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SS ふりかえると電車 #爪毛の挑戦状

 男の子が線路を歩く、親に怒られて線路をとぼとぼと歩く。小さな事で叱られた。長い土手を歩いて行くと左手に線路がある。土手をよじ登り線路内に立ち入ると、どこまでも伸びる錆びた線路を見つめた。そのレールから音がする。ごとんごとんと音がする。廃線の筈なのに列車が走ってくる。男の子は怖々とつぶやく。

「お化け電車?」
 この地域には噂の怪談がある。廃線に電車が走ってきて子供をさらう。その話を思い出すと彼は怖くなり土手から降りようと線路から外れて歩くが……進めない。壁だ。見えない壁がある。手で触れる見えない壁は、手で押しても進めない。

 鳴らない筈の踏切の音が聞こえた。電車が来る。ふりかえると電車が目の前に迫っていた。

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「僕はその電車でこの世界に来たんだ」
「何それ?」

 彼女の白い背中を僕は見ている。ニキビもない白く透き通る肌をゆっくりと指でなでる。笑う彼女は少し病んだ目で僕を見つめる。彼女とはマッチングアプリで出会った。マッチアプリをする女性、は精神的に問題のある子か、売春が多いと聞いた。気晴らしで僕は登録していた。

 彼女は問題のある方だった。かわいいけど男性に依存する。少しでも彼女の言動を否定すれば、精神が安定しない。僕はそんな彼女を愛した。それで秘密のように話をする。

 当時の思い出は、歪んでいる。事実は大人が懐中電灯で探してくれた、そして連れ戻された。踏切の音は錯覚で、電車ではなく車で連れ戻される。子供の頃の勘違い。

「ねぇそこに行きたい」

 僕を見る目は否定を許さない強い意志を感じる。僕は見せるだけならと故郷へ向かう。彼女はいつものように憂鬱そうに電車の窓から外を眺めて黙って旅をする。

 駅を降りてバスで故郷に向かう。バス停に付いたときはもう暗い。田舎の夜は一寸先も見えない闇。バス停からしばらく歩けば家に着く。でも彼女は廃線を見たがる。

「暗くて見えないよ」
「大丈夫よ」

 僕の手をつかむと歩き出す。暗いのに見えているようだ。土手がある所についた。懐かしいが誰も周囲には居ない。僕はひんやりと体が冷える錯覚がある。

「線路に立っていると電車が来るのよね?」

 眼がなれたのか月明かりで周囲を確認できる。線路がずっと遠くまで続いている。

「あれは冗談なんだ、電車は来ない」
 僕は白状する、彼女が泣きわめいてもかまわないように心の準備をした。彼女は平気そうにしている。

 カンカンと踏切の音が聞こえた、線路からゴトンゴトンと音がする。電車走ってきた。

「子供の頃に死ぬのは不憫よね。神様は幸せな記憶を与える事にしたの」
 彼女が僕から手を離すとバイバイと手を振る。背後の気配で、ふりかえると電車が間近に来ていた。

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 男の子のそばで母親が泣いている。男の子は廃線のレールの上で遊んでいたが足をすべらせた。後頭部を線路で強打して即死している。死顔は笑っていた。


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