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SS 水槽の歯 #爪毛の挑戦状

昔の水族館に人魚ショーと言うのがある。人が暗い水槽の中で人魚のコスプレで泳ぐ。今でもマエーメイドショーはあるが当時とはまったく違う。私が見たショーは暗く悲しい記憶が焼き付いている。何故だろうか?

「これが人魚の歯です」なじみの古道具屋で冗談を言われたと解釈した。「人魚が見れますよ」半笑いの私は買えなくも無い値段で購入した。金魚用の水槽を用意する。申しわけ程度に水草を入れて人魚の歯を入れる。水槽の歯は底に落ちるとぶくぶくと泡を出していた。

翌日になると、メダカくらいの人魚が生まれていた。非常に小さいが上半身は人の姿だ。私は水槽に指を入れて触ろうとしたら、かじられた。血が水槽の中で広がる。人魚は喜んでいるようだ。

人魚は大きくなる。食べ物は人間の血のようだ。私は彼女に血を与える。水槽で間に合わなくなると浴槽に入れた。貧血の私は仕事も休み人魚の面倒を見る。美しい人魚は昔の記憶を蘇らせる。あの寂しげに演技をした彼女を。私は憑かれたように人魚を愛でた。

十分に大きくなると彼女は浴槽から出る。足が人間だ。「ありがとう」彼女はそう言うと自分の歯を抜いて渡す。私の服を着るとどこかに去って行く。私はしばらく休養すると人魚の歯を古道具屋に返す。「次の客を楽しませてくれ」

終わり


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