見出し画像

【短編小説】始まりのフロンティア

小鳥が鳴いている。うっすらと差し込む朝の光に反射し、アスファルトがてかてかと光っている。道路に生えた雑草の露がひとつぽたりと落ち、地面に染みを作る。ゆっくりと肩を伸ばした少女がふう、と息を吐くと肌寒い空気が白く染まる。

 がちゃり。冷たいドアノブを捻り、重たいドアを開けると少女はコートを脱いだ。朝の静けさに包まれた部屋に、絹が擦れる音だけがする。脱いだコートをすぐ横のハンガーにかけ、中に入る。床に落ちているポテトチップスのゴミを踏みつけると、くしゃり、と中に入っている残りのそれが潰れる音がした。家具や雑貨で随分賑やかな部屋の右側の壁には、写真や地図、色々なものが無造作に貼り付けてある。その端からポールに結ばれ渡された、ハンモックが一つ、小さく揺れている。
 その中で心地良さそうに眠っている少年を起こさないよう、少女はそっと彼の顔を覗き込む。少年の呼吸音にあわせて、ハンモックが細かく上下する。
ゆっくりと息を吸い込み、少女は小さな部屋に声を響かせた。

「わっ!」
「わっ」
飛び起きた拍子にハンモックから落ちそうになった少年があたふたと顔を上げると、目が合った少女はにこりと笑った。

「おはよう、イヅくん」


 「おい!また俺のプリン食っただろ〜〜〜」
筋肉質な腕で開けられた扉がゴン、と音を立てる。そう言った淡いミルクティー色の髪の青年は、髪色に似合わぬ鍛え上げられた身体付きをしている。
彼の言葉に反応し、ソファに座っていた黒髪の青年が透き通った声で言葉を返す。
「あ、あれシキのだったんだ、ごめん食べちゃった」
半ば申し訳ないと思っていなさそうなその顔を見て怒る気力もなくなった、というようにシキは黒髪の青年――イヅハが座っているソファにもたれる。
「あれ、楽しみにとっといたんだぞ……」
「ごめんって」
   すると奥にあるキッチン――といってもコンロ2つに水道、最低限の物しか置いていないが―から、ぱたぱたと幼子が駆け回るような足音が聞こえ、艶のある白髪を2つに束ねた可愛らしい背丈の低い少女が現れた。
少女はイヅハ達を目にするとにこりと笑い、その容姿からは想像もつかないような落ち着きのある声でこう言った。
「おはよう、シキ、イヅハ。そう思ってほら、プリンなら昨日作っておいたの」
彼女の白い手には、可愛らしいチェックの蓋をされた小瓶がのせてある。中には淡い黄色の、なめらかなプリンが詰めてある。
イヅハはホッとしたように白髪の少女に礼を述べた。
「ありがとう、パティ。……助かるよ」最後に小さな声で本音を添えて。
「こりゃ俺が買ったプリンよりずっと美味しそうだな。ありがとう、パティ」
立ち上がったシキがパティの小さな手から優しい手付きで小瓶を受け取り微笑んでそう言うと、パティは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「良かった。本当は今日のおやつにとっておくつもりだったんだけどね――あれ、コトリは?」
「コトリなら朝俺のことを起こしに来た後、スーパーに買い出しに……」
   イヅハがそう答えかけたつかの間、厚いドアが勢いよく開く音がしたと同時に、朝の寒さを吹き飛ばすような明るい声が部屋中に響いた。
「ただいま帰りました〜!美味しそうな果物、買ってきたぞお〜!!!」
  手に下げたビニールの袋の中身をゴツゴツといわせながら、その少女は楽しそうに駆け寄ってきた。先程まで部屋に残っていた眠気も、彼女の一声でしゃっきりと爽やかな気分に早変わりする。
「コトリ、おはよう。朝から買い出しに行くなんて元気だね」
「おはよう、パティちゃん!今日はなんだか美味しい果物が売ってるような気がして」
そう言いながら部屋の中央にある机に袋の中身をウキウキと広げ、それからコトリは水色のコートを脱いだ。
「最近は野菜も新鮮なのが増えたね。船長達の仕事のおかげかな。この林檎で今日はパイを焼こう」
綺麗に赤く熟れた林檎を1つ手に取り、パティが弾んだ声で言う。
パイ、とう言葉に反応して、全員の目が思わずきらきらと光った。
小さな港町の端で、今日も少年達の一日が始まる。

