中国外務省高官らが米覇権衰退論─自国の優勢アピール

 中国外務省高官や識者が米国覇権衰退論を唱え始めた。米国はいまだに超大国だが、国際社会における政治的影響力は低下しているので、中国が優勢になりつつあると主張。「戦狼外交」と呼ばれる習近平国家主席の対外強硬路線が米国からの圧力をはねのけることは可能だとアピールする狙いがあるとみられる。

■「世界の舞台の中心に」

 1972年のニクソン米大統領(当時)訪中につながったキッシンジャー大統領補佐官の北京訪問からちょうど50年に当たる7月9日、中国外務省の楽玉成筆頭次官はニュースサイト観察者網とのインタビューに応じ、目下の米中関係について質問に答えた。
 中国で増えている米国衰退論に対する見解を問われた楽氏は「米国で衰退しているのは実力ではなく覇権だ」と指摘。「実力で言えば、米国は依然として世界第1の大国、強国であり、相当長い間それを超えるのは難しい」とした上で、「いくら実力があっても、国が覇を求めれば必ず衰える。覇権は人心を得られない」と強調した。
 さらに「大国にとって、思想の衰退は実力の衰退より危険だ」と述べ、冷戦時代の手法で他国を封じ込めようとする古い思想は21世紀の多極化、グローバル化の時代には通用しないとの考えを示した。ここで言う「実力」は経済力、政治力、軍事力などの総合国力を指すと思われる。
 楽氏はその他に次のように語った。
 一、米国のような超大国にとって、最大の挑戦はいつも外部ではなく、内部から来る。中国をやっつけても、米国が抱える問題の解決策には絶対にならない。中国には米国と何かの競争をするつもりはない。
 一、実力が優勢な立場から中国と付き合おうというのは、内心に覇権志向や冷戦思考があるからだ。いくら力を誇示しても、中国人を恐れさせることはできない。
 一、米国は再三「多国間主義回帰」を口にしているが、実際の行動では排他的な「4カ国メカニズム」(日米豪印の4カ国連携枠組み=クアッド)や「ファイブアイズ」「G7」(先進7カ国)をまとめ上げ、「ルールに基づく国際秩序」などときれい事を言っている。この種の小さなサークル、小さなグループのルールはせいぜい世界の10人中1人のルールでしかなく、国際社会を代表することは全くできない。
 一、国連人権理事会で最近、90カ国以上の国々が(人権問題で)中国支持を表明し、反中の小さなグループに「ノー」と言った。これこそが国際社会の正義の声であり、真の多国間主義である。
 楽氏はまた、中国が「習近平外交思想」を指針とする対外政策によって「日に日に世界の舞台の中心に近づいている」と強調した。

■国内向け宣伝が主眼?

 7月12日には、外務省系の国際関係学会で副会長を務める復旦大学の黄仁偉特任教授が楽氏の発言を補足するかのような論文を党機関紙・人民日報系の環球時報に発表した。
 黄氏も「覇権と総合国力は関係があるものの、完全に一致することはない」と指摘。米国の国力は衰えていないが、覇権の衰退は既に始まっており、米側は世界ナンバーワンの地位を中国に奪われることを恐れていると解説した。
 米国覇権衰退論に関連して、黄氏は以下のように述べた。
一、米国はこれまでのように多くの国際的義務を果たせなくなる。
一、米国経済の世界全体に占める比率は縮小していき、いずれ中国経済の規模は米国並みになる。その時点でも中国は米国を大きく上回る経済成長を続けている。
一、米ドルの国際的地位は低下しており、さらに今後動揺する可能性がある。また、デジタル通貨の分野で米国は中国に後れを取っている。
一、国際産業チェーンの重心は中国へ移っている。
 楽氏と黄氏の見解を総合すると、米国は攻撃的な外交姿勢が国際社会で大きな支持を得られず、覇権が衰えているのに対し、中国は経済、外交の両面で勢いがあるので、米国との戦略的競争に勝利することができると言いたいようだ。
 ただ、黄氏自身が論文で指摘したように、米中間の戦略的競争は政治、経済、軍事、文化などあらゆる分野の全面的な争いだ。人口の多さに依拠して国内総生産(GDP)の規模が追い付いたから、総合国力の競争に勝てるというものではなかろう。
 経済発展の指標である1人当たりGDPは中国がいまだに米国のわずか6分の1にすぎないことや、核兵器を含む軍事力全体で中国は米国に大きく劣っていることを考えると、両氏の楽観論はいささか客観的根拠が足りず、外国で広く受け入れられるとは思えない。
 習氏は10年以上の長期政権を視野に、自らの政治的威信向上に力を入れている。戦狼外交はその手段の一つだが、対外摩擦を増やし続ける手法には中国国内にも不安の声がある。米国覇権衰退論はむしろ、国内向けに習氏の外交政策に対する懸念を払拭(ふっしょく)し、その正当性を宣伝することに主眼があるのかもしれない。(2021年7月26日)

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