彼が来た(1/15)【鴨川洋子の事件簿】
「望みはないのか」
黒い背広の男は、鴨川洋子を品定めをするように見つめている。黒髪でハンサムな男は反社にも感じる。
「あなたは誰……」
「呼ばれた、こんなゴミゴミした無機質な街は、ひさしぶりだ」
「私はあなたの事を知らない……」
眼鏡をした女子高校生は、おびえたように大人の男から距離を取ろうとしていた。
マンションに住んでいる住人? 母の知り合い? 親戚の男性? 人見知りで臆病な彼女は彼の事を覚えていない。
「怖がらなくてもいい、まだ契約もしていない」
「契約ってなんですか」
「君を助けたい……だけさ」
「助けなんて求めてません……」
欺瞞で心がかすかに痛む。鴨川洋子は、クラスメイトの敬一が好きだ。だが彼には好きな女子がいる。
(敬一さんが私を好きになってくれたら)
「望みは愛か?」
見透かすように黒い背広の男は笑う。黒い手袋を鴨川洋子に伸ばす。
その手をとればすべてが解決する、財力も愛も手に入る。そんな悪魔じみた力を感じる。洋子は、頭を横にふり目をつむる。
「いりません……必要ないです」
「強情だな、ならば夢を見せてやろう」
「夢?」
「そうだ、お前が私と契約して恋人と幸せになる夢さ」
男の指が、鴨川洋子の細い頬にふれる。そこはいつもの教室だ。
「洋子君、お昼を食べよう」
敬一のまぶしい顔が近づく、この教室で一番のお似合いのカップル。誰もがうらやむハンサムでやさしい敬一が私の恋人。
やさしく手を握られると屋上でお昼だ。敬一がランチの準備をしてくれた。ハムと卵のサンドイッチを、ほうばりながらな心が満たされる。満たされる筈だ。
「あなたはそれでいいの……」
気がつくと氷室玲子が立っている。私の召喚した悪魔を破壊したクラスメイト、敬一が好きなクラスメイト。
「ふむ、記憶から逆干渉できるのか? 力が強いんだな」
敬一の顔はいつのまにか、黒い背広の男に変化していた。
「まぁ、いいだろう。洋子君、次はもっと親密な間柄になろう」
気がつくと目の前の男はいつのまにか消えていた。あの男は誰なのか、まだ思い出せない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?