 「はあ〜〜〜」
大きくため息をついてシキはソファーにどっかりと腰掛けた。
その体躯で圧をかけられ、古びたベージュのソファーがぎしりと軋んだ。
「腹いっぱい、疲れた」
「今日は朝から何にもしてないくせに」
オーブンからこんがりとよく焼けたメレンゲを取り出しつつ、パティが横から口を挟む。
軽く焼き目のついたメレンゲクッキーから、おやつの時間には少し早い甘ったるい香りがする。

 現在は昼の十二時をまわり、先程彼らは昼ご飯を済ませたところである。
 朝コトリが買い出しから戻った直後彼らの所に訪れたのは、農園を営むメグルという青年だった。
いつもよりも多く余ったらしい新鮮な野菜を昼前たっぷりと届けてくれた為、普段の数倍食べすぎたシキはお腹を擦りながら息を吐いたのだった。
 「食べてすぐダラダラするとダメ人間になるよ」
そういいながら苦笑したパティがオーブンを閉め、その振動で台所の上に置いてあったカップが小さく跳ねた。
 白く陶器のような肌をした端麗な顔立ちの彼女。
クッキーのうちの1つをつまみ上げ満足気な顔で頬張る。口に入れるとじゅわりと溶け、脳まで溶けそうになる感覚はやみつきだろう。
 「あっ、はいは〜い、私も食べたいな!」
それを見たコトリが横から近づいた。
パティより幾分か背の高い彼女は、少しくせ毛の滑らかな茶髪に、オレンジ色のリボンカチューシャがチャームポイントである。
「ふふ、どうせ今日の3時には食べるんだから待ってればいいのに。アップルパイと一緒にね」
朝コトリが仕入れてきた林檎がいつも以上に新鮮でよく熟れていたことに喜び勇んだパティは、張り切って2品目に突入しようとしている。
待てばいいのに、そういいつつもコトリから溢れ出る期待の表情に絆されたパティは、2つの美しい形をした粒を差し出された手にのせてやった。
「わーい、やったあ!ありがとうパティひゃ………うむ、おいひい!」
すかさず2個とも口に放り込んだコトリは口を抑え目をキラキラと輝かせた。
彼女は元よりビスケットやスコーンなどサクサクしたお菓子が大の好物である、それに関係なくパティの作るものならなんでも喜んで食べるが。

 昨日の夜にはプリンを作り、そして今日メレンゲクッキーとアップルパイ。
すぐ分かる通りパティは菓子作りが大の趣味である――遊びに行く時や買い出し、共同住宅にいる人々の様子を見に行く時以外の暇な時間の殆どを台所で過ごしている。
 そして仲間の3人はパティの作るバリエーション豊富なお菓子達が大好きである。
疲れた日にふわりと香る甘い匂いは彼らの心と疲弊した身体までも癒してくれるのだ。
 元から身体が差程丈夫でない彼女の代わりに、仲間の3人は力や体力の要る仕事をこなしてくれている。
 その感謝の気持ちとして、パティは毎日台所に立っているのだった。

 ふと引き出しの中の小瓶の蓋を開けパティは気がついた。
「あれ、シナモンがない」
「…あ、俺のビスケットも切れてる」
それまで黙って仲間の会話を聞いていたイヅハもそう言った。
 イヅハの好物であるビスケットは普段、部屋の左側にある棚に入っている。
棚に手を伸ばし缶の蓋を開けるがその中にはビスケットの残りの粉しか存在しなかった。
金の星座の紋様が入った青い缶の、光沢のある底だけがキラキラと光る。
 俯いた拍子に夜の闇のように艶のある黒い髪がさらりと垂れ、イヅハはピンクのヘアバンドをぐいと上に押し上げた。
「アップルパイに使おうと思ってたのに…忘れてた」
いけない、と呟きパティは額に手を当てる。

2人の顔を見たシキが明るく声をかけた。
「スーパーに売ってるよな、丁度いいし夜調達に行こう」
彼は履いている土色のニッカポッカ風パンツ、そのポケットから車の鍵を取り出しチャラ、と振って見せた。
 「うん、そうしよう。ちょうど他の物資も切れてきたもんね」
パティはシキの心遣いに笑顔を見せた。
タンポポのような黄色の、控えめな目がにっこりと細まる。
 「何か持っていった方がいい?」
「そうだね!私、倉庫からライト持ってくるよ〜」
「あ、コトリ。俺のスケートボードもお願い」
「いいよー!ふんふふ〜ん」
鼻歌を歌いながら倉庫に行ったコトリを見てイヅハがふ、と笑った。

