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泣いていたら分からない『ミュウツーの逆襲』②

②「ここはどこだ?私は誰だ?」の意味

前回に引き続き『ミュウツーの逆襲』について考察していきます。

長い眠り着いたミュウツーの夢の中の独白が始まります。

「ここはどこだ?私は誰だ?私は記憶にないこの世界をいつも夢見てた。」「お前は誰だ!待ってくれ!」
「私はあの誰かが飛び立っていったあの世界を忘れない…」

「ここはどこだ?私は誰なんだ?誰が私をここに連れてきた?」
「私は誰だ?何故ここにいる?いや私はまだここにいるだけだ。わたしはまだ世界に産まれてすらいない。私は誰だ?」


ここの断片的な記憶、夢のイメージの描写のシーンは画が美しくてカット割もカッコよくてとても好きなシーンです。
夢の中ではミュウツーが知らないはずのミュウが登場します。この理由については2通りの説を考えました。
1つはミュウツーを作ったミュウのまつ毛の化石に残ったミュウの記憶の欠片である説です。調べたところ、最新の研究ではヒトのDNA容量は1EB(100京、10の18乗)ものデータが1立方ミリメートルのスペースに収まるほどの膨大な容量があるとも言われているようです。なのでまつ毛の化石にあった遺伝情報だけでもミュウの膨大な知識や記憶といった情報があったとも考えられます。意識の中でもすでにミュウツーが言語を習得している理由もこう考えれば自然です。
もう1つの説は、ミュウとミュウツーはテレパシーで繋がっている説です。ミュウツーはアイや他のポケモンと会話するテレパシーによって会話することが出来ることをすでに見せていますし、ミュウと無意識的にリンクしてミュウの見ている景色をミュウツーも見ているとも考えられます。またミュウツーの本物であるミュウも同様の能力を持っていると思います。これは後で語りますが、ミュウがミュウツーのもとに現れたのもこの力があったからだと思われます。
これについてはどちらも正解だと思います。ミュウとテレパシーで繋がっていて同一個体から生まれたミュウツーはミュウの記憶と見ている景色のイメージが混濁して取り留めのない夢のように映っているのだと思います。

さてアイとのシーンでもすでに言っていましたが、今後も「ここはどこだ?」「私は誰だ?」「なぜここにいる?」という自己存在への問いかけが作中に何度も何度も繰り返されます。なぜなら⓵でも語りましたが、この映画は「自己存在への問いかけと、それに対する回答」の映画だからです
これを中二病と言って片づけてしまうのか、そこで立ち止まって「確かにそうかもしれな」と思って考えてみるのとでは、この映画の見え方はだいぶ変わってきます。前述した通りミュウツーのモチーフは胎児であり、ここの台詞でも「私は誰だ?何故ここにいる?いや私はまだここにいるだけだ。わたしはまだ世界に産まれてすらいない。」というようにミュウツーは「私は誰だ?何故ここにいる?」と思っている限り、それは「ここにいるだけ」で「まだ世界に産まれてすらいない」と思っている訳です。
しかしいくら知能の高い種族である人間の胎児だったとしても、ここまでの思考を出来る力はありません。人間は生まれた時は自己存在について認識することは出来ないですが、成長するにつれて他者との関わりの中で自分は父と母の子供であり、誰かの友達であり、人間という生き物であり、というようなことを知ることができ、自己存在について考える必要がありません。しかしミュウツーは引き継いだ記憶とその高い知能によって生まれた自分の自己存在について認識してしまい、「ここはどこだ?」「私は誰だ?」「なぜここにいる?」という問いに気付いてしまい悩んでしまいます。
これがミュウツーに起こった悲劇なのです

ともかく、試験管を割ってミュウツーが誕生します。

フジ「完成したぞ。ミュウツーが」
ミュウツー「ミュウツー?」
フジ「お前のことだ。世界で一番珍しいといわれているポケモンから我々はお前を生み出した」
フジ「そうあれが世界で一番珍しいポケモン、ミュウ」ミュウの壁画を指す
ミュウツー「ミュウ、あれが私の親なのか?父なのか?母なのか?」
フジ「とも言える。が、そうとも言えない。お前はミュウを元にして更に強く作られた」
ミュウツー「誰が?母でもなく父でもなく、ならば神が?神が私を作ったとでもいうのか?」
フジ「この世で別の命を作り出せるのは、神と人間だけだ。」
ミュウツー「お前達が、人間がこの私を?」
フジ「まさに科学の勝利だ」沸き立つ研究員
ミュウツー「私は誰だ?ここはどこなんだ?私は何のために生まれたのだ!?」施設を破壊するミュウツー
フジ「世界最強のポケモンを作る……私たちの夢が……」

このシーンでミュウツーは自己存在についていくつかの回答を得ます。
1つは、自分がミュウツーであること。
2つ目は、自分はミュウを元にして作られたこと。
3つ目は、自分はミュウより強く作られたこと。
4つ目は、世界最強のポケモンとして作られたこと。

です。これがラストまでのミュウツーの自己存在の価値であり、行動規範になってきます。これが分かると今後のミュウツーの意図が分かります。

また、ここに出てくる「この世で別の命を作り出せるのは、神と人間だけだ。」という言葉についても解説します。これは当時現実世界でも羊のドリーで有名な遺伝子操作によるクローン問題が取りざたされていました。人はついに自ら別の生き物を創造するに至った訳ですが、これについてはいまだに「生き物を創造していいのは神だけだ」という宗教的な倫理観との問題が解決していません。これについて解説してしまうと終わらなくなってしまうので割愛します。

