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私たちが発信しなかったことは本当に「0:ゼロ」なのか

おはようございます。

1日7つのオンラインミーティング(およびイベント運営)を終えて、何事もほどほどが良いなと感じているところです。

多動症というと、ネガティブな印象を受けますが、堀江貴文さんの「多動力」を読むと、元気づけられます。

「いくつもの異なることを同時にこなす力」のことを指しています。(中略)これをビジネスの場で発揮することができれば、仕事が進むスピードや、成果のあげ方にも変わったところが出てくるのではないでしょうか。(中略)せわしなく動き続け、ひとつのことをしながら他のことにも手を出すというやり方は、腰を落ち着けてひとつのことに臨みたい方からすれば、まったく違った働き方と言えるのかもしれません。
(『多動力』堀江隆文より抜粋)

そんな私が、あちこち駆け巡って取り組んでいることについて、発信する環境を整えていきたいと思っています。

さて、今日は、「広報のこと考えるかい?」というタイトルで開催したワークショップのイベントレポートと、そこから学んだことをまとめてみようと思います。

オンラインイベント「広報のこと考えるかい?」を主催して学んだ3つのこと

・発信しなかったことは「0」なのか?
・二軸で考える広報ツールの分類から見えてきたこと
・広報担当者の存在意義~広報部門はゴーストライター?~

今日は・発信しなかったことは「0」なのか?について深めていきましょう。

・リモート組織での情報共有の難しさ

フリーの広報として広報業務に関わるずっと以前から、告知・発信といった広報作業に細々と取り組んできた私にとって、いま、大きな節目を迎えています。

今回、広報チームのパートナーたちとオンフェスに出展をすることを考え、これまできちんと形にしてこなかった想いをしっかり言語化する時間を作ってみることにしたのです。

今、私は広報の仕事をリモートで行なっています。

私が広報チームのプロジェクトマネージャーとして関わる自律分散型組織。そのメンバーは、世界中に散らばっていて濃淡様々な関わり方をしています。

直接会ったことがない人ばかりとともに働くこと自体非常チャレンジングなものだと認識しています。

組織の中で新しいプロジェクトが始まったり発展したりするとします。
プロジェクトの当事者は、内容を進めるのに必死です。
どんどん活動に意味づけがなされ、プロジェクトが発展していきます。

ここで私たちが難しさを感じるのは、雑談できる場所の維持です。
お互いが別の仕事をしている仕事仲間と、唯一情報交換できるのは雑談です。
給湯室、喫煙室、もしかしたら駅までの往復の道のりを歩きながら話すこともありですよね。

ところが、完全オンライン・リモート組織の場合、そういった雑談の場所は、意図的に作らなければなりません。
でも、それだと「偶然感」がないんですよね。
雑談をするために集まるのって、感覚的になかなか難しく感じます。

・プロジェクトを外部に発信するのはどんな時?

私たちがプロジェクトを外部に発信する場合、どんなものがあるのか、改めて考えてみました。

1:プロジェクト内容そのもの
2:プロジェクトやメンバーの状況
3:社会的意義や解像度の高い知見

ここで先に結論を話すと、発信しなかったことが「0」なのかどうか問題は、主語によって変わってくると私は考えます。

個人の反応、個人の学び、個人の行動については、センシティブな場合も多く、大々的に発信するには難しい場合もあるかもしれません。そもそも、個の内部の問題なので、もともとの情報量が「0」ではないと言えます。

一方、その組織や組織の目標について、発信しない場合、それは明らかな損失「0」であると言えます。社会的意義や解像度の高い知見について、積極的に発信できるかどうかが、生き残りに関わってくるのではないかとも考えます。