 そうしてからしばらく4人で談笑していると、チンという音が台所から鳴った。
 「あ、できたみたい」
パティがパッと立ち上がり小さなキッチンの台の下、オーブンを開いた。
多少蓋が固く、力を込めて開けた勢いでパティはのけぞる。
と同時に、部屋中に暖かな林檎の甘い香りとパイの香ばしい香りが広がった。
 全員が思わずほう、と溜息をつきオーブンに近寄る。
覗き込むと黄金のような林檎が今にも溶けそうなほどによくほぐれてその水分がキラキラと輝いている。
こんがりと焼けたパイは嗅覚をくすぐり小腹が空いていた彼らの胃を刺激した。
「すごいすごい!いい匂〜い」
「うん、美味しそう」
「おお、早く食いてぇ〜!」
沸き立つ3人の反応に嬉しそうに笑い、
「本当はシナモンをかけたかったんだけどね」
と言いながらパティは焼きたてのそれを取り出した。
 時刻は3時少し前、おやつには良い時間だろう。
この時間にちょうど焼けるよう計算しておいた甲斐があったな、とパイを切り分けながらパティは思う。
 「コトリ、お皿よろしくお願いできる?」
「もちろん!もう出してあるよ〜!」
「ありがとう、やっぱりおやつはこのお皿じゃなきゃ」

 机に綺麗に並べてあるのはパティのお気に入りのお皿だった。
薄くて綺麗な丸い形の白いもので、花モチーフの模様が金色で縁取られている。
可愛らしい小さなお花の中心にはピンク色で丸い花粉が描かれており、可憐な彼女に良く似合う。
 フォークも同様いつも彼女が好んで使うもので、小さくて細く上品な銀のフォークである。
 これらは全て古い店で見つけてきたもので、パティは毎日ガラスの棚から眺めては、手入れをして大切に使っている。
 そこに綺麗に等分したアップルパイをのせそれぞれに手渡していく。

「わあ〜おいしそう!パティちゃんすごい!」
「ありがとうパティ。いただきます」
「どうぞ。まだ残ってるからゆっくり食べてね」
待ちきれないというように3人がフォークを取りパイに刺す。
さくり、と心地よい音がして薄いパイの皮がほろほろと崩れた。
そのまま口に運ぶと、柔らかい林檎がしっとりと口の中でほどけて舌に甘い香りをのせた。
 「んん〜!!おいひい……おいひい……幸せ」
「はあ〜うめぇ……今日のパイは一段とうめえな」
「コトリの買ってきてくれた林檎の質が良かったからだよ。ありがとう」
「えへへ!嬉しいな、また買ってくるね!」
見かけによらず丁寧に食べ進めるシキに、
「シキお昼散々食べたのによく食べれるね」
爽やかで、それでいて深い夜のような落ち着いた声に楽しそうな音をのせイヅハは言う。
「パティのおやつは別腹だろ、この時間はいつも落ち着くし楽しいよな。なんていうか、こう、疲れがとれる」
瞳孔の小さなシキの目と、つり上がった眉が少し下がる。
 シキは時折こうして想像しないほど優しく微笑む。
そんな仲間想いのたくましい彼の笑顔に、

「うん、俺もそう思うよ」
イヅハは1層幸せそうに笑いかけた。

 日が沈み、外が静かになった頃。
 「さ、そろそろ行こう!」
ソファーでのんびり縫い物をしていたコトリが、ふと立ち上がった。
その手にはライトと、スコップを持っていた。

「うん、そうだね。いい時間だ」
最後の一言をゆっくりと味わうように、イヅハが応えハンモックから静かに立ち上がる。
傍らに立てかけてあったスケートボードを手に取り、左脇に抱える。
蛍光の瞳が、静かに、楽しげに光った。
「買い物メモは……と。持ったよ」
パティが手に持ったメモをひらりと見せ笑う。
先程まで着ていた黄緑の淡いカーディガンの上に、深い紺色のコートを重ねていた。
 最後にシキが椅子から立ち、車のキーを指にひっかけくるくると回した。
もう片方の手に握っているのは、鉄のパイプ。
「よし、今日も軽く遊びに行こうか」
 そう言ったシキの声は、旅行を心待ちにしていた真夏の少年のようだった。

