人類学とデザインを結ぶことで、社会に応答する。
社会人にデザインの知見を、という想いで講師と学生が共になって日々の学びを深めているXデザイン学校。実際にどんな学びがあるのかという教室の声を届けていく、クラスルームインタビュー。第19回目はUXリサーチコースで講師をされている松薗美帆さんです。
現在、どんなお仕事をされていますか?
新卒でリクルートに入社して、初めの仕事はデジタルマーケティングでした。広告のプランニングをしていたのですが、主に定量的なデータを扱う仕事だったのでもうちょっとお客さまの顔が見える仕事をしたくなり、プロダクト開発の方に異動してプロダクトマネージャーとしてサービスのリニューアルや新しい施策を企画する仕事をするようになりました。その中で、ユーザーインタビューやユーザビリティテストを手探りながらやるようになっていったのですが、もともと私は学部で文化人類学を専攻していたので、そこで当時やっていた質的な調査と結構重なる仕事だなと感じて面白いし、だからこそもう少し専門性を持ってやっていきたいと思って、その後サービスデザイナーに職能を変え、メルカリグループのフィンテック事業を担っているメルペイでUXリサーチャーとして転職しました。社会人になってからずっとサービスの企画に携わってきたのですが、関わり方をちょっとずつ変えて、自分がもともとやっていた文化人類学や質的調査に戻ってきたような形になっています。
どうXデザイン学校に携わられてきましたか?
社内にもサービスデザインやUXデザインの研修制度はあったのですが、OJTメインでいきなりプロジェクトを任される形だったので、自分なりにいろんな本で勉強したり、セミナーに行ったりしていました。そんな中でサービスデザイナーとして働いていた頃にXデザイン学校を知り、やはりちゃんと体系的に勉強したいと思ってマスターコースに参加したのがきっかけで、その後も台湾などフィールドワークに参加したり、フォーラムに参加して学びをキャッチアップしていました。手探りでやっていたリサーチについて学術的な部分、きちんと裏付けされた論理や根拠があるということを改めて学べたし、だからこそまだまだ勉強しないといけないことがたくさんあるなと気付かされてよい経験でした。それに、当時はコロナ前だったので対面授業後に毎回飲み会に行っていて、日頃の仕事で同じような悩みを抱えてる方も多いので、会社を超えた繋がりができたのは大きかったです。当時受講生だった同期が今では講師側になっていたり、皆さん同じように各々経験を積んで責任あるポジションになられていたりするので、キャリアの悩みをお互い話せたりもするし、学友が今どんな役割を担ってるとか、役職になってるとか、そういうのを見ると刺激ももらえます。会社の中だけだと同じ職種の人が私は多くないので、キャリアのベンチマークやロールモデルとして学べる人があちこちにいる感じです。
現在はUXリサーチコースの講師ですね。
UXリサーチコースを昨年から担当していますが、その前もXデザインフォーラムに登壇させてもらったり、フィールドワークの企画をいくつかやらせてもらう中で、浅野先生から半年のコースを教えませんか?と言っていただいた形です。少し前から近畿大学で非常勤講師をやらせてもらうようになって、そこで教えるってとても難しいことであると同時に、自分にとっても良い学びの機会であるというのを感じていました。教えるにあたって、曖昧な理解をしているところを全部勉強し直すので。カリキュラムも毎年少しずつアップデートして新しい学びを反映させる機会にしています。また、社会人大学院生として博士課程で研究を進めています。教えるということを将来のキャリアの視野に入れたいと思った時に博士を目指してみようと思うようになりました。そんな視野を得るきっかけとして、Xデザイン学校で講師を経験したのが大きかったです。
カンファレンスも主宰されているんですよね。
リサーチカンファレンスは年に1回開催しており、今年3年目となりました。主にUXリサーチ、デザインリサーチ、今年からはマーケティングリサーチの方にも登壇いただいて、いろんな組織の実践事例を共有するカンファレンスです。元々は私が2021年に「はじめてのUXリサーチ」という本を書いたのですが、いろんな方に読んでいただいて、でもいざ実践となった時に、その本ではカバーしきれない部分があったり、リサーチャーがまだ会社にいない組織も多く、「一人でリサーチを広げようと頑張ってる」という方も多かったので、会社を超えたリサーチ実践者のコミュニティがあったらいいなとずっと思っていて。Xデザイン学校もコミュニティに価値を感じていたので、そのリサーチバージョンがあるといいなという気持ちもありました。この年に一回のカンファレンスのためにスタッフや登壇者といろんな人が集まって一緒にものを作っていく過程でコミュニティが育まれていったらいいなというのが一番目指していることです。毎年スタッフが50人前後、その時々の皆さんの関心によってガッツリ企画に入ってくれたり、去年はスタッフだったけど今年は登壇者で出ますとか、いろんな形で関わっていただいています。コミュニティの中で仲良くなってご飯に行ったり、リサーチの相談をしたりとか、そういう動きが生まれてるので、3年経ってちょっとずつ目指す形になってきているのを感じます。
人類学をビジネスやデザインに繋げていく。
なぜ人類学に興味を持たれたのですか?
