幼少の頃から夢を聞かれることにほとほと困り果てていた。
それでも、幼稚園の発表会では将来の夢を発表しないといけなかったから、「お父さんみたいになりたい」と言って取り繕っていた。
別に父親の職業に興味があった訳でも、働いている父を格好いいと思ったわけでもないのだが、最も身近に働いている人として、尊敬というかロールモデルとすることが無難だと、幼いながらに思ったのだろう。
結局、その後も将来の夢や職業に対する憧れを抱くことが無いまま大学を出て、就職し、いい大人と言われる年齢になってしまったが、そのうちに「うつ病」を患って社会からドロップアウトすることとなった。
3年以上もの間、社会から疎遠になり、ひたすら自分の価値観や使命について考える時間を過ごした。
時には絶望を味わい、真剣に人生を終わらせようと思ったこともあった。
でも、ようやく最近になって、人生においてやり遂げたい夢、つまり「自分の使命」が薄っすらと見えてくるようになった。
今、僕は自分と同じように精神疾患を抱えている人や、生活が困窮している子供たちを支援したいと思っている。
働けなくても存在していることに意味がある。
これは綺麗ごとでもなんでもなく本当にそうなのだ。
人は生きているだけで社会に貢献している。
生活保護だって、国からお金を引き出して市場に流通させているという面で、普通の人では出来ない役割を担っている。
決して無価値な存在ではないのだ。
それから、子供は国の未来であり宝だ。
それなのに『子供は贅沢品』などと言われる現状に苛立ちを覚える。
そんなに子供を持つことが経済的に厳しいのなら、せめて子供の食事だけでも負担を減らせるような支援をできないだろうか?
なにより、食事は身体を作る基になるものだから、粗末なものを食べてほしくない。
そういう思いが今、僕の中で沸々と湧いてきている。
今の僕はまだ無力で、具体的な活動が行えていないけど、こうしてnoteに記すことで共感してくれる人が増え、ともに行動できれば良いなと思う。
僕は、皆のように会社に務めることで社会に貢献することは出来ないかも知れないし、うつ病が寛解するかもわからない。
それでも、僕は使命を見つけた。
自分なりのやり方で、世の中に貢献できる方法を探ってみたい。
ようやく見つけた自分の夢。
何としてでも叶えたい。