 階段を登り最後の一人が上にあがると、その蓋は自動で閉まった。
地面に空いていた穴が埋まり、唯のコンクリートと化す。
太陽はほとんど沈み、辺りは薄暗く闇のカーテンが降りかけていた。
「よし、全員乗れ」
筋肉質な腕で車の荷台を叩き、シキが乗車を促す。
イヅハ達は順に、その白い軽トラックの荷台に乗り込んだ。
パティが乗り込むのをコトリが手を伸ばし助ける。
 固い荷台の縁を掴んだ手に薄く跡がついたが、暗くて彼女には見えていなかった。
最後に運転席に登ったシキがハンドルに手をかける。
その顔が、悪戯っぽく勇ましく笑顔を浮かべた。
「行くぞ!!」
彼がアクセルを踏むと同時に、トラックは力強く走り出した。

 「最高〜〜!!」
「ちょっ、シキ、飛ばしすぎ!」
「アハ、アハハ!!シキくんってば、呼ばれてるよ!」
「パティ、頭ぶつけないように注意してね」
「うわあ〜、なんか久しぶりだねこれ!シキくん今日は絶好調だな」
「だからってちょっとスピード出しすぎだってば…!」
「アハハ、でもさパティちゃん、楽しいねぇ!」
「…フフッ、そりゃあ楽しいってば!」
「振り落とされんなよ!ヤッホ〜イ!!」
 白い線が消えかかったコンクリートの道路を少年達のトラックは走っている。
夜風が彼らの頬をくすぐり、1層弾む心を浮き立たせる。
運転席にいるシキが豪快にハンドルを切る度、トラックは軽く跳ねパティは冷やりとする。
踏み潰した雑草がコンクリートに貼り付き、跳ね飛ばした空き缶がカランコロンと音を立てて転がる。
 そして誰もいない道路に、トラックの走る音だけがただ聞こえる。

周りに経った建物や店は、キラキラと光って――――いない。
 光の殆どが消え、建物は古びていた。
崩れかけた一軒家が隣の電柱にもたれその電柱は傾いていた。
ガラクタが時折道の脇に横たわっている。
点在する電灯だけが、ポツポツと明かりを灯している。

 ここが彼らの住む町だ。

 ――そして、日が完全に沈み辺りは闇に包まれた。

―― 「来たぞ!右手から一体!!」

「了解」
そう答えたイヅハの目の前に、それは姿を現した。
 
黒い、闇。
人間より一回り二回りも大きい身体。
目、耳、その全てが確認できずただ、
ひたすらに醜い。
どこからともなく、姿を――いや、
 確かに出てきた。
『闇』の中から。
 「それ」がゴォゴォと音のようなものをたてイヅハに覆い被さろうとする。
深い、底無しの、黒―――

 ピカっと光が照り、「それ」は動きを止めた。
ざわめく黒の前でさらりと暗闇に揺れる、イヅハの黒髪。
 それは昼間とは違い夜に、ただ静かに、調和しているように見えた。
 横から照らされたその光は、コトリの持っているライトから「それ」に向けて当てられていた。
ライトを握る彼女の長い髪が軽やかに風に靡き、コートがはためく。
爽やかな空の様な水色の瞳がまっすぐ「それ」を見つめ、少し、好戦的に輝いた。
 次の瞬間、暗闇を纏ったその個体が勢いよく折れた。
イヅハが風を切って振り切ったスコップが闇に突き刺さりそして、その中心にある「白い塊」を粉砕した。
その白い塊が弾け飛んだと同時に「それ」はゆらめき、灰のように崩れて動かなくなった。

 「危なかった、こんな早く遭遇するとは思わなかったよ」
 糸が切れたようにコトリが溜息をつく。
ライトを握った手が緩み、心做しかリボンカチューシャがしなしなと萎えたような気がする。
「本当、ヒヤッとしたよ……コトリ、イヅハ、ごめん何もできなくて」
「気にしないで、パティにはチカラがあるから」
「そうだよパティちゃん!お互いやれることやってこ!」
「…うん、ありがとう」
「それに今のは、少し大きかったと思う」
「うん、いつもよりほんの一回りだけどね」
「片付けたか?その分動きが鈍かったような気がすんな」
 ずっと運転をしていたシキが前を見たまま声をかける。
「うん、車じゃ素早い方が追いつかれて困るから良かったけど」
イヅハが揺れる荷台に腰を下ろしながら答える。
コンクリートの段差に乗り上げたトラックはときたま軽快に跳ね、喋る声がそれに合わせて振動する。
 
