見出し画像

泣いていたら分からない『ミュウツーの逆襲』③

③ミュウツーの「逆襲」とは何だったのか

前回に続き、今回はこの映画のタイトルにもなっている「ミュウツーの『逆襲』」とは一体何だったのかについて考察していきます。
そのためには今後の研究施設を破壊したミュウツーのその後サカキと出会い、いかにしてミュウツーは「逆襲」をするに至ったのか追っていく必要があります。

以下はドラマCDでの会話

ミュウツー「これが私の力。私は強い。どこにいるんだミュウ。私はこの世で一番強いポケモン。ミュウお前よりも強いのかこの私は。ミュウ、どこへ行く?コピーの、偽物の私など相手にしないというのか。そうなのか?どちらが強いのか私に答えを見せろ!」
サカキ「お前はたしかに世界一珍しく、もしかしたら世界一強いポケモンかもしれない。その証拠を見せ付ければ本物のミュウもお前を放ってはおくまい。」
ミュウツ―「ミュウが私の目の前に現れるというのか。」
サカキ「かもしれん。だが、お前が最強のポケモンだとしても、この世界にはもう一つ強い生き物がいる。私のような、人間だ。お前を作り出したのは人間だ。人間には最強のポケモンを生み出す知恵と力がある。人間とお前と力を合わせれば世界は我々のものだ。ただし、お前のその力を野放しにすれば、世界はただ滅びるだけだ。お前は力を制御しなければなるまい。」
ミュウツー「お前は私に何をさせようというのだ?」
サカキ「簡単なことだ。この星で誰もがやってきたことをやればいい。戦いと破壊と略奪。強いものが勝つ」
ミュウツー「そして私が本物のミュウを倒したら?」
サカキ「お前はミュウを越える存在になる。その時、お前は世界一のポケモンだ」

ミュウツー「人間以外の生きものは悲しみで涙を流さない。涙を流すのは痛みの時だ。私は悲しみでも痛みでも涙を流さない。なぜなら私は世界一強い存在のはずだ。私に悲しみも痛みもない。」

ミュウツーはフジ博士に教えられた自己存在についての回答
1.ミュウツーであること。
2.ミュウを元にして作られたこと。
3.ミュウより強く作られたこと。
4.世界最強のポケモンとして作られたこと。
に対するそれを証明する手段をサカキにより提示されます。それが
ポケモンとしてサカキに使われ、強いポケモン、トレーナーと戦うことによって最強のポケモンとして力を証明し続け、いつかミュウと戦い自分が本当に世界最強のポケモンであることを証明することがミュウツーの目的です。
しかし、これはミュウツーがサカキに上手く丸めこまれてます。
ミュウツーが強いポケモンと戦うためにサカキに使われる必要は有りませんし、強さを証明することでミュウが現れる確証もどこにもありませんし、ミュウツーの力で仮にこの世界を滅ぼしたところで何のデメリットもないです。
一瞬ここですんなり承諾するミュウツーに違和感を覚えるかも知れませんが、ミュウツーはまだ生まれたばかりの生き物なので人を疑う事を知りません。そもそも人は嘘をつく、自分の力を利用しようとするという発想すらない、ある意味強大な力を持ったただそこに存在してる自然現象のようなものであることが分かります。これは『フランケンシュタイン』や『ゴジラ』『2001年宇宙の旅』など遺伝子工学、原子力、人工知能など様々な科学技術がもたらす災厄を扱った恐怖作品で普遍的に語られるテーマとも言えます。そして、そうしていくうちに「これは違うのではないか?騙されているのではないか?」といった疑問にミュウツーは気付いていくことになりますが、これも科学技術が意志を持ち人間を脅かす存在になるという文脈とも符合します。

またこれはドラマCDでしか触れられていない部分である「涙」についての発言もここで出てきます。アイツーに教えてもらった「人間以外の生きものは悲しみで涙を流さない。涙を流すのは痛みの時だ。」ということをミュウツーはやはり覚えています。しかしアイツーについては覚えている様子ではありません。このことからもアイツ―のことは潜在記憶の中で眠っており、表面には出てこないが確実にミュウツーの中にいる、魂のような存在として描写されています。またこの涙についても脚本である首藤氏のコラムでも

「まして、僕はいわゆる「お涙ちょうだい」シーンは、苦手である。僕の脚本で涙を流すシーンや、まして号泣シーンはほとんどない。そんなシーンがあるとすれば、よほど涙が必要な場合だけである。」

とあるように、この映画においての涙は悲しくて涙を流すシーンが必要だったわけではなく、「涙」というキーワードが必要だったと解釈できると思います。そしてミュウツーは「私は悲しみでも痛みでも涙を流さない。なぜなら私は世界一強い存在のはずだ。私に悲しみも痛みもない。」というように自分は涙を流さない=人間とは違う生き物であるという意識を持っているということも分かります。常にミュウツーは自分は何者なのか、ポケモンなのか?人間なのか?コピーである自分の存在意義は?と自己存在の価値に言及していますが、ここでは、一旦の結論として「最強」の「ポケモン」として自らの価値を定義することにより、珍しくこの問いを独白していないシーンとなっています。