では、以下、1つずつ見ていきましょう。

1:プロジェクト内容そのものの発信

プロジェクトの内容そのものについては、セキュリティの問題が直接関わってくるところでもあるので、気軽に発信できないことも多いように思います。

その一方、完全に外部への発信ではないにしても、組織内でどの程度の情報を共有しておくかという点については事例ごとに異なってくるものでもあります。

プロジェクトメンバーのみで情報を留めておく場合、深く関わっている人以外はそこで何が起きているのか一切知らない状態が長く続くということが起こります。

いつの段階で、誰に情報を開示するのか、私の経験では、たいてい当初の段階では計画することすら頭になかったように思い出されます。
だから、突然ポッと出てきた<ほぼ固まっているプロジェクト>のことを自分事としてとらえてもらう仲間を作るのに苦労し続けているのかもしれません。

2:プロジェクトやメンバーの状況の発信

内容そのものはセキュリティ的に問題があったとしても、例えばプロジェクトのメンバーがそれぞれ思い入れをもって取り組んでいる、ということは発信できる貴重な情報だと思います。

それぞれのメンバーがどんな専門分野を持っているか、このプロジェクトにどんな期待をもって参加しているのか、プロジェクトに取り組みながら並行でやっているライフワークは何か。プロジェクトの周縁についての情報発信って、意外と見過ごしがちなのではないかと感じています。

このチームがどんな状態なのか、例えばどんなヘルプが必要で、次の挑戦はこんなものだというようなこと。

そういった知見をシェアすることにより、同様のプロジェクトを行っている人の励みになったり、ファンづくりにもつながったりするといったメリットがあるのではないでしょうか。

3:社会的意義や解像度の高い知見の発信

そして最後に、そのプロジェクトが世の中においてどのような意味をもつのか、どんな視点で社会を変えていこうとしているのか、そういった概念的なことにたどり着きます。

私は細部にこだわりすぎる習性があるので、こうやって、視座を行き来させるにはまだまだ修行が必要です。でも、発信をするという使命を帯びるだけで、格段にそういった視点が養われることを体感しています。

アメリカの経営学者、ドナルド・カークパトリックが提案した4段階評価モデルでは、研修評価をする時に役立つ4つのモデルを提示しています。

1:反応-Reaction(参加者は教育に対してどのような反応を示したか?)
2:学習-Learing(どのような知識とスキルが身についたか?)
3:行動-Behavior(参加者はどのように知識とスキルを仕事に生かしたか?)
4:結果-Result(教育は組織と組織の目標にどのような効果をもたらしたか?)
(出典:インストラクショナルデザインの道具箱101)

ここでいう結果-Resultは必ずしも個人にもたらされるものではなく、組織と組織の目標に効果をもたらすものであることが言及されています。

この考え方を応用すれば、組織や組織の目標がどのような変遷をたどっていったかということを評価し、それについて述べることで、総括の上での対外的な広報活動が可能になります。


発信しなかったことは「0:ゼロ」なのか?

サイモンシネックによるTEDトーク「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」でいう「WHY」の部分につなげてみると、さらに理解が深まります。

物事を行う、その根源の問い(WHY)がつながる先が、結果-resultだとしたら、その結果は内部にとどめておくにはあまりにも勿体ないのではないかと私は考えます。

組織、場、コミュニティなど、2人以上が集まって物事を成し遂げようとするとき、私はやはり発信しなかったらその価値は「0」のままになってしまうと、しつこく述べておきます。

自戒も込めて。

この記事は、・二軸で考える広報ツールの分類から見えてきたことに続きます。

おわりに

今、AmazonのオーディオブックAudibleに夢中です。運転をしながら、散歩をしながら、いろんな本を聴くことができるんです。

でも、子どもがいる前で、あるいは家族がいる部屋で使うのはやめておこうという結論に達しました。

当たり前でしょう、と世のママから怒られてしまうかもしれません。

では、私の可処分時間のうち、どの時間が本当に自由に過ごせる時間なのか、またそのうちどれくらいの時間を私にとって無駄な過ごし方をしているのか。

ちっともわかりません。

ネット上の情報に唆されて、個の在り方が揺らいでしまう、そんな日々です。


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