見出し画像

放送・報道DXに求められるもの(あるいは失われる運命にあるもの)

JX通信社/WiseVine 藤井です。JX通信社では、報道業界向けの取材DXツールともいえる「FASTALERT」というサービスを、公共分野、特に自治体防災に展開する仕事をしています。
元々、私がJX通信社で働くきっかけになったのは、東日本大震災のときに、ラジオ局でデジタル施策全般を担当していた私が感じた、様々な無力感でした。その後ラジオ局を一度退社し、再度入社した際には自治体防災に関する製品開発にも携わったのですが、それはまた別のお話。

顛末については会社の採用ページでも少しご紹介していますが、一言で言えば、放送局、特に「ラジオ単営」と呼ばれる、テレビ局と兼営になっていないFMラジオ局は会社名の知名度の割に会社組織としての規模はさほど大きくなく、新しいチャレンジをするために残された余力は本当に限られています。
かねてより「放送局を辞めた人たち」が社外から色々と放送の今後について発信しているのは、単に過去を懐かしんでいたり、まして恨んでいたりするのでもなく、純粋に、「この業界をどうにかして、本当に残すべき機能を残すためには、外部から変革するしか無い」という覚悟があってのことだと私は思っています。私もその末席にいる1名として、このnoteを書いています。

ある放送局OBからのメッセージ

そんな中、七夕の日に以下のような記事が境治さんから発信され、興味深く拝見していました。

この記事の内容を書かれたという「ある放送局OB」がどなたであるかは、若輩者の私にはちょっとわかりませんが、書かれている内容は非常に冷静かつ網羅的で、納得感のあるものでした。そのままどこかの放送局の中期経営計画にコピペされてても違和感ないかもしれない。
「強いて言えば」と、5つに要約された「放送局が取り組むべきこと」を、要点だけ引用したいと思います。

1. 事務・管理部門の業務の軽減・効率化、高付加価値化、生産性向上、コスト削減によって、よりアフォーダブルな組織運営体制を構築する。
2. 取材・制作プロセスのワーフフローの改革によって、提供するコンテンツの質の向上を図るとともに、ワンソース・マルチユース化を拡充する。
3. 上記「2.」の一環として、従来の放送番組とは異なる、新しい付加価値をもったサービスを創生する。
4. サービスモデル、ビジネスモデルをアップデート(刷新または転換)する。
5. 経営の強靱化のために、ビジネスモデル(経営モデル)を刷新または再価値化する。

https://note.com/oszerosakai/n/nc72fa462815b

3〜5の違いが、業界の外にいる人からするとわかりにくいかもしれません。原典ではそれぞれ、具体的な例示があるのでそちらも参照いただけレバと思いますが、根本としては、それが必要とされる理由の違いによるものだと思います。

2(質の向上、ワンソース・マルチユース)と3(付加価値サービスの創出)は以前から放送業界で言われていたことで、テープを使っていた時代に比べると、映像・音声素材のマルチユースという意味では、番組制作・編集技術の向上で非常に取り組みやすくなりました。他方、この提言では報道分野においても、アウトプットとなるニュースの形式をとったものだけでなく、データジャーナリズムの領域でもビックデータそのものを扱ったマルチユースが推進されるべき、という指摘をしています。この領域ですでに取り組みが目立つのはNHKと日本経済新聞社です。

4(サービスモデル/ビジネスモデルのアップデート)は、従来放送業界では「放送外収入」とか呼ばれていた、放送の強みである同報性を元にしたものです。ただ、放送の基本価値については「維持」という言葉で説明しており、新たに「分断や対立、情報の偏在などデジタル社会の弊害を抑制し是正する」ことへの貢献を求めているのが、2023年にアップデートされた提言だと思います。新聞各社の論調が、部数の減少と反比例するように少しずつ先鋭化しているのに対して、エコーチェンバーの外側にかろうじて居続けられている地上波放送メディアには、特にいま求められている役割です。