さて、ここでの問題は、なぜミュウツーは施設を破壊し、研究員達を殺害したのか考えていきます。生まれたばかりのミュウツーはまだ人間に恨みがある訳でもありません。ではなぜでしょう。答えは自分の強さを証明するためではないかと僕は考えました。ここで僕は『ジュラシック・ワールド』のインドミナスレックスを思い出しました。
インドミナス・レックスはジュラシック・ワールドという恐竜のテーマパークの目玉展示で、その目的はジュラシック・ワールドで最も凶暴な恐竜を創るというコンセプトの下、様々な遺伝子操作を経て、より大きく、より強く、より凶暴になるように作られた恐竜です。その凶暴性から仲間のいない檻から一度も出ることもなく、他者との関わりは与えられる肉の塊であるエサだけです。そんな中インドミナスは高い知能を持っていたため、その檻から脱走しますが、他者との関わりはエサとしかなかったため、食物連鎖の上での自分の地位を探るために目に付いた生物を襲っていく。という設定なのですが、これと全く同じだと思います。
つまり、強くなるよう作られたミュウツーの自己存在の価値は「強くある」ことで証明されるとミュウツーは思い立ち、自分の目につく全てのものを破壊したと考えられるのではないでしょうか。

さて次はフジ博士の最後の「世界最強のポケモンを作る……私たちの夢が……」という台詞について考察したいと思います。
一度立ち返ってフジ博士の目的は何だったのか思い出しましょう。
それは「世界最強のポケモンを作る」ことではありません。フジ博士の目的は「永遠の生命力があると言われているミュウのクローンであるミュウツーを作成し研究することで、死んだ娘アイの肉体を復活させること」です。
ではなぜ研究施設を破壊されて、まず第一にアイツーのことを心配しなかったのでしょうか。これは2通り考えられます。
1つはもうアイを諦めてミュウツーを作ることが目的となったからだと考えました。確かにドラマCDでは「アイの成分が残っている限りいくらでも娘のコピーは作り出せる」という台詞があります。しかしこれは当然のことを言っているだけで、貴重なミュウのまつ毛の化石から培養したミュウツーは変えの効かない存在であるのに対し、電子データのアイツ―はアイを復活させるための足掛かり的なだけの存在でいくらでもやり直しが効き、実際に何度も復元に成功しているため、アイの復活を諦めたという意味ではないような気がします。
もう1つの考え方として「もうアイを心配する必要がないから」ではないかという考えです。わざと回りくどい言い方をしましたが、もう一度フジ博士の目的を言うと「ミュウの遺伝子を使い、アイの肉体を取り戻す」ことです。つまり何が言いたいのかというと、

ミュウの遺伝子を使いコピーされたミュウツーの肉体にはすでにアイの遺伝子も混じっているのではないか

ということです。これを聞いて「はあ?」と思うかもしれませんが、根も葉もないしょうもない都市伝説とか妄想だと思わず、一応根拠らしいものを見つけましたので考察します。
それはこの映画を観ている時に漠然と思っていたことなのですが、「ミュウのコピーとして作られたはずのミュウツーはミュウと同じ見た目でなくてはおかしいのでは?」という点です。メタ的なことを言えばそれぞれ別のキャラクターとして設定されているのだからに決まってるだろ、と言いたくなりますが、あくまで作品世界の中の設定で考えればおかしなことに気が付きます。なぜなら初めに出てきたフシギダネツー・ゼニガメツー・ヒトカゲツーは元のフシギダネ・ゼニガメ・ヒトカゲと同じビジュアルですし、その後ミュウツーがコピーをするコピーポケモンもオリジナルとの差異は全くありません。ミュウは伝説のポケモンだからうまくコピーが出来なかったという理屈もあるかと思いますが、やはり座りが悪い気がします。またミュウツーのビジュアルはミュウより等身が高く、二足歩行で、人間に近い形をしているのではありませんか。つまりミュウツーを作るうえで純度100%のミュウで作られたコピーであるという訳ではなく、何か別のものが混ざっていると考えるのが自然なのではないでしょうか。また⓵で紹介した並べられたミュウツーとアイツーの試験管も、ミュウツーの試験管がポケモンの試験管の隣ではではなく、アイツーの隣に置かれていたことからもミュウツーとアイツーの研究がほぼ同じ目的で行われていたことの証拠と言えるのではないでしょうか。

実はもう1つの根拠があるのですが、これの詳しくは⑤にて語るので一旦置いておきます。

こう考えると、この映画にあの冒頭のシーン以外にアイツーが出てこない理由が明白になります。それは、すでにアイツーはミュウツーの一部として吸収ないし合成されてるからだと考えると自然と納得がいきました。つまり、⓵で語った母親としての存在であるアイツーは比喩や疑似的なものではなく、実際に「ミュウツーはミュウとアイのコピーであり、子供である」というのが僕の見解です。
そういう理由で、ミュウツーの誕生ひいてはアイの復活を喜んだフジ博士の「世界最強のポケモンを作る……私たちの夢が……」という台詞の続きは「叶ったが、こんなはずでは……」というのがこの台詞の真意だと思いました。


以上のことからポケモンでもない、人間でもない、本物でもない、何者でもないただこの世界に生まれただけのミュウツーの「ここはどこだ?私は誰だ?」という自己存在への問いかけがいかに複雑なものである理由が分かってきたかと思います。
そしてまたここに新しい価値観を持ったキャラクターであるサカキが登場してミュウツーを更に苦悩させていくことになります。
その結果、いかにしてミュウツーは「逆襲」に至ったのか、ミュウツーの「逆襲」とは何だったのかについて次は考察していこうと思います。

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