ともあれ、サカキの口八丁でミュウツーは拘束具を付けられ、ロケット団の小間使いとして使役されることになります。以下はドラマCDでの独白。このシ台詞がカットされていては本当にこのミュウツーの「逆襲」とは何だったのか分からなくなってしまう重要な台詞です。

「私は生きている。しかしそれが楽しいかと聞かれたら…ふふっ、強いポケモンを倒すのは楽しかった。力は弱いくせに、ずる賢い人間という生き物を痛めつけるのもつまらなくは無い。しかし今、私より強い力を持ったポケモンはどこにもいない。私は無敵だ。」
「そんな私に付き纏う、金儲けをするロケット団のヤツらは、軽蔑どころか、唾を吐きかける値打ちも無い奴らだ。いや、ロケット団だけではない。人間は所詮、金と欲が全ての生き物だ。人間はゴミ箱に入る資格も無いクズだ。いいか人間共、世界を征服するのは力だ。金ではない。」
「そしてポケモン共。コピーでは無い本物のポケモン共。哀れなことに人間よりさらにクズなのがオマエ達、ポケモンだ。人間に一度ゲットされれば人間の言いなりになって尻尾を振る。」
「私は同じポケモンとして許せない。最も、こんなを事を考える私はすでに、生まれたときからただのポケモンでは無いかもしれない…」

そしてミュウツーはサカキの元から去って行きます。

ミュウツー「私は何のために生きている?」
サカキ「お前はポケモンだ。ポケモンは人間のために使われ、人間のために生きる生き物だ」 
ミュウツー「私はただのポケモンではない」
サカキ「そう、お前は人間に作られたポケモン。人間のために戦わずしてお前に何の価値がある」
ミュウツー「私の価値だと?私は誰だ?私は何のために生きている?少なくとも人間のためではない!」
ミュウツー「私は人間に作られた。だが人間ではない。作られたポケモンの私はポケモンですらない!」

「誰が生めと頼んだ!誰が作ってくれと願った!
私は私を生んだ全てを恨む。だからこれは攻撃でも宣戦布告でもなく、
私を生み出したお前達への、逆襲だ!」

本編の台詞が全てを語ってくれているので、もうこれはミステリーでいうところのホワイダニット、いわば犯人の自供シーンなので語るまでもないですが、一応考察します。
ミュウツーは人間という醜い生き物、そしてそれに従っているポケモンの全てに憎悪を抱くようになりました。そして、その人間によって作られた自分、そのポケモンの仲間である自分、という事実が一番ミュウツーのアイデンティティーを傷付けたというわけです。
そして、またミュウツーはそれを否定するために「私は誰だ?」という問いが現出してきてしまいました。首藤氏のコラムによれば、

「脚本会議では、色々な案がでたが、なにしろ題名は『ミュウツーの逆襲』である。題名だけ先に決まっているのだ。ミュウツーは当時のゲームで最強のポケモンである。それが逆襲するのだから、一度は負けなければ逆襲にならない。ピカチュウやサトシに負けて逆襲するなんて、『ポケモン』世界、最強のポケモンとしては、やることがせこい。
だが、それとは違う『ミュウツーの逆襲』の「逆襲」は、すでに僕自身の中にあった。自己存在への逆襲である。つまり、それは存在している自分への「自分とは何か?」への問いかけである。自己存在を否定してしまえば……つまり、この世界に自分の存在、生きていることが無意味であれば……それは逆襲ではなく敗北になってしまう。「自分とは何か」を問い続ける限り、自己への問いかけは、自己への逆襲であり、敗北ではない。」

とあるように人間やポケモンへの逆襲とはイコール自己存在を形作っているもの達への「逆襲」であり、そしてこの「逆襲」により、自分は人間でもポケモンでもないコピーポケモンとしての「ミュウツー」になれるのではないか、というのがミュウツーの「逆襲」の正体だと言えるのではないでしょうか。



さて、これを踏まえたうえで本編でのミュウツーの「逆襲」計画について考察をしていこうと思います。時系列順で箇条書きしてみます。

⑴研究所跡の島に自分の城を作る
⑵港のポケモンセンターのジョーイさんを誘拐してきて、フシギバナ、カメックス、リザードンのコピーを作り出す
⑶世界中の強いトレーナーとポケモンに片っ端から手紙を出して集める
⑷島に嵐を作り出し、本当に力のあるトレーナーとポケモンを厳選する
⑸皆持ってるであろう最初のポケモンであるフシギバナ、カメックス、リザードンとそのコピーを戦わせて勝つ
⑹ポケモンを奪い、コピーを作る
⑺トレーナーはいらないので帰す


とこんな感じでしょうか。このあとサトシによって本物とコピーの戦いになるのですが、ここまでは計画通りだったと思われますので、ひとつずつ考察します。
⑴研究所跡の島に自分の城を作る
あとからロケット団の三人の活躍で分かりますが、ここは初めに破壊をした研究所跡に作られた城であることが分かります。当然施設自体は破壊してしまったので、これは施設のコピーあることが分かります。ミュウツーのいわばコピー第一主義の主張のように、もとの研究所よりもゴシック建築のような煌びやかさは有りながらどこかグロテスクで生物らしいみたいな感じも受けます。螺旋階段はDNAの二重螺旋を想起させますし、壁や扉はどこか生物の体の中のようなで、コピーポケモンが出てくる様子は胎内から出てくる赤ちゃんのように描かれていますし、この城はミュウツーという生物を模して造られた表現形とも言えるようなものであると思います。