5(経営の強靭化)はもっとドラスティックで、そもそも地上波テレビにおいては「NHKと民放の二元体制自体が社会に必須であるか」も含め、存立基盤を経営レベルでしっかり議論すべし、という指摘です。NHKの受信料議論をもとに議論されることが多い「公共メディアのあるべき論」、もう少し広げると民放を含めた「基幹放送局の公益貢献」に関する論点ですが、ホリエモンが放送局参入を目指していたあの頃は、一応まだNHK・民放含めた放送局公益貢献については疑う人は少なく、「電波という国民の財産を独占しているわりに価値創出が不十分」というホリエモンの主張は、受け入れられ難かったのではないかと振り返って感じます。とはいえ今はそもそもテレビの視聴者自体も減少しており、「使えるならその電波を携帯電話に割り当てればいい」と思っている人も少なくないと思います(そして日本が県域放送を採用しているために、チャンネルの重複を逃れるべく大量の帯域を必要としており、テレビ放送の専有帯域が広いのはそのとおりです)。
私の古巣であるラジオ業界に関して言えば、NHKのラジオはテレビの受信料からその運営資金が捻出されていますし(放送開始当初はラジオの受信に受信料がかかっていた、というと驚かれるかもしれない)、民放ラジオ各社は災害時に限ってはその公益貢献を称賛されつつ、平時にはその持続可能性に関する議論すら話題にあがりにくいようにも思います。実際、コミュニティFMをはじめ小規模な地方ラジオ局の廃業は相次いでいますし、いま渋谷デコの記事を書いていますが、TOKYO FM渋谷スペイン坂スタジオって、SNSがなかったからこその価値だったんだな、と改めて思います。今なら生配信自分でやればいいですしね。(Ustream流行初期はスペイン坂から配信をするとすごく人気が出ました、そういう意味でも類似性は高いなと当初から思っていたことを思い出します)

JX通信社は何に貢献していくのか

いま私が所属しているJX通信社は、テクノロジー、特にAIとビックデータに特化した技術開発とサービス提供を通じて、放送局や新聞社が社会で担っている「報道」という機能の持続可能性に貢献していくことを存在理由の一つとして掲げているベンチャー企業です。
SNS情報の自動取材ツールとして愛用頂いている「FASTALERT」が報道分野ではよく知られていますが、実は世論調査の自動化や、新型コロナのデータ解析分野などでも様々な業務支援を行っています。ちょうど自社のnoteが立ち上がり、社長のインタビューが出ていますので、ぜひそちらもフォローしてください。

ちなみに社長は、これまで取り組んできたことを一旦まとめた本を最近出しました。ご関心ございましたらこちらもぜひ。

「FASTALERT」はまさに(2) 取材・制作プロセスのワーフフローの改革に関わる製品で、従来に比べて大きく省力化して、いわゆる「発生モノ」と呼ばれる事件・事故・災害の情報をキャッチすることができるようになったと喜ばれています。全く同じ価値貢献が、人員の限られる自治体の防災課に対しても提供可能なので、私としても、ごく少人数でオペレーションされていたラジオ局の報道フロアとの相似性に親近感を感じながら、自治体に営業をしています。
「FASTALERT」に限らず、放送局を始めとする報道機関には、経験則と単純作業と重大な判断が入り混じった大量の工数があり、BPRを行いながらAIやビックデータで最適化出来そうな領域は、ChatGPTをはじめとする生成AIの進化に相まって、今後ますます拡大していきそうです。

他方、これを3(付加価値サービスの創出)にまで昇華した取り組みは、まだまだ端緒についたところだと感じています。NHKの「ニュース・防災」アプリはNHKにこれ作られたらみんな敵わないよ…という多機能ぶりですが、正直なところ「(いまの)NHKにしか持ち得ない」情報源と経済的資源を元に運営されている感が強く、NHKの地方取材網や、国や自治体の情報ソースが維持されないかもしれない未来においても、同様の効用を発揮できるだろうか、という中長期の目で言えば、難しいところもあるのかもしれません。

