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チャレンジするマインドはいつの時代も変わらない

これから芸事を身に着けようとする人はとかく「ヘタクソなうちは誰にも見せたくない。こっそり練習して、ある程度見られるようになってから披露するがカッコいい」と言うものだけど、そういうことを言っている人が最終的にモノになった例えはひとつもない。
まだ未熟でヘタクソな頃から、上手くてベテランな人たちに混ざって、バカにされて笑われて、それでも恥ずかしがらずに頑張っていれば、特別な才能がなくても上達できる

起業や新規事業を創る、というお仕事をさせていただく中でこれから事業を創る方のお話を聞く場面が多く出てきます。また講演等でお話しさせていただく機会も多いのですが、いつもこの文言を事前にお伝えし何度でも雑談でもいいのでお話ししましょう、というきっかけとなる言葉として使っています。

これは、徒然草150段目の文言で、鎌倉時代(1330年ごろ)に書かれたものだと言われています。この言葉はおよそ700年ぐらい前のお話ですが十分に今の時代にも当てはまるのではないのでしょうか?

基本的に誰でも最初は素人です。英語はもちろん日本語さえしゃべれない幼少期もありますし、何歳になっても”最初”ってあります。僕が中学の時に足の手術をしたのですが後から入院してきたおじいちゃん(なんと手術自体初めての経験!)に手術前の段取りとか必要な衣類などをお伝えしました。薄ぼんやりとですが、あ、年齢を重ねていても初めてってあるんだって坊主頭の僕は思った次第でした。

でも、初めては初めてとして、ちゃんと頭を垂れて教えを乞うという姿勢は中学生とおじいちゃん(年齢不詳w)の関係でも当てはまり知っていることは全部お伝えしました。逆に知らないことを知っている、から、教えてくれって結構自分の中の殻がある場合も多いと思います。これやればいいのに、って10年ぐらい言い続けている人に会う時もありますが、思い⇄具現化の間の⇄の工程がずっとない方もいらっしゃいます。(ここはまた機会があれば書きます)

自分の範疇をこえ相手がいる世界へ入っていって1つづつ”ケリ”をつける工程にこそその答えがある気がします。ふわふわしている人はずっとふわふわしています。自分の居心地のいいゾーンにいて誰も不可侵なので気持ちいいのですが何も進まず、結果10年経ったという方は現にたくさんいらっしゃいました。

次回(自分でプレッシャーかけないと書かない。。。)自分の思いから世に出すための流れと葛藤とその解決策辺りをピシャーーと書きます。


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