また、複製することでしかポケモンを作ろうとしないミュウツーは自然の摂理である自然繁殖による複製の仕方が分からないので、フジ博士の言を引用するのであれば、「別の生き物を作ることが出来るのは神か人間かしかいない」ので、当然人間を憎んでいるミュウツーは人間ではなく神になろうとしているのではないかという考察も出来ます。これについては④のミュウについてで触れたいと思います。

⑵港のポケモンセンターのジョーイさんを誘拐してきて、フシギバナ、カメックス、リザードンのコピーを作り出す
ジョーイさんに「自分の世話をさせるため連れてきた、ポケモンの体に詳しい医者は便利だ。ずいぶんと役に立った。」と言っていたことからも、このコピーポケモンを作るために連れてきたとも言えるのではないでしょうか。この初めのフシギバナ、カメックス、リザードンの三匹は間違いなく、もとの研究室の残骸から体の一部を見つけて作り上げたと考えられます。アイツーとの回想に出てきた三匹と同じような体の模様があることからも、分かると思います。また、他のトレーナーの前でジョーイさんの洗脳を解くことで自分は人間に使われるポケモンではなく、人間を使えるポケモンであるということを見せつけるためという役割もあったかと思います。

⑶世界中の強いトレーナーとポケモンに片っ端から手紙を出して集める
⑷島に嵐を作り出し、本当に力のあるトレーナーとポケモンを厳選する
ミュウツーにとって必要なのは一番強いポケモンとそのトレーナーなのでとりあえず片っ端から連れてきてそこから選ぶというローラー作戦に出るわけですが、なら普通にポケモンリーグの四天王とかチャンピオン連れて来いよとは思わなくもないです。ともあれ、最強のトレーナーとポケモンをコピーである最強のポケモントレーナーとポケモンであるミュウツーが負かすことがミュウツーの逆襲となっている訳です。また、天候を操るというのも神の業なのでここでも神的な描写が出来ます。これについても④で解説します。

⑸皆持ってるであろう最初のポケモンであるフシギバナ、カメックス、リザードンとそのコピーを戦わせて勝つ
このコピーポケモンであるミュウツーが育てたコピーポケモンが本物のポケモンに勝つことがミュウツーの達成すべき目標のフェーズ1でした。

ミュウツー「一度は人間と一緒にあろうと思った。だが私は失望した。人間はポケモンに劣る最低の生きものだ。人間のように弱くてひどい生き物が支配していたらダメになる。」
タケシ「じゃあお前のようなポケモンがこの星を支配するってのか?」
ミュウツー「ポケモンもだめだ。なぜなら、この星を人間に支配させてしまった。人間のために生きているポケモンさえいる。」

というようにミュウツーの「逆襲」とは人間でもポケモンでもない、「第三勢力としてのコピー」こそがこの世界を支配するにふさわしい、曳いてはそれにより自己存在の価値を世界に認めさせる計画ということになります。
すべての台詞を紹介しませんが、ここら辺で語られるミュウツーの台詞は前述したミュウツーの「逆襲」とは何かというのが分かれば、何に怒り、何をしたいのかが分かってくると思います。また、ポケモントレーナー(人間)が育てたポケモンよりミュウツーによって育てられたコピーポケモンの方がより優れているというのもこれで証明出来るので、始め自分を「最強のポケモントレーナーにして最強のポケモンである」と言った訳です。

⑹ポケモンを奪い、コピーを作る
コピーの優位性を確認したミュウツーは世界をコピー第一主義にするためにコピーポケモンと共にそのリーダーまたは神として君臨しようとします。
これが計画のフェーズ2です。その手段としてミュウツーボールにより強いトレーナーが育てた強いポケモン達を捕獲してそれをコピーしていったということになります。また、
「取る?お前たちが自慢するポケモンよりも更に強いコピーを作る。私にふさわしい。」「私のルールは私が決める。」
というように、人間が生態系のトップとしてポケモンを初めとする他の生き物を支配する世界のシステムを破壊することもミュウツーの大きな目的であると言えるでしょう。

⑺トレーナーはいらないので帰す
「人間達、命までは取ろうとは言わない。さっさと帰るがいい。あの嵐の中を帰れるとしたらな」
という台詞からも分かるように、これは力は弱いくせに、ずる賢くてポケモンを従えている人間への皮肉です。ポケモンがいなければ何もできない人間に屈辱感を与えることが目的の発言ですし、ここのミュウツーの蔑むような口調は悪い意味で人間的な部分のように見えました。


以上がミュウツーの「逆襲」計画だったわけですが、これは敢え無くサトシとミュウの登場によって破綻させられてしまいます。ミュウツー中心の考察は一旦ここまでとして次はミュウの存在と目的について考察したいと思います。④へ続く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?