ヒエラルキー#3(4/15)【鴨川洋子の事件簿】
「早く助けないと!」
三浦洋子が、不良達に連れて行かれると鴨川洋子は、麻焼尚人の顔を見る。彼はそしらぬ顔で、帰ろうとしていた。
「まって」
「なんですか?」
「助けないの?」
「助ける意味があるのですか?」
無表情な麻焼尚人は、興味を失ったように平静な態度で鴨川洋子を見つめる。
「だって……三浦さんが……」
「彼女は、御門君が好きなんですよ? 告白までして愛を誓ったのに、体を捧げるのは当然の義務ですよ」
「義務って……彼女は騙されてるの!」
「騙されたとしても、判断したのは彼女です。体を少しくらい許したとしても死にはしませんよ」
鴨川洋子は、暗い感情に支配された。男への憎しみに近いかもしれない。鴨川の容姿は、自分でも良くない事を知っている。男性から愛されない。男性から無視される。男性から馬鹿にされる。今も麻焼尚人から、軽く見られている。
「おまえに何がわかる」
ぞっとするような声が出る、自分でも驚くような暗く低い声。そして自分でも理解できない言葉。
「Τοποθετήστε το στο όνομα του Εωσφόρου και υπακούστε.」
無意識の言葉は、英語ではない。麻焼尚人の顔が苦痛で歪むと三浦が連れ去られた方向に走り出した。
一呼吸すると鴨川洋子は、自分を取り戻した。
(何がおきたの……)
わけもわからずに、麻焼尚人が走り去ったあとを追いかける。体育用具室は倉庫になっていた。普段はサッカーボールや棒高跳びの道具がしまわれている。入り口には、見張りとして二人の不良が立っていた。
「おめぇなんだ、ぶっころすぞ」
「助けに来たのか? なんだったらやらせてやってもいいぜ」
威嚇しながらも麻焼尚人の雰囲気に手を出せない。両手で、二人の肩をつかむと無造作に押しのける。不良達はバランスを崩して地面に叩きつけられた。麻焼が、用具室の引き戸を音を立てて開けると、じろりと鴨川洋子を見た。
「これでいいのか?」
不機嫌な麻焼は、恨むような眼で鴨川洋子を見る。
「あ、ありがとう」
「おめえら何してんだよ」
不良の御門は、今にも三浦洋子の股の間に体を入れてはじめようとしていた。怒鳴りながらあわててズボンをあげる。三浦洋子は、殴られたのか唇が切れている。
「た……たすけて」
「いいところなのに、なにしてんの!」
取り巻きの不良女子達はスマホでレイプシーンを録画していた。
「先生にいうわよ」
鴨川洋子は、自分でも小学生みたいな台詞だと判っていても、それ以外の言い方ができない。不良達は一斉に笑いだした。
「バッカじゃねえの、糞女」
「こいつもやっちまえ」
「本当にうぜええな、おい転校生。出てかないとぶん殴るぞ」
不良の御門は、言うが早いか殴りかかる。麻焼は片手で受け止めると無造作に腕を下げる。ぬいぐるみを地面に叩きつけるように、不良の御門も叩きつけられた。
「三浦洋子君、プレゼントを渡した筈だよ」
彼が指さす先は、三浦洋子の胸元のリリスの卵。
「これで何するの……」
「助けを呼べばいいだけさ」
「これに……助けを」
「真剣にだ、願いをこめろ」
三浦洋子が、胸元の白い石を両手で握る。念じるように眼をつむると世界が変化した。用具室の部屋は、真っ暗な空間に置きかわる。人と暗闇しかない。光源は無いのに人は見えている。
不良達もそうだが鴨川洋子にも、理解をこえていた。不良の女子達が泣き叫ぶ。
「ひさしぶりの現世だな……」
倒れている優等生の三浦洋子の隣に立っている裸の女が言葉を発した。彼女の上半身は裸で豊かな胸は丸見えだ。しかし下半身は獣で黒い山羊だ。頭に山羊のようにねじったようなまっすぐなツノがある。顔には二つの眼が【縦に】並んでいた。
(ばけもの……)
気がつくと体育用具室に戻っていた。混乱している不良達にはかまわずに鴨川洋子は、三浦洋子助けおこすと用具室から連れ出して逃げる事ができた。
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「あー、かったるい」
授業中に三浦洋子は、勝手に教室を出て行く。教師は何も言わずに黙って見送る事しかできない。
あの日から、優等生だった三浦洋子は、成績も悪くなり性格も不良のように変わる。入れ替わるように、不良の御門達は、真面目に成績も良くなる。今ではガリ勉組として認識されていた。
「何をしたの?」
「入れ替えただけさ、彼女は強くなっただろ」
ヒエラルキーは逆転した。三浦洋子は、自分の恋のために不良になり、いつしか学校から姿が消えた。
四話がまるごと消えてた……悪魔の仕業や!
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