習政権、対米譲歩隠して「勝利」宣伝─ファーウェイ副会長の解放・帰国
米国の対イラン制裁に関連する詐欺罪などで起訴されていた中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長(最高財務責任者=CFO)が司法取引によりカナダでの保釈・監視措置を解かれて帰国し、英雄のような待遇で迎えられた。中国政府はこれを「勝利」と宣伝しているが、実際には、米側に大きく譲歩した事実を隠し、習近平国家主席(共産党総書記)らの外交手腕を自画自賛しているというのが実情だ。
■「孟氏は罪認めず」強調
カナダ・バンクーバーからの出国を認められた孟氏は9月25日夜、中国政府のチャーター機で広東省の深セン宝安国際空港に到着し、逮捕から約1000日ぶりに帰国した。国営通信社の新華社電によると、空港では親族のほか、外務省、広東省、深セン市の幹部や同市に本社を置くファーウェイの責任者が迎えた。孟氏には中国の駐カナダ大使が同行した。
孟氏はタラップから赤いカーペットに降り立ち、出迎えの人々を前にあいさつ。「祖国よ、わたしは帰ってきました」と述べ、習主席や関係当局に謝意を示した。
新華社電は、カナダ当局が米国の要請に基づいて孟氏を逮捕したことは「政治的迫害」であり、孟氏の「詐欺」は全くの捏造だと決めつけた。同時に「党中央の強力な指導の下、中国政府のたゆまぬ努力と断固たる闘争を経て」米司法省は孟氏と(司法取引による)起訴猶予合意に達し、米国はカナダに対する身柄引き渡し要請を撤回したと伝え、「孟晩舟は罪を認めず、罰金も払わずにカナダを離れた」と強調した。
中国外務省報道官は27日の定例記者会見で「これは中国人民の勝利であり、正義の力の勝利である」と主張。翌28日の会見では、習氏がバイデン米大統領との電話会談(10日)で孟氏の問題を取り上げ、「できるだけ早く適切に解決するよう求めた」ことを明らかにして、孟氏の帰国は首脳外交の成果だったとの認識を示した。
党機関紙・人民日報系の環球時報(電子版)も25日、「孟晩舟が罪を認めない形で解放されたことが重要だ」と題する社説を掲げ、「中国の国力がこのような最終結果を導いた。国家が強大になれば、多くのトラブルを招くが、国家が強大であってこそ、われわれは尊厳を持ってそれらのトラブルに対処できるのだ」と自国の国力の大きさを誇示した。
一方、米国のバイデン政権は対中強硬派から「中国に対し、危険なほどソフトな姿勢だ」(共和党のルビオ上院議員)などと批判され、釈明に追われた。
■司法取引で「虚偽発言」認める
実は、孟氏が罪を認めなかったことだけを強調する中国の宣伝は正確ではない。孟氏は米裁判所に対して無罪を主張したが、米司法省との司法取引では、イランとのビジネスに関連して香港で金融機関に行った説明で、ファーウェイ傘下の香港企業を単なるビジネスパートナーとして紹介する虚偽の発言があった事実を認めている。
また、孟氏個人は自由の身になったものの、法人としてのファーウェイに対する訴追は維持されている。孟氏が司法取引のために自分の虚偽発言を認めたことは今後、ファーウェイに不利な材料になる可能性がある。
このような対応は、「孟氏の事件は全て米捜査当局によるでっち上げだ」とする中国政府の主張と矛盾する。これまでの中国側の主張によれば、孟氏は虚偽発言の事実を認めてはならず、米司法省は孟氏だけでなく、ファーウェイに対する「迫害」もやめなければならないはずだ。
中国政府はこの事件を重大な外交問題と見なして全面的に介入し、米国・カナダに対して「断固たる闘争」を展開した。孟氏が個人的な理由で司法取引に応じることは考えにくい。したがって、今回の決着は、米政府だけでなく、中国政府も譲歩した結果だったと言える。
中国の政治事情に詳しい香港のジャーナリストは、中国メディアが孟氏の無罪主張だけを伝え、銀行に対する虚偽発言を認めたことに触れないのは、国内の対外強硬派の反発を避けるためだと指摘。一方、米側については「バイデン政権にとって、孟氏の問題はトランプ前大統領が残した厄介事だったのだろう」と語った。
■1対4の「人質交換」
孟氏のカナダ出国とほぼ同時に、中国当局がスパイとして拘束していたカナダ人2人を解放し、帰国させたことも、中国側のこれまでの説明との整合性を欠く。
中国当局は2018年12月、孟氏がカナダで逮捕された直後、中国滞在中の2人をスパイ容疑者として拘束した。孟氏逮捕に対する報復であることは明白だったが、中国側は2人の拘束について「政治的迫害である孟氏の事件と異なり、国家の安全に危害を加えた嫌疑があった」と主張。中国外務省報道官は、2人が帰国した後の記者会見でも同様の説明を繰り返した上で、「病気を理由とする保釈請求があったので、関係当局の確認と専門的医療機関の診断を経て、裁判所が許可した」と述べた。
しかし、中国側が孟氏の逮捕直後に捕まえたカナダ人2人を孟氏の帰国に合わせて解放した事実は、「人質外交」を展開したことを自ら認めた形になった。孟氏の帰国時に2人が偶然保釈されたという説明を信じる人はいないだろう。
さらに、同じタイミングで、18年6月に中国を訪れてから出国を禁止されていた中国系米国人の姉弟も帰国を認められた。米メディアなどによると、姉弟の父は中国の銀行幹部だったが、巨額の違法融資の疑いをかけられて逃亡し、指名手配された。この件に全く無関係と思われる姉弟は、拘束も起訴もされないまま出国を禁止された。父の出頭を促すため、事実上の人質にされたとみられる。
姉弟の弁護士はニューヨーク・タイムズ紙に対し、9月の米中首脳電話会談が姉弟の帰国実現に寄与したとの見方を示した。つまり、中国は今回、米国との交渉で1対4の「人質交換」に応じたわけだ。中国側の「勝利」と言うのは無理があろう。
中国政府の以上のような対応は、良く言えば柔軟性があり、悪く言えば妥協的だ。いずれもせよ、習氏お得意の「戦狼外交」らしくないが、先進諸国との協力・交流を前提とする改革・開放の推進にはプラスの効果がある。国内の改革派は歓迎していると思われる。
習政権は8月後半以降、反外国制裁法(6月施行)の香港適用を見送ったり、石炭火力発電の新たな海外プロジェクトを手掛けないと表明したりと対外協調的な態度を示しているが、孟氏をめぐる取引もその延長線上にあるように見える。
これらの動きが個別の問題に対する一時的な姿勢なのか、外交路線自体の修正なのかを判断するには、もうしばらく米中関係の推移などを観察する必要があるだろう。(2021年10月4日)
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