 暗闇から突如出現したそれは、彼らの警戒心を上げる。
身体は吸い込まれそうな程に黒く、人間よりも大きい異形。
暗い場所から前触れなく現れ人間を見ると無作為に襲う。
見た目の特徴や能力には個体差がある。
身体は物理で破壊することが可能で、中心にある白い塊――「核」を破壊することで消滅する。
 また、分かっていることとして、それは光に弱い。
その為夜出歩く際はそれとの対峙に備え常時ライトを持たなければならない。
「これからまた遭遇する可能性もあるし、備えとけよ。運転は俺に任しとけ」
 頼もしいシキの言葉に、全員の気が引き締まった。
 暫くトラックを走らせると、目的地のスーパーに到着した。
この港町に1つだけある、大きなスーパーだ。
そしてこの間に彼らは3回、化け物と対峙した。
 トラックを降り中に入るとパッと照明が付きスーパーを明るくする。
闇に慣れた目では少し眩しく、イヅハは目を細めた。
 ポケットから買い物メモを取りだしたパティがそれに目を通し、
「うん、それじゃ買い物タイムね」
そう言って楽しげにコトリの腕を組んだ。

 「着いたぞ、降りろ」
買った物資を持ってトラックから降りる。
その重みで、荷台が少し傾いた。
地面に足をつけると、たんっと硬い音がして踏んだ小石の破片が飛んでいった。
 スーパーでの買い物をすませ少年達は彼らの家――と言っても過言ではないここ、秘密基地に戻る。
先程まで彼らがいたスーパーでは、日が暮れるとレジに人は立たない。
その代わりに劣化したロボットが会計を済ませてくれる。
静まり返ったスーパーにただ、無機質な音だけが響く。
 コトリが袋の中を覗いて、満足気に言う。
「沢山買えて良かったね!夜外に出たの久しぶりで、ちょっとドキドキしちゃった」
「そうだね、もう遅いし、中に入ろう」
そう言ったパティが地面のある一点を小さな足で踏んだ。
すると冷たいコンクリートがゆっくりと動き、地面に空洞が現れる。
これがイヅハ達4人の秘密基地だ。
「さ、帰ろう」
振り向いたパティの言葉で、全員が地下に続く階段を降りていった。

 降りた先のドアを開ける。
ヒンヤリとしたドアノブを捻ると、ギイと音がして分厚い扉が開いた。
「あ〜、なんだか疲れちゃった!でも見て見て、美味しそうなもの沢山買えたね〜!」
「うん、食べ物以外もいくつか揃えられたし行って良かった」
買ったものは食べ物や飲み物が沢山に、少しの生活用品。
コトリの好物の蜜柑に魚肉加工食品、イヅハのビスケットにパティのアップルジュース、そしてシキの好きな――お酒。
 彼は齢17にも関わらず酒を好む。
少々買いすぎる口があり、しっかり物のパティが彼のストッパーだ。
 今日もまた籠いっぱいにビールを買い込み――パティのおかけで最終的にその半分になったが――ウキウキした様子で購入品を冷蔵庫に並べている。
「ふわ〜……なんか俺そろそろねみぃわ。これだけ並べたら先、寝るな」
ガチャガチャと音を立てながらシキは大きな欠伸を一つした。
オレンジ色の瞳に涙がうっすら滲む。
「私ももうそろそろ寝るよ。また明日」
「2人とも寝ちゃうの?でも私もなんだか…ふわあ」
シキに釣られて欠伸をしたコトリが私もやっぱり寝るね、と言う。
「おやすみシキくん、パティちゃん、イヅくん」
「うん、おやすみみんな。」
「おー、おやすみ。」
 そうして3人は、心做しかふわふわとした足取りで各自の部屋に入っていった。

 「ふう」
 イヅハは上着を脱ぎ、ソファーに置く。
ぽす、と軽い布の音がした。
机のランタンを手に取ると、僅かな熱が伝わり冷えた手先を温めた。
きゅ、と持ち手を握りしめ身体の向きを変える。
床を踏むと、木の滑らかな感触が足裏に響く。
移動して、部屋の右奥にある階段を少し登り自室に入った。
 かたり。
 イヅハはランタンをベッドの横の小さな机に置き、軽く部屋を見渡した。
ランタンの周りだけがぼんやりと照らされて、暗闇が淡く透ける。
イヅハはそっとベッドに腰掛けた。
ヘアバンドに手をかけ外すと留めていた髪がさらりと落ち、ランタンの横にヘアバンドを置くと反射した光が壁や枕をほんのりとピンクに色付けた。
 
 港町、コートレイルの隅の小さな小さな秘密基地で、
イヅハはランタンの灯りを静かに消した。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
この作品は創作シリーズ「始まりのフロンティア」の1部です。
他の作品も珈琲のお供に読んで頂ければ幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?