NHKには「正確な一次情報であり続ける」という社会からの期待値があるので、これからも様々な現場に「たまたま居合わせたNHKの職員」が取材したりするのかもしれませんが、私はこれからの時代に必要なのは、「正確性を仕組みで担保した、ユーザー生成情報」だと思っています。「FASTALERT」では、Twitterに限らず、JX通信社が運営している市民参加型ニュースアプリ「NewsDigest」の600万ユーザーからも、様々な情報提供を日夜受けています。また、それらの情報の信憑性は、AIと有人監視の組み合わせで担保し、市民にもそのまま閲覧可能な情報として提供しています。

こういった情報を活用することで、例えばすでに、あいおいニッセイ同和損害保険の火災保険「タフ・すまいの保険」に付帯されているスマホアプリでは、自宅周囲の災害情報を、SNSなどから検知して自動配信するサービスが提供されています。

こうした、デマ情報を排除・否定しながら、正しい情報を発信し続けていく、という役割は、4(サービスモデル/ビジネスモデルのアップデート)の一環として、テレビ局をはじめとする報道機関に今後も求められていく役割だと思います。

5(経営の強靭化)については、今の私が何か言う立場にはありませんが、少なくとも明らかなことは、いまの新聞社、テレビ局、ラジオ局が、いまの会社数のまま10年後も存在することは、おそらく無いだろうということです。
特に地上波テレビに関しては、総務省の検討会が放送設備や編成の共有化について具体的な結論を出しつつありますが、ある時を境に銀行が一斉に合併したように、放送局も淘汰され、何らかの形で集約されていく運命にあります。

そのとき、わたしたちが真っ先に失う可能性があるのは、「地域に根ざした報道」です。災害に限らず、平時を含め、地域に目を配らせる報道機関が維持できるのか、というのが大きな課題です。その地域において正しい情報を流通させることだけでなく、全国に向けて、今そこで起きている問題を周知する機能も、同時に失われる恐れがあります。このことのリスクは、東日本大震災の直後に発生し、当初情報空白が発生した、いわゆる「栄村大震災」を思い起こすとちょっと大げさに思われるかもしれませんが、私はこのくらいのリスクがあると思っています。

JX通信社では、引き続きAIとビックデータでいま起きていることを明らかにする、というアプローチを軸に、報道活動の持続可能性の向上に貢献しながら、放送業界に限らず、様々な分野のパートナーと、新たなビジネスを開発していきます。

これは私の個人的な思いですが、私はラジオ局という産業に愛着はありますが、音声メディアの重要性を痛感しているところが大きく、FM・AMラジオという技術的アプローチの優位性については、現代においては必ずしも大きくないと思っています(乾電池で動く受信機はたしかにすごいのですが、いまみんな乾電池持ち歩いてませんし)。

同じく「テレビ放送」や「新聞」というインフラと「報道」も、親和性は高いものの、これでなければ出来ないとも思っていません。ビジネスモデルとして寡占市場でないと規模が維持できない、という問題がテレビや新聞に報道の中核を担わせた社会的背景ではありますが、ローカルに限って言えば、もっと出来る方法はたくさんあるし、専業の報道記者による緻密な調査報道に、ビックデータやSNS、AIといったアプローチによるデータジャーナリズムが比肩する時代はすでにやってきています。

守るべき社会的価値と、いま存在するインフラやビジネスモデルを切り離して考えながら、より「生き残れる」報道のあり方について、考えを深めていきたいと思います。

自分の仕事(地方自治、防災、AI)について知ってほしい思いで書いているので全部無料にしているのですが、まれに投げ銭してくださる方がいて、支払い下限に達しないのが悲しいので、よかったらコーヒー代おごってください。