大学がリベラルアーツ教育で、入学してからいろいろ学んだうえで専攻を選べる仕組みでした。人類学の授業を受けた時に「相手の目から見た世界をわかろうとする学問です」という言葉に惹かれて、専攻を人類学に決めました。学部でのフィールドは島根県津和野町で、地域おこし協力隊の方々を調査対象に、彼らの活動へ一緒に入って手伝ったり雑用しながら、夏休みなどの長期期間はずっと現地に暮らし、合計で半年ほど通いながら調査するということをしていました。
リサーチが学業から仕事になっていかがですか?
人類学のフィールドワークと比べると、企業のリサーチはどうしても短い期間になりがちです。ただ、短いけれどすごくたくさんの量をやることもある。たとえば一人あたり90分ほどのインタビューでも、それを年間200件以上やるんです。それは人類学のフィールドワークとはまた異なっていて、量によって見えてくる人々の生活や傾向がある面白さがあります。
大学院ではどんな関心を持たれていますか?
現在大学院で応用人類学の研究室に所属しており、人類学をもっとビジネスやデザインに応用できないだろうかというのが私の今の研究テーマです。それから大学院に限らず、人類学に興味がある方と一緒に学ぶような場作りをしたいなと思っていて。最近は人類学者の人と一緒にフィールドワークに行くイベントを企画していたり、会社でも人類学を勉強する活動をやっていて、そういう緩やかに人類学というものに皆さんがもうちょっと親しみを感じられるようなことをやっていきたいですし、Xデザイン学校のUXリサーチコースでも人類学のことを講義に勝手に入れたりしているので、そうやって関心を持つ人が増えたらいいなと思っています。
“開かれているリサーチ”の面白さ。
デザインにどんな価値を感じますか?
人類学を学んだうえでUXリサーチを仕事にしてみて、デザインリサーチやUXリサーチはデザインすることが主の目的なので、最初から介入したり未来を変えるためにリサーチする点が異なると感じます。デザイナーは最初から何かを変える目的で関わるし、実際に対象とともに主体的に変えていける。社会に働きかけることを前提にしたリサーチができるし、社会に向けて表現されたもので世の中にどう受け入れられたのか、受け入れられなかったのかを見ながら、どんどん次に繋げていける。そんな力がデザインの面白さでありデザインと組み合わさったリサーチの良さだと思うので、“開かれているリサーチ”というか、そういうところに価値を感じますね。そんな中でも私はリサーチ、特に質的なものから何かを見つけていくようなプロセスというのがすごく好きで、それが人類学を専攻していた学部の時は仕事になるとも思っていなかったので、UXデザインの分野では昔から人類学の知見が参照されていたのは私もデザインを学び出して初めて知ったので意外でしたし、もともと好きだった人類学に戻って来た感じで嬉しいんです。特に事業会社の中で実践しているとより主体的に変えることに関われるのも面白いと思っています。私にとって人類学は人間そのものへの興味を軸に、何で違うの?逆にここは一緒なんだ!という差異や共通項をいろいろな国や地域でわかっていくことが面白さでしたが、それにデザインを組み合わせると“わかった上でどうするのか?”が実践できる。これは社会人になってから知れたことだし、より面白さを感じているところでもあります。
私にとって、デザインとは「社会に応答する力」。
そんな松薗さんにとって、デザインとは何ですか?
社会に対して応答していけるというか、何か自分がリサーチして責任が生じるようなことに対して変化させることができるというのが、私がリサーチとデザイン、どっちもやっていく中で可能性を感じる部分なので、社会に応答するとか、責任を果たすとか、そういう感じのイメージが近いかなと思います。
人類学の知見がデザインやリサーチと結びつくことで社会に応答することができるという松薗さん。わかった上でどうするのか?実践して社会を前進させる力を持つデザインに、大きな価値があると教えてくれました。デザインのおもしろさは、やっぱり広くて深いです。